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19.お嬢様は帰途に就く(3)

宮殿の噴水庭園のランチはそれから2回3回と繰り返され、5日後。アナスタシアとティルスは南都の桟橋から出発する軍船を見送っていた。もっとも、そこに居るのは彼らだけではない。


皇帝陛下始め、主立った重臣やファリウスたち貿易局の面々、レグルスの姿もある。それにこれから聖王国に派遣される技師の家族たち。今回は皇帝のプライベートな使節団ではなく、国政会議の承認を経た支援団として大々的に見送りが行われているのだ。


『朝夕に陽を映す黄金(きん)の流れよ……』


船からは早速、ティビス運河の賛歌が漏れ聞こえてくる。聖王国に派遣される技師たちの世話係として、アルフェリウスと共に任命された吟遊詩人である。


「なぜ私が」とキルケがブツクサ不満を垂れたところ、皇帝陛下はケロリとして「適任ではないか」と宣った。聖王国の事情に詳しい上に、初めて異国の地を踏む技師たちに娯楽も提供できる。


「心の慰めなら聖王国にも立派なのがありますぜ」


別に吟遊詩人などわざわざ同行させなくても、と更に言い募ろうとしてジロリと睨まれた。


「いたいけな少年に、そのようなことは分からぬな」


いやそんな台詞が出る時点で『いたいけ』じゃないから既に、というツッコミをすんでのところで呑み込むキルケ。嵐は頭を下げて過ぎ去るのを待ち、長いものにはとりあえず巻かれる。卑怯と言われようともそれが彼の処世訓である。


まぁ前回のようにコソコソ逃げねばならぬ可能性は無い任務だから、と受けたのに、出発直前に1人1人と握手し激励していた皇帝陛下は、キルケにだけはコッソリこう宣った。


「いいか、エイレンになるべく付きまとえよ。できれば籠絡して連れて帰れ」


もちろん全力で聞こえなかったフリをした。冗談じゃない。


そんな役割は恋に狂ってるどこかの次男にでも任せれば良いのだ。あ、でもこんな男に任せたらまたカロス(イケメン君)の二の舞かもしれないわけか。しかも今度は名門中の名門の出だ、何かあった場合、土下座で済ますワケにもいかないだろう……とツラツラ考えると、やはりこの少年皇帝はだいぶ『腹黒(キャリダス)』である。とりあえず、冗談じゃない。


その次男はといえば、エイレンと共に早速船底で漕ぎ手たちに混ざっている。


「前にくれたヘンな布、あれなかなか良いな。どこで売ってるんだい?」


既に顔見知りの漕ぎ手に尋ねられ、エイレンは「まだ売っていません」と応える。


「来年頃には聖王国から入荷されるでしょうけど」


「なるほど、それなら俺にも商売のチャンスがあるな」


「ええ、最初は交易局通じてですが、そのうち聖王国内で生産が拡大されればね」


そうか、と彼は頷き「ところで話は変わるんだが」と言いにくそうに切り出した。


「そのモッコリ、いつまで着ける気だ?」


「なんのことだかさっぱり分かりませんね」


「俺は一応は仮装だと言ってるんだが、ほかのヤツらの中には変態趣味だとか断言するのも」


「変態趣味?なんのことだかさっぱりですね」


平然と返すエイレンの表情は変わらないが、耳が真っ赤になっている。組紐でスッキリ髪をまとめているため、それが丸見えだった。たまらずルーカスが「ちょっと出ましょう」と袖を引っ張ると、彼女は珍しく素直に後に続いた。



「まさかバレてるとは思わなかったわ」


船縁に手をつき、エイレンがふう、と息を吐く。


「まぁ最初は分からなかったと思いますが」


「そうよね。形と言い大きさと言い、完璧よね」


「あほかそこで同意を求めるな」


だから変態趣味などと言われるのである。


「とりあえずもう、それは外しましょうか」


バレていたということは、変装しなくても、漕ぎ手たちは普通に仲間として受け入れているということだ。


「あなたはあなたらしく、あの席に座れば良いと思います」


告げると、悪戯っ気に溢れた瞳がこちらを見る。


「だったらやはり、コレは必須ではないかしら」


「あほか」


ルーカスは天を見上げる。幾度となく繰り返された、こんなしようもないやりとりもこの旅で終わりだ。エイレンが聖王国に着き使者の任を解かれれば、帝国が付けた護衛は必然的にその役目を終える。


「あら、あそこにティルスと皇女殿下がおられるわ」


エイレンが大きく手を振ると、向こうも気付いて振り返す。ここしばらくでかなり親しくなったにも関わらず、それは幾分あっさりしている……と思いかけて、ああそうか、と気付くルーカス。彼らはまた、聖王国で出会うのだ。


(次がもう無いのは自分だけか)


もし自分が『陛下命(フェデリタス)』などと言われる家の出でなければ、と夢想してみる。もしそうなら、これからも続けられるだろうか。彼女とツマラナイやりとりを交わし、あるいは沈黙の中でお互いの存在を感じつつ並んで夜空を見上げる、ということが。それだけだ。そんなことだけで、良いのだ。


しかし夢想はいつも、こう閉じられるのが常だった。


もし自分が『陛下命(フェデリタス)』などと言われる家の出でなければ、そもそもが出会うことすら無かったのだ、と。


「エイレンさん、何かご不自由はありませんか?」


アルフェリウスがその呑気な声を響かせながら小走りに近付いてきて、ルーカスはそっと歯ぎしりをしたのだった。



規則正しい銅鑼の音が響く。その音に合わせてゆっくりと桟橋を離れて向きを変える軍船に、アナスタシアが皇女らしからぬ仕草で大きく手を振った。


「せっかく仲良くなったのに、もうお別れなんて寂しいわね」


「また来年には聖王国でお会いできますよ」


ティルスが慰めれば、皇女殿下の顔がぱっと明るくなる。


「そうね、わたくしも来年には行くのよね」


「はい」


去って行く軍船にまだ手を振り続けながら、皇女殿下はぽつりと呟いた。


「あの方たちがおられるのだもの、初めての国でも恐くはないわね」


「そうですね」


色とりどりのガラス玉に彩られたアナスタシアの手が下に降ろされ、そっとティルスの手に触れる。


「それに、あなたも一緒に来てくれるし、ね?」


「はい」


若干の胸の痛みを隠した平静さでティルスが頷くと、皇女殿下もまた頷き返して笑う。その太陽のような笑顔が翳ることの無いよう、心の底から願ってしまう。


けれど、彼に許されるのは、ただ見守ることだけなのだ。

読んでいただきありがとうございます!(^^)


またしてもブクマいただき、感謝です。これも読んで下さる皆様のおかげです!ありがとうございますm(_ _)m


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