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15.お嬢様は南へ旅立つ(3)

『太陽が天に輝くとき

小川の上には妖精(ナイディス)が踊り

破邪樹(デーレ・ペスティス)の下には故郷(ふるさと)の歌が響く


月が天に輝くとき

小川(ナイディス)は子守唄を囁き

破邪樹(デーレ・ペスティス)の下には(うるわ)しき乙女が眠る


風の四神(ウェントス)

雲を呼び、雲を運び

オルトスの街に恵みの雨をもたらせ


風の四神(ウェントス)

雲を呼び、雲を運び

されども安けき眠りは醒まさぬように』


南都中央に位置する広場の、噴水の前でキルケは上機嫌で歌っていた。夏の陽射しを受けて輝く水飛沫はまさに優しい妖精たち(ナイディス)のように背を涼ませる。そして、これから旅に出る先は吟遊詩人も滅多に行くことのない帝国南部の地だ。


彼の地に滅多に訪れない理由は2つ。時間がかかる割に途中に街が少なく、路銀が稼げないから、ということと南部の人間とは音楽の好みが若干以上に合わない(からまたしても路銀が稼げない)ということがそれである。


しかし、行きたくないかというと、それは逆だ。丸っきり異国と言っても差し支えのない街並みには、詩心がこれ以上ないほどにくすぐられるのだから。


皇帝陛下の命で旅費が向こう持ちであるならば、たとえその内容がルーカス(とち狂った堅物)と共にエイレン(型破りなお姫様)の護衛にあたることであろうが、喜んで受けて立つというものである。


じゃん、とリュートを鳴らし終えると再び構え直し、もう1曲ノートースの故郷賛歌(くに誉めの歌)を演奏しようとした時、ものすごい勢いのひずめと車輪の音、驚いて逃げる人々の声が響いた。


暴走しているようにも見えた、皇帝の紋章を持つ黒塗りの6頭立て馬車はそれでもスピードを落としつつ広場を1周し、所定の馬車止めに停まる。


停まった馬車から若干ふらつきつつ降りてきた1人の男が御者台に行くと、そこに座っていた目立つ金の髪の御者が交代するかのように身軽に飛び降りた―――あいつ、今度は馬車を暴走させてきたのか。


馬車に目立った傷や汚れなどはなく、暴走はすれども溝に落ちたり横転したりはしなかったのがよく分かる。その腕前は賞賛に値するかもしれんが、乗せられた方は堪ったものではなかったろう。これからの長旅の割にはコンパクトにまとめられた荷物を持って降りてきたルーカスは、遠目にもやれやれ、といった風情である。


惚れた女にヒドい目に遭わされているのだから、それはそれでオツなものだろ?と内心ニンマリしつつ、キルケは2人に向かって大きく手を振ったのだった。



※※※※※



その手紙が届いたのは、アリーファがすっかり荷物をまとめ終わり、さぁ出発、という直前だった。もう夏も終わりとなり、寄港する船の数も少しずつ減ってくれば港街ゴートでの精霊魔術師(まじないし)の仕事はほぼ終わりである。これからは半月以上をかけて道中ぽつぽつと来る依頼をこなしつつ王都へと向かう旅になるのだ。


もしかしたら帝国から戻るエイレンを港で迎えられるかも、という希望が叶わず、少しばかりガッカリしていたアリーファにとって義理堅く送られてきた手紙は嬉しいものだった。


「早く早く!」と師匠にねだって開封された手紙の束は相変わらず分厚い。そして、またしても師匠宛が1枚・残りはアリーファ宛という組合せであり、師匠が苦笑する傍らでアリーファは内心でフフッと含み笑いをする。


思い出すのは、以前別れ際にぎこちなく囁かれた『無理』というひと言である。いつもオニのようにアリーファをつつきからかい、かと思えばひたすら取り澄まして振る舞うあの女が、あの時だけはなんだか可愛らしく見えたのだ。あれで気付かない人なんていないだろう。


そうかぁ通常営業でデレてると思ってたら自覚した途端に固まるタイプだったのか、と、以来しばしば思い返してはニヤつくアリーファである。もともと憧れていた『一の巫女』の意外な一面はこれまでたくさん見てきたが、中でもこれはスペシャルだった。


相手にかなり問題ありとはいえ今や順調に恋愛中のアリーファにとって、恋バナで盛り上がれる可能性がある友達は、いるだけでも嬉しい。同志はいないよりいた方が良いのだ。


だって、たとえ順調であっても、神様とか齢千年とかバツイチとか浮気歴ありまくりとか、そういう彼氏相手の恋は常にバトルなのだから。嫉妬だとか不安だとか、そんな自分の気持ちと闘わなければいけない、という点で。


