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18.お嬢様は南から旅立つ(1)

ご訪問下さりありがとうございます。

先にお断りしておきますと……前回に引き続き、全然こりてません。不快に思われる方、誠にすみませんですm(_ _)m

激しいスコールが止み、急ぎ足で流れる雲の間から青空が顔を出すと、ナイディス川には再びキラキラと光が踊り、そのほとりでは人々が動き始める。エイレンもまた、ルーカス、ハルサと共に破邪樹(デーレ・ペスティス)の木陰から出て川辺に戻った。その手に握られているのは、ローゼルの糸から作られた網。


ハルサの身元がバレていることが、エイレンの酔いどれ暴走によってなし崩しにバレてから3日。殊更に技師を探して見せる必要が無くなり、単に本人の返事待ちをしていれば良くなった今、彼女はどういうわけか投網漁にハマっているのだ。


ナマズなど大型の魚は銛で突くのが一般的な漁法だが、小型の魚は主に投網を使う。今はオルトスで『パッブゥル』と呼ばれる赤みがかった銀の鱗を持つ魚が産卵期を迎え、川面にひしめいている。


その上にふわりと丸く広がった網が被せられた。


「見て、やっと狙い通りに打てるようになったわ」


嬉しそうにエイレンが手綱を引き網を上げると、中では5~6匹の魚が鱗をきらめかせつつもがいていた。


「これで今日の夕食も確保ね」


昨日も一昨日も同じ魚だった。正直なところ、捕った本人以外は全員飽きている。それでも、それぞれに『ニーフェーディーダン、ナイディス(感謝します、妖精よ)』と唱えつつ素早く血抜きを行い、川の水で洗う。流れる血に小指の先ほどの魚が群がってくる。自然には何一つとして無駄がない。


「早めに行ってカンミァさんに買い取ってもらいましょう。全部」


行きつけの総菜屋での物々交換をルーカスが提案すると、不満そうな顔が返ってきた。


「食べないの?」


「あほか。せめてあなた自身が食べてから言って下さい」


捕るだけ捕って食べるのは人任せなのである。


「だって水草のニオイが苦手なんだもの」


パッブゥルは草食で、その淡白な味わいの身からは川の底のドロのようなニオイがほのかにする。それが好きな者は好きなのだが、食べられない、という者も当然居るのだ。


だったら捕るな、と言いたいルーカスだが、こんなやりとりでもハルサはニコニコとしている。


「カンミァさんが今朝、ローゼル酒が出来たと言っていたから、きっと魚と換えてもらえるよ」


サトウキビの煮汁を蒸留し浅く熟成させて造る白蜜酒にローゼルの赤い実と砂糖を漬け込んだ、鮮やかな真紅の酒は見た目も楽しい。エイレンがぱっと顔を輝かせる。


「ならいいわ」


「却下です。ハルサさんも無駄に酔わせようとしないで下さい」


「大丈夫だよ1杯くらい」


「ねぇ?」


「ダ・メ・で・す」


思い返してみれば3日前に蜜酒を振る舞われた時も、最初の1杯から様子がおかしかった気もする。たとえば、普段よりよく声を上げて笑っていたとか。ダメだ。絶対に飲ませてはいけない。


