8.お嬢様は眠り続ける(1)
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回のお話は誰かさんがまた沼に……いやもう救済ムリ、と筆者が放置してから暴走し放題でスミマセン(遠い目)
(1)(2)あたりでズブズブ沈みこんでますので、苦手な方は飛ばし読みでお願いできればと思いますm(_ _)m
神殿の所有するミスリル鉱床を視察した翌日には、使者団は慌てたように王都へと向かうこととなった。原因は使者代表がいきなりぶっ倒れたせいである。天幕には食糧はじゅうぶんに残っていたが、薬の類は皆無であった。
しかしもしここに薬があっても役に立ったかというと、どうだろう。何しろ熱を出した当のご本人は、意識をすっかり無くして寝込んでいるのだから。あの怪しげな聖王国の神とやらに王都までの運搬を頼めばすぐだと思うのだが、いかんせん、帝国人のルーカスには神様の呼び出し方は謎である。
意識を失ったエイレンの身体を馬の背に乗せ、落ちないよう紐で縛っていると使者団の1人が信じられない、といった目を向けてきた。
「まさかそれでイガシーム様を王都に連れ帰るつもりではあるまいな」
「そのつもりですが何か?」
紐を縛る手を止め、ボソボソと尋ねると、同じ馬に乗せた方が良いでしょう、と論理的でない返事である。それでは馬が1頭余る上に、2人乗りする馬が早く疲れてしまう。非効率であるし、もしエイレンに意識があってもそんなことは頼まないに違いない。
「効率云々の問題じゃない」
主張されるが、意味が分からない、とルーカスは首を振った。
「ではどんな問題だと?」
「意識が無い女性をそのように扱うなど、紳士ではありませんね」
「そこまで言われるならファリウス殿が乗せてやるといい」
「できるわけないでしょう!」
堂々と言い切るファリウス氏。
「私は文官ですよ!騎馬は1人で精一杯です!」
「では口を出さないでいただきたいのですが」
「君はそれでも紳士ですか」
「そのつもりです」
この口論はほかのメンバーにも伝わり、結局のところルーカスは負けた。誰もが「私は2人乗りなど無理」と言いつつ、それでも馬の背に括り付けて運搬することはダメだと言い張るのだ。全く意味が分からない。
仕方なく従うルーカスだが、正直なところは、こんなのを抱えて運搬する方が紳士として色々とヤバい気がする。普段の彼女からすると有り得ない、横座りで頭を騎手の胸にもたせ掛けた姿勢といい、熱い身体といい。
(そしてこれはなんなんだ!)
うつむき加減のうなじに残る、やや赤みを帯びた小さなアザといい。意識があろうが無かろうが、揺すぶって問い詰めるワケにもいかないのは明白で、苛立ちだけが募る。
この苛立ちがまたマズいのは既に経験済みであった。できるだけ発散させようと、馬を駆りつつルーカスはギリギリと歯ぎしりを繰り返す。歯がすり減るのと理性がプッツンするのは、どちらが先だろうか。
ともあれどちらもなんとか無事なままルーカスと使者団一行は滞りなく帰り路を進み、その日は麓の村で宿をとった。ちょうど往きと逆の行程であり、そのことについては誰にも異存あろうはずが無い。だがしかし問題は。
「部屋数が足りないからフラーミニウス殿はイガシーム様と同室でいいですね」
テキパキと部屋割を進めるファリウス氏に、ルーカスは思わず声を大にする。
「ちょっと待って下さい!」
「どうしましたか?」
「普通は女性に一部屋与えるでしょうが紳士なら!」
ルーカスの主張に、ファリウスはまたしても信じられない、という顔をした。落ち着いた口調で諭すように言う。
「フラーミニウス殿、イガシーム様は只今発熱で意識が無い状態です」
「それが何だ」
「夜間の急変に備えて誰かが同室になる必要があるのは分かりますね」
「私でなくても良いではないか」
必死の抵抗は、次のひと言に破られた。
「もしほかの者に任せて、ついうっかり不埒な気分になられたらどうするんですか」
「……!」
「その点フラーミニウス殿なら安心ですからね」
『忠実な』家だけあって本当にお堅いですから(あ、これホメてるんですよ!)、職務中に不埒な気を起こすことなど絶対にないでしょう?
などと爽やかに言い切られ、ルーカスは進退窮まったのであった。
夜半過ぎて雨が降り始め、パラパラと家々の屋根を濡らす。その音を、床に敷いた寝藁の上に寝転んで目を開けたまま、ルーカスは聞いていた。
その心は覚悟していたより平静であったが、時折波のように衝動が去来する。しかも「今ならバレねーよ」とか、昔不良少年であった頃のような唆しがオマケについてくるのだ。
(そういう問題ではないだろう!)
まだ理性が勝っていることを確認し、隣の寝台に横たわる女からできるだけ離れようと背を向けた時、かすかな呻き声が彼女の唇から漏れた。
「エイレン?苦しいのか?」
その名を呼ぶとつい、胸が震えそうになる。そんな場合じゃないだろう、と様子を伺いつつ手をそちらに伸ばすと、固く滑らかな肌と骨張った長い指が触れた。
離さなければ、と思うのに、指先がその手を掴んだまま動かず、逆にルーカスの全身を引き寄せる。
(そうだ、寝台から落ちた手を、また元に戻してやるだけだ)
自身が呆れるような言い訳をしつつ、彼の両手はゆっくりとエイレンの手を包み込んだ。
その手は病人の世話をし、貧しい子供たちの汚れた頭を躊躇なく撫でる手だった。過ちにも赦しを与えようとする手だった。彼の熱を測ろうと慌てていた時さえ、その指先は優しかったのだ。
その手を頬に当てて目を閉じれば、苛立ちも狂暴なまでの衝動も消えていく。愛しさが胸から込み上げ、指の1本1本に何度も唇を押し当てながら、ルーカスは静かに泣いた。
「……カロス?会いに来てくれたの?やはり、まだ、悲しいの?」
不意に彼女のはっきりとした声が響く。はっと顔を上げると、まだ熱の残る瞳がぼんやりと彼を見詰めていた。




