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16.お嬢様は人を探す(3)

「昨夜知らない男がきて『俺は壁の画から抜け出てきた妖精だ』などと宣ったのだけれど」


破邪樹(デーレ・ペスティス)の下で地面に直接座り夕食を囲んでいた時にエイレンがこう言いだし、男たち2人はローゼルの葉の炒め物よりもう少し酸っぱめな表情をした。


「そういう時はきちんと私、たちを呼んで下さい」


ルーカスが渋面で注意する。うっかり『私』と言い切らないだけ立派だ、とキルケは関心し、エイレンは肩をすくめる。


「だっておかしいのよ?『だったら針1山とロープと火を付けた蚊遣り香を持っておいで』と命令したら、黙って居なくなって帰ってこなかったわ」


せっかく鞭を用意して待っていたのに、サービスが中途半端よね?というボヤきが恐い。ギリギリ脅す程度で実行には及ばないと信じたい、と思うキルケである。


「あなた方にも画の妖精きた?」


「いや。今夜あたり来てくれるといいなぁ?」


キルケがニヤニヤと笑って顎を撫で、ルーカスは「すぐ宿を替えましょう」と息巻く。


「もうこうなると何処で泊まっても同じ気がするのだけれど」


宿を替えるとなるとこれで3度目である。1度はスープの中をハエが泳いでおり、1度はルーカスが宿の娘さんから猛烈に迫られた。1度目は誰も食べられなかったが、2度目はエイレンとキルケは「有難くいただけば?」と言いルーカス1人が「好きでもないのに無理です」と主張。キルケはやはりニヤつき、エイレンは一瞬だけ遠い目をしたのだった。


オルトスの宿はとにかく、ゆるいのだ。物を盗まれたり部屋を荒らされたりはないのだが、どういうわけか、個室にも赤の他人が平気で上がり込んでくる。


「もう野宿で良いのではないかしら」


実際、ノートースの旅行者には野宿をする者も多い。


「そうですね」


ルーカスも頷くが、キルケはこう主張した。


「私にも画の妖精が現れてほしい!宿の主人に申請したらいいのかな」


「こうなったら3人1部屋に変えてもらいましょう」


ルーカスが提案すれば、エイレンはうんざり、という顔をする。


「同じ部屋でコトに及ばれるのはさすがに御免被るわ」


「だから何でそうなるんですか」


ルーカスは真顔で「ここではやめた方がいいですよ」とキルケを諭す。


「北部と違って定期的に検疫とかしてませんから」


「そうかぁ」


スティラちゃんに病気移すわけにはいかないな、とガッカリするキルケであった。



だがしかし。


目の前の『画の妖精』が病気持ちなどであるワケがない、とキルケは生唾を呑み込む。濃褐色の肌も髪も艶やかで、肩を剥き出しにした薄く色鮮やかな綿ドレスの中は、いかにも肉付きが良く柔らかそうだ。


ルーカスのところにも出てるかな、とちらりと思う。出ても彼は今夜はエイレンの部屋の前で寝ずの番の姿勢である。あの女なら心配など要らぬだろうに、マジメというか気の毒というか。


妖精(ナイディー)さんや、あんたは誰の前にでも現れるのかい?」


「そんなワケないだろ?」


蕩けるような笑みとともに、肉感的な腕が首に回される。


「色が白い男が好みなのさ。それに、あんたの楽器を弾いている指にも惚れたしね」


つまりあれか。「あぁんあたしのことも掻き鳴らして」ということか。


マイッタナ、と内心でニヤけつつキルケは女の耳元に囁いた。


「あんた『ハルサ』という男を知っているか?」



※※※※※



今朝も北部から来たらしい吟遊詩人は不愉快な音楽を奏でている。オツに澄ました「拝聴しなさい」といわんばかりの歌は遠くからもよく聞こえ、ハルサは歩きながら次第に大きくなる歌声にイラついていた。


