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11.お嬢様は再び帝国に着く(3)

帝国西の玄関口といわれるゼフィリュス港の市場は、人影もまばらで閑散としていた。


「まだ朝早いからこんなもんだ。もう少ししたら色々と店も出だすぞ」


船員が束の間の休暇を楽しんだり必需品を買いにきたりするため、日が高くなる頃には賑わいだすだろう。


そんなことをキルケは連れの2人に説明しつつ、辺りを見回し、市場の外れに盛んに湯気の上がっている屋台を見つけた。


「朝食はあれで決まりだな」


「ああ米粥店ですね」


ルーカスが頷く。帝国南東部で主に栽培されている米と、野菜や肉などを入れたスープで作る粥を現地以外で見るのは珍しい。「よく知っているな」とキルケが言えば、「昔食べたことがあります」と何か思い出しているような目で応えるルーカス。


「暑い日差しの中でわざわざ熱い物を?」


若干げんなりとした調子を隠そうともせずにエイレンが問う。確かに早朝とはいえ、帝国の夏の太陽が放つ強い光は食欲を無くさせるにじゅうぶんだった。


「それが美味いんだって!」とキルケが断言し、ルーカスが「健康と美容にも良いと聞きました」と補足説明をする。


「どちらもわたくしには関係ないわね」


断言するエイレンにキルケは白い目を向けた。


「あんた本当に中身ジイサンだな」


「あら南都のクレープは面白かったわよ?」


滅多に『美味しい』という感想を言わないエイレンにとって、それは最上級のほめ言葉なのだろう。しかしそこまで食べることを拒否しなくても、とキルケは思う。それでは人生の楽しみなど3割減だろうに。


店には先客が2~3人いた。テーブルや椅子は無く、張られた日除けの下で立ったり地べたに座り込んだりと、思い思いの姿勢で粥を啜っている。


「現地ではカップに入れた物をハンモックに寝転んで飲んだりもします」


懐かしそうにルーカスが解説し、エイレンが「汚れそう」と呟いた。そういえば村に泊まった時も、村長の家で欠かさず洗濯をしていたな、と今さらながら思い出すキルケである。


「よほど失敗しない限りは大丈夫さ」


言いながら店番の女性に銅貨を払い、引き換えに器をもらう。粗末な木の椀を差し出す腕は日に焼けていて逞しかった。


粥はセルフサービスだ。各自で食べやすい量を椀に注ぎ、揃えられたトッピングの中から好きなものを選んで載せる。


「お代わりは自由だから、少なめにした方が食べやすいぞ」


などとするともなしに注意しながらキルケがトッピングを選んでいると、不意に背後で1人の客がこけた。


飛び散る粥を顔に浴びて悲鳴を上げたその男に、エイレンが素早く近付く。それに気付き、なぜか逃げようとするその足に精霊魔術の黒い鞭が絡み付いた。


「あらあら大丈夫?」


エイレンが近付き、慈愛に満ちた表情と仕草で男の顔を拭った。


「また、わたくしの前で火傷をなさるなんて、よほどご縁があるのかしらね?」


赤くなった粥の跡に手をかざし、口の中で精霊魔術(まじない)の言葉を唱えると、火傷はすぐに癒え、その後に怯えたような表情が残った。


「それとも、また何か(やま)しいことをなさっていたのかしら?」


完璧な角度で小首をかしげたりなどしてみせながら、エイレンはその名を呼ぶ。


「スリ師のギロさん?」


「はわわわわっ!い、命ばかりはお助けをぉっ!」


その昔南都でエイレンの財布をスろうとして文字通り雷を落とされたその男は、震えながら土下座してみせたのだった。



「もうスリはしてないんです!本当ですっ」


お腹イッパイですので、と断ろうとして「1杯も召し上がらずにどうして」とつっこまれ、しぶしぶ注ぎ直した粥の椀を両手で持って、直立不動の姿勢で訴えるギロ氏。キルケ、ルーカス、エイレンの3人は何となく彼を囲む形で粥を啜っているのだが……さぞかしオソロシイだろうな、とキルケは内心で同情していた。


粥を呑み込んだエイレンが、チロッと唇舐めて笑顔を作る。その笑みは一見、とてつもなく優しく、蜜色の瞳は発光するほどにイキイキと楽しげだ……なのにどういうワケか、見る者の戦慄を誘う。


「あら、ではなぜわたくしを見るなりコソコソ逃げようとされたのかしら」


「そ、に、逃げてなど」


「そらぁ、私たちに会ってイヤな目に遭ったのだから当然……だろ」


キルケの助け舟は、冷たい流し目であっという沈没しかけである。


「あらわたくしたちに出遭ったから改心できたのよね」


「は、はひぃっ!」


悲鳴のような返事をしつつギロ氏は頷いた。


「裸足で踏まれても構わないほど感謝しても良いほどよね」


「も、もちろんです!どうぞお靴のままでお踏み下さいっ」


「その辺にしておきなさい」


たまりかねてルーカスが言う。


「本気にしてますから」


ギロ氏はノロノロと膝をついてうなだれ、スタンバイOKといった姿勢である。


「この姿勢でどう踏めと?」


エイレンが複雑な表情でつっこみ、キルケが「ああだからって寝転ばなくて良いぞ」とギロ氏を止めた。


踏む踏まない踏みます踏むとき踏めば……延々と続きそうな流れをぶった切ろうと、ルーカスが話題を変える。


「で、今は何をしているのだ?」


「がっガイドを!わざと貧民街の片隅に連れ込んで追加料金せび……」


「あらさほど改心なさっていないようね?」


再びイイ笑顔を見せるエイレンに、ふるふると首を横に振って言葉をつなぐ。


「追加料金せびるような輩から、観光客を助けたりもしておりますっ!本当ですっ!」


「まぁ」


「なぜ、南都でなくここなんだ?」


キルケの問いに、ギロ氏ははじめて緊張を緩め、ここが故郷なんです、と答えた。


「やり直そうと思って帰ったんですが、もう家は他人の物になっていて。今は貧民街でボロ家を間借りしています。ガイドのほかにも船の荷下ろしや荷運びを手伝って、なんとかやっています」


南都でも貧民街暮らしでしたから、あまり変わりませんね。


そう付け足す表情は穏やかだ。エイレンが小さく咳払いをした。


「その割に、わたくしを見てすぐに逃げ出そうとなさったわね?」


「そ、それはっ」はっきりと動揺するギロ氏。


ただひたすら、すぐ逃げなければという本能に従っただけなのだ。だが、それを説明すればまたイイ笑顔で「あらあらわたくしそんなに恐い?」と言われ背筋を凍らせなければならなくなることだろう。


「それは何かしら?」


エイレンは、返答によってどう遊ぼうかと考えているのがよく分かる、性格の悪い笑みを浮かべて返事を待っている。


「いじるのも大概にして下さい」ルーカスが今度ははっきりと嗜め、「それはそうと」とキルケが話題を再び変える。お嬢様の悪癖対策だ。


「この辺りでオススメの場所があるか?」


ギロ氏の顔からさっと恐怖の色が消え、誇らしげな表情が浮かんだ。


「聖樹の場所を、ご存知ですか?」

読んでいただき有難うございます(^^)


ギロさんは、コイツ誰?という程一瞬で消えた方ですが、行く末が気になっていたので再び登場できて良かったです。多分またすぐ消えますが(爆)


そして先日は急激にたくさんの閲覧とブクマいただき感動しております!これまで寛大にもお付き合い下さった方にも、新しく見て下さった方にもひたすら感謝ですm(_ _)m

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