これ以上異次元の倫理観に振り回されてなるものか、と拳を握りしめたルーカスに、エイレンがはい、と魚の入った網を渡す。


「では今日はこちらはルークさんが全部召し上がるのね。豪快ですこと」


「……酒以外のものに換えてもらいましょう」


「なんだつまらないな」


「ねぇ?」


ハルサの言にエイレンが同意し、ルーカスはまた歯ぎしりをした。


と、こんなやり取りがあったものの、結局。



「なんだ、まだ懲りてないのかあんた」


夕食の席で、透き通った真紅の酒が満たされた杯にキルケは目を丸くした。


「絶対に2度と飲ませないとか言っていたくせに」


「カンミァさんが大変に気前よくオマケを下さったんだ」


ボソボソとルーカスが言い訳し、キルケが「まぁいいけどな」と軽く受ける。


「酔っ払ってアレされて1番ダメージ受けるのあんただもんなぁ」


「……どういう意味ですか」


「え?そのままだろ?」


杯をあおるキルケは真顔である。どうやら本気で同情されているらしいことに、更なるダメージを受けるルーカス。杯に口をつけて、なんともいえない顔をする。


「これは……絶対ダメですね」


爽やかな甘酸っぱい風味。強い酒のはずだが、舌触りも喉越しもまろやかで、つい度を超して飲んでしまいそうだ。残りをエイレンから隠しておこうと、酒器を見て絶句する。


……空っぽだった。


「いつの間に」


妖精が盗んでいったんだろうか。確かこの地には、そんな伝承もあったはずだが。


キルケが小声で言う。


「いや、あのオッサンがどんどん」


「ああハルサさんが飲んだんですね」


「いやお姫様の杯に入れてた」


「どうして止めないんですか」


「いやあんたが止めないから、いいのかなと思って」


まさか見てなかったとは知らなかったなぁそうかそうか。とは、キルケは言わない。代わりに、憐れむような眼差しが痛い。


「それにあいつも平気そうだし」


「あれは仕事モードだ」


エイレンはハルサに火山灰コンクリートの製法について尋ねているところだった。食事は手付かずのまま、杯だけが進んでいる。


「混ぜやすい比率は2対1だが、強度を得るためには7対3程度が良い。水は少ないほど強度を得やすいんだ」


「樽に入れて転がすというのは」


「均一に混ぜるためだ。しっかり転がして、全体が混ざって液状になれば型に流し込む。専用の大きい樽が用意できないなら、固めに練ったものをレンガ状にしても良い。手間はかかるが丈夫な素材になる」


「乾かすまでに随分と時間がかかっているけれど、早く乾かす方法はないのかしら」


「時間はかけた方が良いんだ。早く乾かすと、表面が劣化する上に中身が固まらず強度が下がるからな」


「なるほどね」


矢継ぎ早に繰り出される質問の内容も口調も、ハルサの説明に頷きつつメモをとる手つきもしっかりしたもので、おそらく誰が見ても彼女が酔っているとは思わないだろう。だが、ルーカスは断言した。


「仕事モード終了後がヤバいです」


「……どうするかなぁ」


ルーカスの手前、とりあえずは考え込むキルケ。しかし対策を思い付くわけでもなく、早々に投げ出した。


「まぁあいつが良いんなら構わないか」


「そんなワケにも行かないだろう!」


「だってこれから見知った顔がそうそう通りかかるわけじゃないしな?」とキルケが肩をすくめる。大体の者は帰宅している時間だ。キス魔が発動される機会はそう多くはないだろう。それに。


「もし宿に妖精(ナイディー)が現れるにしたって、まぁ双方がウレシイなら別に良いんじゃ」


しかしルーカスの声は悲痛だった。


「周囲にどれだけ被害が出るかわからないんですよ」


「……まぁな」


そういうことにしておいてやろう、と頷くキルケ。その眼差しは、やはりどことなく憐れんでいるようであるが、ルーカスは気付いていない。


なんとなれば、エイレンがハルサに熱烈キスをかましているところだったからである。


「どうやら話は済んだみたいだな」


キルケの呟きもルーカスの耳には入っていないようだ。ズカズカと寄っていくと、エイレンの首根っこを引っ掴んで離した。動かないと思ったら、キス中に寝落ちたらしい。すうすうと寝息を立てているエイレンを背負い、ハルサに頭を下げる。


「ご迷惑をお掛けしました」


「いや別に私はもう少しそのままで構わなかったがな?」


ニヤニヤするハルサに、キルケが「すごいな」と感嘆した。


「あんたどんなテクを使ったんだ?」


「いや普通に味わっていただけなんだが」


どっちかというと途中で寝られてショック、とのコメントに複雑な表情でやはり歯ぎしりするルーカスであった。

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