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9.お嬢様は治療を受ける(1)

いつも読んでいただきありがとうございます!


今回は主にハンスさん×アリーファさんのお話です。比較的初々しさを意識してみましたが……なにせハンスさんが(以下略)


ここまでお付き合い下さっている心の広い読者様には今さら「イメージダウンだわっ」的なことはないものと勝手に信じています。でももしイメージダウンだったらごめんなさい

港に突き出た幾本もの桟橋を波が濡らし、海鳥の声がうるさいほどに耳に飛び込んでくる中で、精霊魔術師(まじないし)は修理された船底の穴に手を当て、水が漏れないよう慎重に呪文を唱えていた。不可視の言葉の連なりが穴の周囲に纏い付き、精霊に働きかける。


神魔法がしばしば強い力で雷を落とし雨を引き寄せたりするのに対し、こちらは呆れるほどに微弱であり効力もさほど長続きはしない。それでも、精霊魔術でしかできないこともあるのだ。


穴をメンテした後は船全体の板を締め直す。外洋でちょっとした嵐にでもあった時には、船の強固さは間違いなく生死を分けるだろう。


「アリーファさん、ちょっとここ、船板締めてみて下さい」


師匠(リクウ)に呼ばれて少女が緊張気味に呪文を唱えはじめた。鳶色の髪に夏の陽射しが反射して虹のように輝き、大きく開かれた真剣な緑の瞳には波が映り込んで揺れている。


「そこの発音は息だけで。舌の上にそっと載せるようにするんですよ」


注意されて頷き、再度呪文を唱えるアリーファ。船板の調子を確認していた師匠から、3度目でやっとOKが出てふうっと安堵の息をついた。


「発音もかなりマスターできましたね。よく頑張ってますね」


褒められて緑の瞳が嬉しそうに和んだ。


「うん!めちゃくちゃ練習したからね!」


「ああ、でしょうねぇ」


ニコニコと船の舵に精霊魔術の文言を刻み始めるリクウ。その仕事ぶりは丁寧であり……時間がかかる。


「おーい、まさかとは思うけど、ワザと待たせてるんじゃないよねえ?!」


空中に寝転んで頬杖をつきつつ神様が声をかけると「ハンスさん、しぃっ!」とアリーファが振り返って口に指を当ててみせた。


「今日はあと中型船が2艘だから……そうね、もう5~6時間も待ってもらえれば」


「ええっ」


不満そうに声をあげるハンスさん。


「そんなに待つのやだぁ、退屈だなぁ!」


「だったら、その辺お散歩行ってくれば」


「お嬢ちゃんも一緒に行こうよ!デートデート!」


日に焼けた逞しい腕を差し出して、ニカッと笑うハンスさん。白い歯がキラーンと光り、アリーファは眩しそうに目を細めた。


「デートとか気軽に言わないでっ」


「え?デート以外の何なのかなぁっ?」


「そっ、それは……」


いつの間にかハンスさんの顔が近い。アリーファは赤面しつつ、師匠の方を伺った。顔を上げずに呪文を唱えつつ、片手だけがヒラヒラと2人に向かって振られる。


「……行ってきても良いそうです」


「よしじゃあ決まり!」


ハンスさんは嬉しそうに笑い、アリーファの身体をひょい、と抱き上げたのだった。



目を閉じて、と言われて「このシチュエーションはもしや」とドキドキしつつ言われた通りにすると……なにやらグニャンと身体が歪むようなヘンな感触があった。ああそっちか、とちょっとガッカリするアリーファ。ハンスさんは国内であれば瞬間移動できるのだ。


「いいよー」と脳天気な声がして、目を開けるとそこは深い森だった。樫やクヌギ、栗、楓など雑多な広葉樹が重なるように生え、古い木が倒れた後にはまた新しく若い芽が活き活きとした黄緑色の葉を伸ばしている。久々に嗅ぐ、樹や湿った土の匂いをアリーファは胸いっぱいに吸い込む。


「ここって王都の森?」


「せいかーい」


パチパチと手を叩くハンスさん。ゴートから一瞬で王都に行けるなんて、神様はさすが便利である。


「ほら、オオカミさん一家にたまには会いたいだろうと思ってさぁ!お嬢ちゃんよく可愛がってたから」


ニコニコとしているハンスさん。なんだそれだけなのか。


「あ、そうなんだね」


「なになにーなんかガッカリしてる?」


「別にぃ」


ふん、とそっぽを向いてみせるアリーファに、ハンスさんが爆弾を投げた。


「いやキスする時はちゃんとするって言うから!基本誰も見てないところがいいし」


「だ、誰もそ、そんなの期待してだなんてっ」


真っ赤になって手をワタワタさせるアリーファを、いやぁ反応が新鮮で良いわぁ、などとヤニ下がって見詰めるハンスさん。


「だ、大体『今からするよ』とか断ってからするなんて全然雰囲気出ない!」


以前の婚約者とは、幼馴染みで仲は良かったもののキスなんてしたことがなかった。アリーファにとっての憧れのファーストキスといえば。


『並んで夕日を見つめる男女。美しい景色に心がいっぱいになった2人の目がふと合って、そのまま……♡』


というようなベタベタなシーンなのである。なのに、それなのに。この目の前のバツイチマッチョはあろうことか。


「だってさぁ、最初から最後まできっちり感じてほしいじゃない?」


などとニヤニヤしながら宣うのである。


「急襲に驚いたり雰囲気に呑まれたりすると、感度が下がるでしょー?邪魔が入るなんてもってのほかだし」


「知るかぁっ!」


真っ赤になって神様の足をゲシゲシと踏み付けるアリーファ。痛い痛いっ主に心がっ!とハンスさん涙目である。


「もっと痛めそして乙女との付き合い方を反省しろっ」


「反省してるよ」


さらに踏み付けようとした身体ごと、ぎゅっと大きな腕に抱きしめられる。真剣な声が耳元で囁いた。


「ごめんなぁ。反省してるし、俺なんかでいいのかなーとかやっぱり思うから、なかなかお嬢ちゃんの期待通りにはできないんだ」


「きっきっきっ期待なんかっ」


えーしてないのー?と不思議そうな顔をするハンスさんに、アリーファは赤い顔のまま頭をブンブン横に振ってみせる。


「してないしてないっ」


「え?全然無いの?ひたすら賛美してほしいとか、その後に良いタイミングでキスしてほしいとか、それからこれまた良いタイミングで優しく押し倒してほしいとか」


あまりの言い様に、アリーファは息を呑んで口をパクパクさせた。これのどこが反省しているというのだろうか、と思うが、ハンスさんは心底不思議そうな顔をしている。


「こっちの都合と思い込みで事を進めちゃうのは良くないからなー、リクエストがあるのなら聞くけど?時間とか場所とか、全く希望なし?」


「いちいち聞くな察しろぉっ」


「うーん察するかぁ……自信ないなぁ」


ポリポリと頭を掻くハンスさんに、アリーファは白い目を向ける。バツイチマッチョのくせに。


うーんうーん、と考え込んだ末。ハンスさんは、これくらいならいいかな、と自信なさそうに少女の頬に小さなキスを贈ったのだった。

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