7.お嬢様は鉱床を案内する(3)
「この辺り一帯の地下深くにミスリル鉱床が手付かずのまま眠っております」
馬をゆっくりと進めつつエイレンが説明すると、使者団の者たちは微妙な表情で頷いた。ミスリル鉱床を見せる、と言われわざわざ5日もかけてきてみれば、そこは天幕と真新しい井戸があるだけの干涸らびた大地である。
翌日になり鉱床周辺を案内されているのだが、やはりどこがどうとも言い難い黄褐色のところどころひび割れた地面の連なりであり、ここがそうだといわれても、にわかには納得できないのであろう。
そんな使者団の面々の心情には構わず、エイレンは続ける。
「そこにあるのが調査用に穿たれた穴です」
当時は神魔法で地下深くから熱水を吹き上げさせて穴を穿ち、冷めた頃を見計らって採鉱するという方法がとられた。調査ならばそれで良いが、現実に採掘となると難しい。
「地盤が脆いため、採掘は露天掘り階段方式が良いと考えられます。神殿は帝国から技師の派遣を要請しますわ」
「本当にあるのですか。資金を引き出したいがための詭弁ではないでしょうな」
声を上げる使者団の1人にちらりと冷たい眼差しを向けるエイレン。
「神殿にはかような安値でミスリルを譲らねばならぬ理由はございませんのよ。皇帝陛下との友情のほかには」
はったりである。ミスリルは相場でいえば確かにとんでもなく高価だが聖王国内ではさほど需要もなく精錬技術は既に廃れており、あるのが分かった時も「普通の銀だったら良かったのに」と嘆かれた程だ。
実質不要なモノと引き換えに工場建設と鉱山開発の費用をほぼ全てを出させようというのだから、安値とは言っても神殿側としては美味しい取引なのである。
使者団の1人はなおも言い募った。
「だからこそ。ここまでしておいて『出てきませんでした』では済みませんぞ」
「皇帝陛下は信用して下さっているのに、あなたは証拠をご覧になりたいとおっしゃるのね」
「視察も今回の我々の仕事ですから」
「では」
エイレンは口角をきゅっと吊り上げてみせ、神魔法の詠唱を始める。調査用に穿たれた穴から土砂がどっと吹き上げ、周囲に積もった。近寄り、土砂の山に素手を突っ込んでしばらく探るうち、剣で突けばボロッと崩れそうな微妙な固さの手触りの石が手に触れた。
神殿の倉庫に放置されていた原石と同じである。幼い頃はそれが何か分からず、姉の阻止をきかず短剣でボロボロに崩して遊んで叱られたことを急に思い出す。
そっと鉱石を取り出し、使者団の者たちに示した。鉛色の表面に見間違いようのない輝きが散らされており、それは夏の陽射しを浴びてさらに虹色の光を放った。
おお、と使者団から声が上がる。銀の原石である輝銀鉱に似ているが、こちらの方がさらに美しい。
「こちらが一般に黒輝虹と呼ばれる、ミスリルの原鉱石ですわ。加熱により分離して液状ミスリルとなります」
「液状?」
「文献によれば、ミスリルは単体では液状。他の物質と結びつきやすい性質を持つ、扱いにくい金属ですわ。皆様がご存知のしなやかで軽くしかも非常に強い性質を持つミスリル銀は、液状ミスリルと鉄、それにわずかな金との合金なのです」
「なんと」
聞いていないぞ、とざわめく使者団の面々。
「幸いそちらでは鉄も金も豊富。ミスリル銀の合金には困りませんわね」
「それだけの手間を掛けさせるのに、あれだけの資金を出せと?」
「手間と資金に見合った価値はあると、皇帝陛下は納得されていてよ」
帝国に滞在中、ああだこうだと議論しつつ条件を擦り合わせた上での資金その他の援助である。この件に関しては嘘をついた覚えも騙した覚えも無い。使者団の面々が不安に思い文句を言うのは勝手だが、お互いに納得している内容を覆すのは難しいだろう。
大体がこのような反対も想定済みである。
「高すぎると言われたらどうするの」
フラーミニウス宰相の苦虫を噛みつぶしたような渋面を脳裏に描きつつ問えば、皇帝陛下は平然と応じた。
「ジジイどもが反対するなら、資金は国庫から出さなくても良いのだ」
皇帝自身の財産から出すことも考えている、と言われ、エイレンは首を傾げたのだった。
「正直に言うといくら帝国でも、利益が出るほど買い手はつかないと思うわよ?」
「誰が売るかもったいない」
商売のためではなく、軍備の増強に使うのだと言われればなるほど、と思う。帝国は一見強大に見えるが、常に内側に問題を抱えている。属州の反乱や貴族の内乱を押さえ、国をまとめるためには幾多の金を投じても惜しくないということなのだろう。
(まぁ、あの人のことだから『世界最強』にもこだわっていそうだけれど)
少年皇帝の野心に満ちた表情を思い出し、エイレンは内心で微笑んだ。間違えることもあるが、常に正しくあろうと努力する姿勢はすがすがしいものである。
彼の治世のためにもよりスムーズに資金を引き出すためにも、ここで使者団に喧嘩を売るのはやめておこう。そう思い直し、皇帝陛下の名を出されてもまだ不満げな使者団の面々に告げる。
「もし取引が成立すれば、この鉱床は帝国のものになったも同然。それでもなお価値が無いと思われる方は、皇帝陛下に申し上げて下さいな。重要なことですから、再度検討がなされることでしょう」
ここに帝国の者を呼んだ目的は条件の擦り合わせではなく、鉱床の確認だけなのだ。十分に果たしたわね、と思った時、不意に目眩と、背中からのしかかるような重みを感じた。
馬から崩れ落ちる身体を、横から飛び出すように並んだルーカスが支える。
「あらありがとう」
「でなくて、すごい熱ですが」
「どうりで朝からダルいと思っていたわ」
「井戸掘り以外に一体何をやらかしてたんですか」
ぼそぼそと問われ、うーん、と首を捻って考える。
「……水を浴びたままで高原を駆け足一周?」
思い当たることといえばそれしか無いが、そんなことで、と不本意でもある。
「あの程度で発熱とか、トシなのかしら」
「あほか」
なかなかキレが良いわね、とエイレンは笑い、そのまま馬の背に突っ伏したのだった。
お読みいただきありがとうございます(^^)
ミスリルの原鉱石は硫化銀ならぬ硫化ミスリルなる設定です。ちなみに合金の話は全くのデタラメです。こういうので作れたら面白いなぁ、程度。ツッコミご意見謹んで受けいれますm(_ _)m




