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21.お嬢様は島に漂着する(3)

再度ご注意。前半、イヤラシイといえばイヤラシイかもしれないシーンが入っています。苦手な方は飛ばして下さい。

炎がはぜ、土の壁に映った女の影がゆらめく。


「まだまだね」


立ち上がって衣服の乾き具合を確かめていたエイレンを、ルーカスは背後からそっと抱きしめた。


「何事もなかったことに、しないでくれ」


細いうなじから、海の汐の寂しい匂いがする。それは、日ごろ纏っている花の香りよりも一層、彼女に相応しい、とルーカスは思った。


「あなたのことを考える時、いつもあなたが泣いているような気がする」


「あら、それは気のせいね」


笑みを含んだ声に「そうかもしれない」と応えつつ、首を捻って金の睫毛に彩られた目尻に唇を寄せる。


「だが、傍で確かめないと心配で仕方ない」


「そう」


彼女の返事はあくまでも軽やかだ。重い殻を脱ぎ捨て、今にも飛び立つ蝶のように軽やかに、軽やかに。


「皇帝陛下は?」


「あなたの方が心配だ」


「それは過保護すぎるわよ、ルークさん」


クスクスと笑われて、抱き締める腕の力を思わず強めそうになるのを押さえる。


彼女が振り返り、ルーカスの首にするりと腕を回した。一瞬のことに固まった彼の唇を、柔らかく少し冷たい唇がついばむ。とろりとした蜜酒のような酩酊感が彼の中に流れ込み、身体の中を駆け巡って、再び全身から光の輪として放たれた。


すぐに彼から離れた口角が、平静を装って少し上がる。


「結界を維持するためにはね、こうやって核に神力を注ぐのよ」


細い指が彼の濡れたシャツの胸を開き、熱い舌がちろりと地肌を舐めた。


「効率的に、より多くの力を受け渡すために……もっと、それ以上のこともね?」


彼女の顔が胸から離れ、蜜色の瞳が彼の薄青の瞳を捕らえて微笑む。


「その時に、あなたには、傍にいてほしくないわ。知られたくないの」


その物言いは相変わらず軽やかだった。以前に彼の過ちを許した時と同じように。


「悪かった、言い直す」


ルーカスはエイレンの頭を抱え、もう1度胸に引き寄せる。


「泣いてもいいんだ。ただ、この手が届くところで泣いてくれ。頼む」


エイレンは頭を横に振り、ルーカスの手を払う。所在なげに降ろされかけた大きな手が、ほっそりとした白い手に捉えられる。淡い珊瑚の色に染まった爪が、ガシッと日焼けした手の甲に食い込んだ。


同時に、ふざけるのも大概になさって、と冷徹な表情が告げる。


「このわたくしが泣くですって?有り得ないわね」


「そうなのか」


「そうよ。己が選ぶ道で泣くなんて、そのような情けないことはもう2度としないわ」


1度目は、と湧き出た疑問にはすぐ答が出る。先程、波打ち際で、彼女は確かに泣いていたではないか。


あの時に、まだ気付かぬふりをして、もっと泣かせてやれば良かった。涙など、拭ってやるべきではなかったのだ。


彼女はひとりの時でさえ、泣けないのだから。


「悪かった、言い直す」


再び謝れば、しつこいわね、と返される。しかしその表情からは冷たさが消えていた。


「あなたが泣きたい時に、代わりに私が泣けるよう、傍に置いてくれ」


鈴が振るような笑い声が洞に響く。


「イヤよ。うっとうしい」


マジメに言ったのだが、と思わず憮然とするルーカスの首に、再びするりと腕が回される。


『大好きよ』耳元で無邪気に囁かれる破壊的な言葉の後に、素早くキスが贈られる。


先程より若干、長めなそれは、海の汐の味がした。




洞の外はすでに夜だったが、空一面を重苦しく覆っていた雲はその位置をやや高く変えており、雲間からは滲み出るように月の光が差している。


「満月なのね」


「星があまり見えませんね」


話しながら、2人は崖の上へと続く道を辿る。そこに井戸があるはずだ、とエイレンが主張したからだ。


井戸の水は塩気が若干きついように感じたが、飲めないほどではなかった。渡された釣瓶に直接、口をつけて飲む。こぼれた水が、せっかく乾いた胸をまた濡らす。


そんなルーカスの様子を見ながら、エイレンがぽつりと言った。


「ずいぶん昔にも、こうして井戸の水を飲んだことがあったわね」


「いつのことだ」


怪訝な顔をするルーカスに、ただのおとぎ話よ、と返して続ける。


「刑場に連れて行かれる罪人と刑吏でね、その短い間で、けっこう気が合ってしまうのよ」


「それで」


「それだけ。火刑だったから、罪人の足元に積まれた薪に刑吏が火をつけるの」


夢を見るように言葉が紡がれる。


「千年ほど前には、追放される王女と、追放する国王だったわね。娘は国に禍をなすと予言されて、父親はなんとか助けようとあれこれ画策するのだけれど、結局は追放するしかなかった」


「ロクな話じゃないですね」


「そうでもないのよ」


物語の続きが、穏やかに告げられる。


「娘は神様と出会って新しい国を作り、子孫に恵まれるのだもの」


「ただのおとぎ話でしょう」


「そうよ」クスクスと忍び笑いが洩れる。


エイレンもまた釣瓶から直接水を口に含むと、まだどこか夢を見ているような眼差しを雲に隠れた月に向けた。


「でも、このお話を信じられるなら、わたくしたちはいつでも必ず、出会っているのよ。この生ではもう2度となくても、また次の生で会えるわ」


「いつもロクな出会い方ではないようだが」


ルーカスがぶすっとして言い、エイレンが声を上げて笑った。


「そうね、できるなら、次の生の前にもう1度くらい会えるといいわね」


その時にあなたはコルクルムスの公子様かしらね、とからかわれて、ルーカスは心底から憮然とした表情をする。


「あほか。おとぎ話より有り得んわ」


相変わらずキレが良いわね、とエイレンは言い、また鈴を振るような笑い声を上げたのだった。

お読みいただきありがとうございます。


今回またしても更新押し気味に……このシーンが評判悪いんだろうなぁ、と思いながら書いていたせいで筆が鈍りまくりました。でも結局書いちゃったですwあっさりめを意識はしています……あっさりですよね?


そしてまたしてもロクに手直し入れず、見切り発車でupしていますので悪しからずご了承下さい。後ほどちょくちょく手直し・ゆっくり活動報告いたしますm(_ _)m

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