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17.お嬢様は技師を口説く(1)

訪問下さりありがとうございます。


今回は(2)後半あたりからエイレンが節操なく暴走しています……今更ですよね、なのですが、念のため先にお知らせです。不快に思われる方、ごめんなさいm(_ _)m

妖精の川(ナイディス)のほとりに濃い緑の枝を張り出した破邪樹(デーレ・ペスティス)の下に躍動的な太鼓の音が響き、そのリズムにリュートの奏でるメロディが軽やかに乗る。


『気儘な妖精(ナイディー)

そうさ君のことだよ、

知らないフリをしてもダメさ

俺はずっと見ていたからね

媚薬(ヴェネヌーム)の髪

媚薬(ヴェネヌーム)の肌


(セレナ・アエスタスの咲く森に黄金(きん)の蜜酒を置いたんだ)


眩い蝶の羽であちこちに止まって

媚薬(ヴェネヌーム)の香で誘い

瞳の奥の炎で焼き殺す』


朗らかに紡がれる歌に合わせて、1人の男が複雑に手足をくねらせ、腰を揺らし、足踏みをすると、ノートースの民らしき観客がそれに倣った。ダンスの習慣のない移民たちの身体も、微妙にゆれがちである。


『だけど妖精(ナイディー)

悪戯はもうお終い、

今夜は俺が君を捕まえる番さ

だってずっと見ていたからね

媚薬(ヴェネヌーム)の髪

媚薬(ヴェネヌーム)の肌


(セレナ・アエスタスの咲く森に黄金(きん)の蜜酒を置いたんだ)


眩い蝶の羽を花の上に休めて

媚薬(ヴェネヌーム)を酒に入れ、

瞳を閉じて共に酔おうよ』


曲が終わるとわーっと歓声と拍手が上がり、吟遊詩人と太鼓打ちとダンサーは手を合わせて成功を喜ぶと、次の曲の準備に入る。朝に3曲ほど、こうして共演してからそれぞれの仕事を始めるのが、ここのところ彼らの習慣になりつつあるのだ。


「完全に楽しんでいるようにしか見えないわ」


観客の輪からやや離れてエイレンが呟き、ルーカスが頷く。


「まぁ確かに、かなり親しくはなりましたが」


ハルサが破邪樹(デーレ・ペスティス)の下で囲む夕食に参加するようになったのも、ここ数日のことである。エイレンとルーカスが火山灰コンクリートの技師を捜していることは既に言ってあるが「焦って問い詰めたりするなよ」とキルケに釘をさされており、説得への道のりは長い。というか、まだスタートすらしていない。


「ひねくれているが根は親切な男だ、あんたらが困っているのを見かねて最終的に自己申告するだろ」


だからそれまではせいぜい徒労を重ねてくれ、というのが吟遊詩人の主張であるのだが。


「単に楽しみを長引かせたいだけではないのかしら」


「いや逆に空恐ろしいものがありますが」


目的が籠絡であることをおくびにも出さなければ騙しているという罪悪感も一切なく、あれだけ楽しそうにつるんでいるあたりが。皇帝陛下(はらぐろ)のお墨付きもダテではないのだ、と思わせる。


「あの程度」エイレンが肩をすくめた。


「しようと思えばできるわよ」


実際、共に夕食を囲むようになった最初の日に彼女は本人に向かってしれっと言い切ったのだ。


「帝国北部からきた『ハルサ』という技師を捜しているのだけれど、もう25年も前のことだから生きているのかどうか」と、いかにも困った様子で。


そして対するハルサ本人はといえば、こちらもなかなかのものであった。


「そうか、偶然だなぁ。実は私も『ハルサ』というんだよ!けれど『ハルサ』違いだな。帝国北部民なら、白人だものな」


何食わぬ笑顔で「自分は違う」と主張した上に相手に『白人』という誤情報を植え付けようとする根性は、確かに一筋縄でいくとは思えない。そこでキルケの『根は親切』という予測をひとまず信用して持久戦を続けている状態なのだ。


ちなみに、3人のようには腹芸ができぬルーカスはひたすら無口な人となり、夕食を終えて宿に帰ってから盛大に歯ぎしりをしてストレス解消している。


自分の持てる知識や技術を世の中のために活かせる機会なのだ。いくら高齢とはいえ、なぜそれに飛び付かないのか。踊り狂って無為に過ごすだけの日々など、虚しくはないのだろうか。ルーカスにはそれが理解できない。


