8.お嬢様は眠り続ける(3)
使者団は予定通り5日で王都に戻った。その間エイレンは眠っているか起きていても意識が朦朧としたままであり、旅は通常より負担のかかるものであったが、少しでも早くまともな医師にかからせようと急いだのだ。
戻ったその足でエイレンを施療院へ担ぎ込むと、ルーカスはほっと安堵の息を吐いた。
(これで何とかなりそうだな)
旅の間、着替えや身体を拭くのは宿の女に任せたが、他の世話は相変わらずルーカスに丸投げされていた。とりあえずこれで終わりだろうし、多少は耐性もついたことだし良しとしよう、と若干遠い目をするルーカス。なにしろ1日目夜の猛攻にギリ耐えられたのだ。今後はどんな誘惑にも屈しなくて済むだろう。
施療院の医師によると、エイレンの症状は「あーこれ神気にアテられてますね」ということだった。
「神様から直接何らかの術を施されたのでしょうが、正直言って私どもにできることはないです」
説明されて複雑な面持ちになるルーカス。エイレン自身は神様とやらとえらく親しげにしていたが、それが原因ということだろうか。他国の神様に「お前のせいで」などと文句をつけられるとは思えないが、それにしてももう少し状況を考えてほしかったところだ。
「日にち薬で様子を見るしかないですね。次第に目を覚ます時間が長くなり、普通に生活できるようになるはずですから」
「どの程度かかるんでしょうか」
「さぁ……確かなことは言えませんが、この様子ならあと6、7日といったところですかね」
神殿に戻すよりこちらの方がお世話しやすいでしょう、と入院を勧められるのを断り、また意識のない身体を担いで立ち上がった。
なにしろ施療院の入院者は症状では分けられているが性別では分けられておらず、男女問わず雑魚寝状態。皆それどころではない者たちばかりと分かってはいても、ファリウスの「うっかり不埒な気分になったらどうする」発言が頭をよぎってしまうのである。
神殿にも人手はあるし何とかなるだろう、と思いつつ施療院を出る。施療院は神殿から少し離れた街中にあり、神殿までは徒歩1時間といったところだ。幸い夏の陽射しは帝国より穏やかで、歩きにくいほどではない。
「あれ?なっにー、その荷物みたいな扱い!」
急に、軽そうな声が上から降ってきた。見上げるとそこには、例の神様とやら。重そうなマッチョが宙にプカプカ浮いている。
「もしかして人扱いしたら、うっかりあんなことやこんなことしそうだから、とかー?」
「うるさい黙れ、いや黙って下さい」
別に言い方なんか気にしないよー、と言いつつトン、と身軽に地面に降りる神様。眠ったままのエイレンの顔を覗き込み、あちゃー、と額に手をあてた。
「ちゃんとケアしたつもりだったんだけどなぁ」
翌日も平気そうに井戸掘りしてたのに何で、などとブツブツ言っている。つまりはやっぱりコイツが原因なのか、と思うと、胸ぐらを掴んで殴ってやりたい気分である。
「何した貴様とっとと吐け……いや吐いて下さい」
だから言い直さなくて良いって、と神様。
「いやーちょっとした大技を。本人の許可はとったよ?」
モヤモヤしてるならどうぞスッキリなさって♡とか言われてついその気になってがっついちゃったケド、という聞き捨てならない補足に、ルーカスはついに切れた。
「貴様のせいで!」
「ん?ナニナニ?」
「……使者団がどれほど迷惑を被ったのか分かっているのか」
危なかった。私がどれだけ大変だったか、などとうっかり言ってしまっては、面白がって突き回される気配がする。
「えーでもさぁ、使者団には多少迷惑だったかもしれないけど」
神様はにたぁり、とイヤな笑い方をした。
「あんた的には役得だっただろ?」
「どこがだっ」
気が付けば彼女の髪やら頬やら唇やらに触れそうになるのを、後で止まらなくなったら困るからヤメロ、と必死で抑えるのがどれだけ苦行だったと思ってるんだこの脳天気マッチョめ。
脳天気マッチョはまだニヤニヤとしている。
「だってさー、朦朧とした状態で粥なんか食べさせてやると、もんすごい素直に口開けるし、ありがとう、がいつもの気取った感じじゃなく幼子みたいだし。もう可愛くてたまらんかっただろ?」
覗いたのかコイツ。じろり、と睨んでやるが神様の熱弁は止まらない。
「黙ってほとんど何も言わないのにニコッとされたりしたら、普段の10倍は可愛いだろぉ?」
「そんなことはない」
「あんた今なんつった?可愛くないって言ったか?」
今度は神様がじろり、と睨む。
「……3倍程度だ」
「よしまぁ合格」
しかしどうするかなこれ、とツンツンエイレンの頬をつつく神様。
「このまま寝かしといたら俺、後で絶対シメられるわ。このわたくしの貴重な時間をどれだけムダにさせたのこの無能、とか言って」
「貴様がなんとかしたら良いだろうが。神様でしょう」
「ああ、俺そういう方面は超絶ニガテなのー」
「ならヤリ逃げする気なのかコラ」
思わずつっこむが、神様はやはり相手の態度というものをさほど気にしないタチらしい。うーん、と額にシワを寄せて考え込んでいる。
「手は無いことは無いんだよなぁ。ただ、あいつに頼むのイヤなんだよなぁ」
「こんな時に好き嫌いで事を決めるな」
「いやあんたもイヤになると思うぞ。エイレンが目も当てられんくらいにデレデレするし、普段の倍は可愛らしい顔してるし。何でコイツ、とか絶対思うって。んなのに安定スルーするから、何様だオマエ俺の可愛い妹に、ってついつい絞め殺したくなるんだよな」
うん確かに聞いてるだけでイヤになってきた。
「何なんだソイツは」
苛立ちを抑えなるべく平静に尋ねると、神様は少し遠い目で宣ったのだった。
「人畜無害なイメージで売ってるしがない精霊魔術師今ゴートで仕事中」
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