川魚を捕りに行くには、彼の前を通らなければならない。ハルサがもう少し下品なら、ヤジってぶち壊しにしたりイチャモン付けた挙げ句に腕を折ってやったりしているところだ。いやもう既にそうしてやりたい。しかし実際には、うつむきなるべく早くその前を通り過ぎるだけである。


かつてあの街でそうしていたように、小さな憎悪をその胸に抱えて。


しかし今日は、少し違った。おや、とつい足を止めたのは、次に詩人が弾き出した曲がリズミカルな8拍子だったからだ。


『あんたのダンスが好きさ

リズムを刻む、腕と脚が

あたしの胸に火を点けるのさ

今夜はひと晩踊り明かそう

燃え盛る炎のそばで

腰をくねらせ

声を限りに唄いながら』


いつものお上品な歌詞ではなく、ノートースらしい直接的な誘惑の歌だ。思わずそちらを見ると、生粋の帝国北部民特有の薄青の瞳がニヤリと笑った。私のために弾いているとでもいうのか?


まさかな、といったん打ち消すが、また目が合う。慣れ親しんだダンスのリズムに身体が勝手に動き出すと、リュートの音色もより情熱的に盛り上がった。


3曲立て続けに踊り、周りからの拍手の中でひと息つくと、何か言わねば、と思った。己が文化を最高と信じて疑わないキライのある帝国北部の人間と、こんなやり取りが楽しめるとは考えたこともなく、ハルサは感動していたのだ。


「君はこんな曲も弾くんだな」


「そりゃあね。まるまる5日もこっちにいれば、影響も受けるってもんさ」吟遊詩人は肩をすくめる。


「それに、あんたが今朝は楽しそうだ」


ニヤッとして継がれた台詞に、驚いて言葉を失う。まさか気にされていたとは。


「……悪かった」


「何が」


キョトンとして聞き返され、謝るのはやり過ぎだったか、と苦笑する。ありったけの銅貨を詩人の前に置いてやると、顔をしかめて半分返された。


「私はもう行くが、また明日も弾いてくれるだろうか」


「ああいいぜ」吟遊詩人はまたニヤリと人好きのする笑みを浮かべた。


「あんたが通りかかったら、いつでも弾いてやるよ」


「そうか、楽しみだな」


思わず顔がほころんでしまう。リュートの音色で踊るのも悪くない。


そんな気持ちが伝染したかのように、吟遊詩人もまたこう言ったのだった。


「たまには踊ってもらうのも悪くないしな」



※※※※※



その日の夕方、いつも通り夕食を抱えて若干疲れた顔をして帰ってきた2人に、キルケはこう告げた。


「見つけたぜ」


「なんですって」


言外に漂う、なぜ全く動いていないあなたが、という空気が気持ち良い。そういえば最近のエイレンからは、以前よりも感情の動きを感じる。人間らしくなったものだ。


キルケはにやん、と笑って顎を撫でる。


「ファナちゃんが教えてくれたんだが、意外と近くにいたもんだ」


「……スティラちゃんに告げ口しますよ」


イヤーヤメテーオネガイ、とじゃれるルーカスとキルケに冷たい眼差しを投げ、エイレンは口を開いた。


「ではとっとと教えて下さらない。どちらの方?」


「それはまだダメ、な?」


「なぜ」


「今、攻略中だからに決まってるだろ?」


キルケは器用に片目をつぶってみせた。


「指と口を使って猛攻してるから、まぁあんたらは観光でもしながら待ってなよ」


初日に観光したのは結局、キルケだけだったのだ。


「太鼓打ちに合わせて踊ってみるといいかもな!」


意外なオススメに、エイレンとルーカスは思わず顔を見合わせ、それから口々に「「却下」」と言い放ったのだった。

読んでいただきありがとうございます(^^)


今回は新しい地ということもあって色々と語りたい執筆裏話。後ほどゆっくり活動報告しますm(_ _)m


では本日が良い1日でありますように。

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