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12.お嬢様は観光を楽しむ(2)

船は3日間ティビス運河を遡り、南都に着いた。桟橋付近は右手に水車を備えた工場群、左手には貧民街を象徴する3つのアパートを望む。この辺りはたまに死体が浮いていたりもして、そうすると回収が先になるため下船が遅れることもあるが、今回はそうした事故も無くスムーズだった。


「あら珍しい」


桟橋に降り立ったエイレンは、軽く眉を上げた。目線の先ではフラーミニウス家の長男、レグルスが、やぁ、と整った顔立ちを穏やかにほころばせつつ手を軽く上げている。


「工場でお仕事の帰りかしら?」


「半分正解です」


「そう」


「半分は、父から聞いて予定を合わせました」


尋ねられてもいないのに爽やかに自分を売り込む図々しさがさすがだ、と思うルーカスである。


エイレンが不思議そうに「フラーミニウス宰相が?」と問えば、レグルスはやはり爽やかに「ええ」と頷き、苦虫を百匹口に放り込んだような渋面を作ってみせた。


「こんな顔で」


その場にいた幾人かがうっかり吹き出し、慌てて咳払いなどして取り繕うがレグルス本人は全く気にしていない。エイレンがクスッと笑ったのを嬉しそうに眺め、手を差し出す。


「今夜はぜひ我が家にお泊まり下さい。明日は1日、南都をご案内しますよ」


「兄上、南都(ここ)ならもう何度も来ていますが」


ルーカスがぼそっと反論すると、レグルスは涼やかに聞き返す。


「貧民街と守備隊本部の牢と工場は、南都の何割に当たるんだったかな」


「面積でいえば1割弱でしょうかね」


「その通りだ。さすがは我が弟、賢いな」


レグルスは満足げに頷くと、再びエイレンに笑顔を向けた。


「明日は残りの9割強をご案内しますよ」


「有難いけれど、明日は皇帝陛下にご挨拶とご報告に伺わねばなりませんの」


「それは朝1番で時間を割いていただくようお願いしておきましたよ。我が家から宮殿まで直接お送りしましょう」


「フラーミニウス宰相と同じ馬車で?」


エイレンが茶目っ気を出して尋ねれば、レグルスは「まさか」と笑う。


「可憐な小鳥を大鷲(おおわし)と同じ籠に入れるわけがないでしょう」


本気で『可憐』とか『小鳥』などと言っているんだろうかコイツは、と思わず兄の顔をまじまじとルーカスは見た。その顔は相変わらず爽やかな微笑みを浮かべたままで真意が読みづらい。


「ああルーカス、お前は南都の守備隊で当直だったよね?」


「んなワケあるか」


分かりやすいボケに白い目をしてつっこむと「イヤだなぁ」とボヤかれる。


「そこは僕の気持ちを察して、気を利かせておくれよ」


「あいにく皇帝陛下の命令が最優先ですので」


「1日くらい譲ってくれてもいいじゃないか」


レグルスは一歩も譲らぬ姿勢を穏やかな微笑みに隠しつつ主張する。


「お前は皇帝陛下の命令をタテに、ずっと姫君を独占してきたんだろう?」


「黙れこの色ボケ男め」


キルケが背後で「えーあんたがそれ言うか」と呟いたのを、無視してルーカスは続ける。


「フラーミニウス家にとって皇帝陛下は絶対でしょうが」


「まぁそれで生き延びてきた家だからね?」


レグルスはやはり爽やかに、美談では収まらない内情を漏らしたのだった。


結局、その夜は使者団の面々はそれぞれの家に帰り、キルケは「スティラちゃんの部屋かな」と顔面を緩め、ルーカスとエイレンがフラーミニウス家に落ち着くことになった。


使者団の帰還に対して『こんな渋面』を披露するフラーミニウス宰相の家だと思うと気が進まないエイレン。しかし皇都へ向かうフラーミニウス家の馬車に揺られつつレグルスが申し出たのは「客人用の離れを提供しますよ。お好きにお使い下さい。食事もそこでいかがでしょう」ということだった。


「父とは顔を合わさずに済むと思いますが」


「別にお目に掛かったからどうというワケではないのよ?」


「いえ分かりますよ。やはり可憐な女性にとってはあの顔は怖いでしょう」


レグルスがふっと笑い、ルーカスが「だからそんなタマじゃないから」とぼそっと呟いた。更にレグルスは聞き捨てならないことを言う。


「僕も離れに泊まります。女性1人では不安でしょう?」


「黙れお前が泊まる方がよほど危ないわ」


ルーカスがつっこめば、レグルスは眉を上げて「ああルーカス、お前は自室に行った方が良いよ?」と忠告する。


「釣書が山ほど来てるから」


「……!」


「僕も父も干渉する気はないから、ゆっくりと好きな娘を選ぶと良いよ。お兄チャンとしては寂しいが養子縁組もOKだ」


ギリギリと歯ぎしりをするルーカスに、初夏のそよ風のような笑顔を向けるレグルス。


「コルクルムス公爵国からも婿養子のお誘いがあったな」


公爵はもともと、臣下に降った皇族に与えられる爵位であり、そういう意味では『国』ではなく『領』と呼ぶのが正しい。しかし、その面積が余りに広いのと完全自治が認められているために国として扱われるのが慣わしなのだ。


「もしそちらを受けるなら、お前も『公子様』だなぁルーカス」


「誰がなるかそんなもの」


「そうだなお前には無理だろうなぁ」


上手く立ち回れずに親戚筋からこっそり毒殺されてそうだ、と真顔の兄のコメントに「ほざけ」と噛みつくルーカス。仲の良い兄弟ぶりを鑑賞しているエイレンにも、レグルスはにこやかに尋ねてくる。


「あなたはどうですか?」


「あら何のこと」


「弟ですよ。口は悪いし不器用だけど実直でしょう?出世頭とは絶対に言えないが、我が家の後ろ盾もあるし、生活に不自由はさせませんよ?」


「兄上。ちょっと今ここで馬車降りていただきましょうか」


ルーカスは拳を握り締め低い声を出すが、レグルスの方はどこ吹く風、といった様子である。


「このように喧嘩っ早い点はいただけないが、結婚すれば落ち着くでしょう。きっと愛妻家になると思うのですがね」


「つまりわたくし弟さんの嫁としてスカウトされているのかしら」


「その通りです」


考えてみませんか、とレグルスが誘うように首を傾げ、美しい顔に茶目っ気のある笑みを浮かべたところで馬車はフラーミニウス家邸宅の門に着いた。


「そうお疲れでもないでしょう?庭を歩いてご案内しますよ」


言って馬車を降りたレグルスの後にルーカスが続き、地面に立った途端に兄に拳を繰り出す。それを余裕でかわし、レグルスはそっと弟の耳元で囁く。


「だってベタ惚れなんだろう?」


固まるルーカスの胸に、兄のパンチが炸裂した。


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