太鼓の連打とリュートには似合わぬ派手なストロークで3曲目が終わり、盛大な拍手の中で奏者とダンサーが満面の笑みで挨拶をした。肩など組んで手を振るその様子は、長年の友人同士のようである。


「行きましょう」


彼らが投げられた銅貨を適当に分けるのに背を向け、エイレンが歩き出し、ルーカスが後に続く。


「今日は西区役所です。何やら『ハルサ』について情報があるとか」


「本当なんでしょうね」


「さあ。宿に残された伝言ではそうでしたが」


本当かどうかはすこぶる怪しい。それにファナちゃんの証言からすでに本人が割れている状態では、多少の情報が何になろうか。しかし、乗っておけば今日も疲れ果てられること間違いなしだ。ここが重要である。


エイレンも同じことを考えているのだろう、素直に西区へ向けて道を曲がった。橋を渡れば、ノートースの民が古くから住まう地域である。点々と並ぶ、ヤシの葉で葺かれた傾斜のキツい屋根を持つ木組みの家が特徴的だ。


空き地に植わったローゼルのクリーム色の花を目にして、たった今思い付いたかのようにエイレンは「ああ」と呟いた。


「よく考えれば、ダチュラでも盛って無理やり拉致して聖王国に着くまでに説得する、という手もとれるのよね」


「……できるだけそうしなくて済むといいですね」


一瞬だが、彼女が「真っ先に考えそうなことなのに今まで思い付かなかった」ことに感動してしまいそうになったルーカスであった。




「あらあなたここの役人だったのね」


西区役所の住民管理課窓口でエイレンは目を丸くした。情報提供に現れたのは10日ほど前に宿に忍び込んでいた自称『画の妖精』である。クルソルと名乗ったその男の容姿は、いかにもノートースの民らしいものだった。濃褐色の肌と髪に鮮やかな紫の瞳。やや吊り気味の切れ長の目と鷲鼻の強面が、笑うとがっさり崩れ落ちる。


「覚えていただいてたとは光栄です。もしかして脈ありですか女神(ディアナ)様?」


「あらもしかして、あなた実は縛られたりしたい方?」


「あなたなら、それもありかもしれないな」


エイレンの手を取って口づけようとしたその顎を痛烈に指で弾かれる。「アガッ」と顎を押さえる自称・妖精に、ザマヲミロと冷たい視線を送るルーカス。しかしエイレンの口調はあくまで柔らかかった。


「口説くなら、それなりの情報を提供してからにして下さるかしら?」


「じゃあ後でなら口説いても良いんですね!」


「聞く程度なら構わないわよ。どうせこの後もさほど予定はないし」


「予定がない?!」クルソルがぱっと顔を輝かせた。


「なら、聞く程度だなんてつれないこと言わないで下さいよ。我が家で一緒に蜜酒でもどうですか?」


「貴様は勤務中だろう。それでも皇帝陛下の臣下か」


あからさまなナンパに堪りかねてルーカスが口を挟むと、真顔で「いいえ(ウォゥウォゥ)」と首を横に振られた。


「皇帝陛下の臣下である前に、ノートースの民ですから!」


「だからなんだ」


ドスを利かせた問い掛けを、どこ吹く風とばかりに受け流しクルソルは嬉々として解説を始める。


「私たちの信仰では、愛の神(エロース)は逃げ足が速くて、常に見張っていないとすぐに何処かに消えてしまうのですよ。仕事とどっちが大事かなんて、分かりきったことでしょう?」


「仕事だな」


再び「いいえ(ウォゥウォゥ)」と首が横に振られる。


「歌は人生を豊かにし、踊りは人生を楽しくし、恋は人生を美味しくする。仕事もそこそこ大事なスパイスですが、無くても死にませんからね!」


「いやそれおかしいから。絶対、死ぬから」


「いやそれこそおかしいでしょう」


水掛け論である。分かるのは「分かり合えない」ことくらいだ。


「その話は後でゆっくりなさって」エイレンが口を挟んだ。


「そろそろ『ハルサ』の情報を教えていただきたいのだけれど」


「ええ、じゃあ後ほどぜひ我が家で、蜜酒でも飲みながらゆっくり語り合いましょうね!」


クルソルはまたしてもぱっと顔を輝かせて念押しし、多少口調を改めて説明し始めた。


「55年前の出生記録を調べたところ―――」

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