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5.お嬢様は父上様と再会する(2)

もしもリクウが腕の良い精霊魔術師かつ『歩く親切(かつ人畜無害)さん』でなければエイレンはここまで思い切ったことはできなかっただろう。


「何とかして下さいよ、神官長様。お嬢様ときたら人使いが荒すぎですよ」


開口一番、初対面の神殿トップにフレンドリーに当たっても許されると思える程の働きを、彼はしてくれたのだ。


今からちょこっと神殿の方目がけて跳ぶ(神魔法のエネルギーで己らを飛ばす)から精霊魔術の結界で気配を隠してついでに身体も保護してねヨロシク、といきなり丸投げして対応してもらえるとは。


(半分できれば良いと思っていたのに…上出来すぎるわ)


これまで威力が強すぎて使い辛いとされてきた神魔法だが、精霊魔術とうまく組み合わせれば案外役に立つのかもしれない。


目的地と着地点のズレは徒歩1時間。その間も存在感が消えるまじないをかけてくれたお陰で見咎められることなく神官長の部屋まで行くことができた。


(地味だけど案外、習得したら便利なんじゃないかしら)


モノになるまでに何年もかかる割に無くても困らないワザばかり、だの器用貧乏だのという評価とともに廃れてきた精霊魔術だが、このまま無くなってしまうのは絶対に惜しい。


思考する間も、父親の無表情な言葉が響く。


「そなたのような娘は知らぬ。私の娘は先日王宮に嫁いだ長女(ファーレン)のみだ。次女(エイレン)は不治の病で死んだのでな」


しかしその厳しい顔と声の裏で、おそらくはほっとしているに違いない、とエイレンは微笑んだ。暗がりで殴られた跡が見えなくて良かった。


「あら父上はご存知よね?死者は往々にして生前縁の深かった者を(おとな)うものでしょう」


「ならば問うが、そなたはなぜ死んだのだ…あの男のせいか?あの男はスパイだったのだ。処刑されても致し方なかったろうが」


いえわたくしを死んだことにしたのはアナタでしょ、とは真面目で厳格な父にはつっこめない。


「その通りね、父上。それより今は時間が無いの。その話は置いといて下さらない」


「そなた戻ってきたのではないのか?」


「…モウロクなさったのかしら?わたくしが戻ってきて困るのはそちらでしょうに」


『一の巫女』が側室となる前日に衛兵に怪我を負わせ行方をくらませた、など神殿の名誉にかけて言うはずがない。切り捨てるのは正しい判断なのに、何を口走っているんだろうか。


父はフーッと盛大なため息をついて首を振った。


「ではそなたの姉(ファーレン)が側室に適格だとでも?」


「それは、長い目でこれから育てて差し上げて…あの人がああいう風になったのには、あなたと母上にも責任の一環というものがあるでしょう?」


神殿系貴族の娘なのに、まるで大臣の姫のように甘やかされて育ったフワフワの夢見る乙女。それがエイレンの姉である。


即戦力にはならないだろう。


しかしそんな女でもいったん側室に据えた以上は、差し替えなどできない話なのだ。そんなことになれば「バカにされた」と王宮の政治系貴族たちが騒ぎ、数少ない神殿の権益を削り取ろうとするだろう。


つまりは今更な議論を重ねるのは無駄でしかない。エイレンはサクサクと用件のみを口にすることにした。


「これからは貧民を神殿の管理下に置いて。工場を建てて職と食べ物と住処を与え、定期的に清掃と洗濯の指導をして。工場はそうね、紙か縫製が良いんじゃないかしら」


「そなたやはり気が狂ったのだな」


父の狭い眉間に数本の皺が刻まれる。


「それが簡単でないことなど分かるだろう。やつらは何の技能も向上心もないウジ虫だぞ。与えれば与えただけ、喰らいつくして終わりだ」


「その理由はね、彼らがそこしか知らないからよ。努力次第で違う位置に立てるのだと分からせれば良いでしょう…生活さえ保証してやれば彼らは当分、安価な労働力として使えるわ」


甘い蜜を垂らしてみるが、エイレンの父はそれに乗ってくるような人間ではない。


「資金はどうする」


「姉上に国王様を動かしてもらって、政治系貴族から搾りとれば良いでしょ。それで収益が上がれば税金が入るんだから、向こうも万々歳じゃない」


「…そなたの姉(ファーレン)にそれができると思うか?」


「本当に父上は姉上に甘いわね」


つい本音がのぞいてしまった。もう「できるか?」とか言っている段階ではないと思うからだ。


「正解は『させる』でしょう?姉上自身がどうお考えでも、もうあの人は神殿と王宮をつなぐ側室(パイプ)になってしまっているのだから」


「その側室(パイプ)が、そなたであればな…」


壮大な計画(バカな話)でも夢ではないと思えるのだが、とため息まじりに父が言う。


「なぜ逃げたりなどしたのだ」


よほど悔しいのか、会話は常にそこに戻ってしまう。たとえ言葉を尽くしたとしても、神官長を納得させられる説明などできないだろうが。


「気が狂った、と思って下さって結構よ」


けれど今の話は考えておいて下さいね、と念を押して踵を返す。


「ああそうそう」


戸口で思い出したように振り返ってみせた。


「先程の話と比べれば全然大したお願いではないんだけれど、先程ね、男が1人捕らえられたの…彼にきっちり刑罰がつくよう根回ししていただきたいわ。内容はそうね、市中引き回しに鞭打ち10回程度で」


市中引き回しとは罪状を書いた看板を持たされ、大声で読み上げられながら街中を歩かされるという刑である。


「ほう…罪状は」


「川原の娼婦へ料金未払いの上に同娼婦の殺人未遂、といったところよ」


「男の身分は」


「一般市民」


「まさか襲われたのはそなたではないだろうな」


「彼に向かって神魔法は使っていないわ」


適当にごまかしたことに気づいたのかどうか、父はおもむろに頷いた。


「その程度ならばすぐにもできるだろう」


「ありがとう父上。愛してるわ…では、わたくし行くわね」


「待て、その男はいったい…」


父親の制止を無視してエイレンはリクウを促し、神殿の長い廊下へと出た。



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