完璧彼氏と穏やかな心温まる恋がしてみたかった、と思うアリーファだが、完璧だからといって好きになるとは限らない。難儀なものである。


その難儀さを放っておくと余計にこじらせかねない拗くれ曲がった性格の友には、できるだけの協力をしてあげたい、とも思う。


「師匠も読む?」


自分宛の紙の束を差し出せば、いや別にいいですよ、と即座の返事。気になっているくせに、こちらも素直じゃない。


「出来事の報告ばかりだから遠慮しないで」


そう、アリーファ宛の手紙は分厚いといっても特別なことが書いてあるワケではなく、言うなれば簡単な旅行記のようなものである。


「いえアリーファさん宛ですから」


まだ遠慮してみせる師匠に何を今さら、と呆れ顔を返す。


「婚約報告は中途半端に見たくせに」


以前の手紙(あれは見たというより見えたのだろうが)のことを持ち出すと、数秒、何ともいえない沈黙が漂った。


しまった、と取りあえず謝るアリーファ。


「ごめんなさい師匠。言い過ぎました」


「……いえ、こちらこそ、あの時はウッカリしてすみませんでした」


「いやだって、あの紙の重ね方じゃあ見えても仕方ないから」


おそらくは師匠が読んでも一向に構わないからこそ、手紙はぞんざいに重ねられているのだ……というよりむしろ、これは。師匠に読んでほしいんじゃあ?とも思える。深読みしようとすればいくらでもできてしまうのが、乙女心である。


「じゃ、じゃあ当たり障りのないところだけ、読んであげるね!」


提案すると曖昧な頷きとともに「どうしてそんなに読ませたいんですか」という戸惑ったような呟きが返ってきた。


それはもちろん、お互いに気にし合っていながら、そして多少デレたりした過去もありながら、それでも全くもって進展していない2人であるからだ。


整って神経質そうな、やや右肩上がりの文字は、声に出して読めば、言葉の持つリズムや軽い節回しにまで気を配って書かれたものだと分かる。そういえば前回の手紙も、内容は淡々としているのに最後まで一気に読めてしまったのだった。


そして今回もまた、ゴート港を船出してから『明日からオルトスに向かう予定です。知っているでしょう?あなたのお父様もいらっしゃった街よ』に至るまでが、実に淡々と綴られている。


以前と違うとしたら、アリーファも知っている帝国人たちの名前がしばしば出てくることだろうか。そして淡々としているようでいて、つい師匠から隠してしまった内容も主に彼らの名前が出てくる部分である。


(レグルスさん……?!)


記憶にある彼は、エイレンの男性版というか、何でもソツなくこなせるところが良く似ていた。意外としつこい精神だけは違ったが。なのに。


(まさかあっさりダナエさんに鞍替え?!しかも壮行会(ファッションショー)準備中に仲良くなったって……どうして私、気付かなかった!)


それは聖王国にはない、薄く柔らかな絹や紗、繊細なレースやリボン、宝石を散りばめた飾りなどに夢中になっていたからだ。


(そしてダナエさん!あなた本当にそれでいいのか?!)


婚約予定者が夜中や日中に堂々と怪しげな振る舞いに出ている。前の女を弟の嫁にせんと口説くのも、なんだか怪しい。もし自分なら絶対に許せん、と拳を握り締めるアリーファである。


急に黙り込んだ弟子を幾分か不思議そうに眺めていたリクウが、あ、と声を上げた。


手紙の間から、ひらり、と白い花が落ちたのだ。ゆっくりと舞うその押し花を、手のひらで掬うように受け止める。


「どうも花の香がすると思ったら、これだったんですね」


「これは『センニンソウ』というのだそうです」


手紙の最後を確認しつつアリーファが説明する。


「花言葉は『道中の無事を祈る』……どうせご存知無いでしょうから解説して差し上げたわ。不粋でごめんなさいね、ということです」


「そうですか」


エイレンらしい、と思いながら押し花をアリーファに返すと、それはそっと手紙の封筒に入れられた。


「追伸2:ちなみに毒草よこれ。うっかり召し上がらないでね。あなた食いしん坊だから……って余計なお世話!」


言いながら慌てて手を洗いに行くアリーファをのんびりと見送り、リクウはもう1度封筒から白い花を取り出す。そして、手のひらの熱に立ち上るその甘やかな芳香を、目を閉じて深く吸い込んだのだった。

読んでいただきありがとうございます(^^)


ブクマがついに40件になりました。数とかではなく、読んで下さる方が1人でもいる限りは、カユみに耐えてなるべく誠実に妄想を表そう……と決めて続けてきたお話ですが、40件は素直に嬉しいので喜ばせてください!(だってリアルの方では妄想語れる友達いないし)


新しくブクマ下さった方、これまで見捨てずブクマしておいて下さっている方、読み続けて下さっている方にめちゃくちゃ感謝です。本当にありがとうございますm(_ _)m



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