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6.お嬢様は姉上様と再会する(3)

震えはすぐにおさまったが、王宮はまだ少し混乱しているようだ。


「ファーレン様!ご無事でしょうか」


「大事ないわ。あなた方こそ怪我していない?」


戻ってきた侍女は頭を下げ、こちらは大丈夫です、と答える。


「そう、良かったわ…ではもう良いから下がりなさい」


侍女はまた一礼して部屋を出た。去り際にちらりと不思議そうに戸口を振り返り、気のせいね、というように頭を振ったのが見えた。


そこに居たのは、久々に会う妹(エイレン)とどこかで見たような黒髪の男だった。


どういうワザを使ったのか、確かにそこに立っているのに周囲のものに紛れて見過ごしてしまいそうになる。壁際にさり気なく飾られた花の方が目立つくらいだ。


「姉上ったら、意外と側室様っぽくやっておられるのね」


「あなたも意外と相変わらず…というワケではなさそうね、エイレン。その怪我どうしたの?」


「これについて、お願いが」


妹が何か言いかけたが、こちらだって聞きたいことは山積みだったりする。


「それに、そちらの方は?まさかあなた、あのスパイさんのほかにこの方ともお付き合いしてたの?それで逃げ出したのね。もしかして、落ち着いたところで結婚の報告にきてくれたのかしら?」


「待って、姉上。一気に聞き過ぎだし、とんでもない方向に行き過ぎだわ」


「あらそんなことないわよ。この春はあなたの星(金星)白青星(はくしょうせい)と最接近するの。きっと新たな出会いがある(しるし)よ。スパイさんの処刑は痛かったけれど、もう忘れて次に行かなきゃ」


「分かったわ、そうするから、その手の質問と星占いはもうやめて」


「本当ね、きっとそうしてよ?本当にわたくし心配したんだから」


この気質が父親似な妹は常に理性と計算を優先させるタイプだが、もと恋人の処刑には密かに胸を痛めたに違いないのだ。


側室入りの儀を目前に逃げ出したほどなのだから余程辛かったのだろう、と思うと、こちらの胸まで痛くなってしまう。


「ええ、姉上。それでね、こちらのお願いなのだけれど、わたくし、ある男に殴られてこんなに怪我をしてしまって」


ほら腕も動かせないし、と見せられファーレンは唖然とした。


「あなたがここまで黙って殴らせるなんて…さてはその男が好みだったのね」


「好みというならスパイ氏の方がよほどそうだったわ」


好みだった方が良かったのに、とガッカリする。そうでなければこの妹の場合、理由は間違いなくただ1つだ。


「では、その男に、利用価値があったということね」


「その通りよ。あの男は今、街の守備隊に捕らえられている。釈放される前に刑を与えたいの」


「そんなの…あなたを殴ったんだから当然でしょ」


「わたくしはもう、貴族の娘でも神殿の『一の巫女』でもないのよ。だから姉上の力が必要なの…『たとえ貧民の娼婦であっても危害を加えることは許されないのだ』と人々が分かるようにね」


「あなた今なんて?」


「だから、姉上の力で国王を動かしてちょうだい」


(エイレン)はさくさくとまとめようとしているが、姉としては聞き捨てならない言葉だ―『貧民の娼婦』って何なの。


「今のわたくしの職業だけれど何か?ちなみに住処は川原にごちゃっと建っている小屋よ」


「涼しい顔で言わないでちょうだい!あなた一体何がしたいの?」


「とりあえず貧民街を根こそぎ洗って病気の発生と蔓延を予防したい、といったところかしら」


「ああ、昔あなたと父上がいっそ火を放って燃やし尽くせたら、みたいな恐ろしい話をしていたわね」


「そんなの、人の心ある者としては当然できないわよね。そこで彼らの生活レベルを引き上げるしかないのでは、と考えを変えたのよ」


「…で、現地調査を兼ねて川原の小屋で娼婦の生活をしているというの?」


目的のためには手段を選ばない、にしても、ひどすぎないだろうか?


「あら娼婦ってバカにしたものではなくてよ。多分、貧民の中でも一応毎日まともに食事ができるのは彼女たちしかいないわよ」


本番はしてないし心配ないわ、と気軽に妹は言うけれど、そのまま続けても問題がないとは到底思えない。


ファーレンはつい今しがたまで存在を忘れかけていた、妹の隣に佇む青年をビシッと睨み付けた。


「あなた!そこの!」


「えっ僕でしょうか」


「そうよ!どうして妹を止めてくれなかったの。あなただってイヤでしょ?」


「…まあ、ちゃんとしたお嬢さんがそうした方法で稼ぐのはいかがなものかとは思いますが…僕なんかが言って聞くわけないでしょうし」


青年はのほほんと答えた。妹に付き添ってわざわざこんなところまで来る程なのだから良い仲なんだろうと踏んでいたのだが、思い過ごしだったのだろうか。


ファーレンは妹の方に向き直った。


「わたくしはね、あなたがその職業をやっているのが許せないの。やめないと、協力は一切しないわよ」


「ではやめるわ」


え。こんなので良かったの。


拍子抜けするファーレンに、エイレンはそっと両手を差し出した。


「その代わりお金ちょうだい…銀10枚程度でよくってよ」


どうやら妹の計算能力は、以前よりもさらに向上しているらしい。

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