6.お嬢様は土木工事にハマる(2)
ガラガラっと音を立てて、空から降ってくる井戸用資材の山。どこから持ってきたのか、帝国産の赤レンガが大量に混ざっている。確かに、大きさも形も違う石を組むよりも施工しやすそうで、なかなか良いチョイスと言えるだろう。
「ありがとう、早かったわね」
エイレンが礼を言うと、神様は嬉しそうに笑って「こっちもほめて♪ほらほら♪」と腕に抱えた少女をそっと置いた。
「なぜ想い人を抱っこして移動したからといって褒めなくてはならないのかしら」
「えっ、お、想い人だなんてそんなっ」
アリーファの顔が見る間に赤くなる。
「あら違うのかしらハンスさん」
「んーん違わないよ?」
堂々と言ってのけるハンスさんの胸に、アリーファの拳が入った。
「聞いてないのにっいきなり言わないでっ」
「無理よアリーファ」
淡々と諭すエイレン。
「このひとはね、その昔、牛に化けて牛飼いの乙女に近付いただけではら」
「それ以上はストップ!」
止めに入るハンスさんをちらりと見て、エイレンは続けた。
「とにかく、今だって即ホメあげてキスして押し倒したいところを、これでもジレジレと手順踏んでいるつもりなのよ。放っておくと正式な交際申し込みとか100%無いから、そうしてほしいなら早めに本人に直接おっしゃいな」
「え……それって『結婚を前提にお付き合いして下さい、って言って』とか私からお願いするっていうこと?」
引きまくるアリーファに真面目な顔で頷いてみせる。
「ある日頃合いや良しと見られて、突然押し倒されるのを避けたければそうした方が」
「ちょっと待てさっきから黙って聞いていれば!」
ハンスさんがたまらずエイレンの口を両手で塞ぐ。
「俺だってな、俺だってっ……千年の間にだいぶ枯れたんだ!」
成長した、と言わないあたりに変わっていない自覚があるらしい。
「昔みたいに性急なことはもうしない!……ってうわっ舐めるなよ」
「ではそういうことなので、わたくしそろそろ土木工事にとりかかりますわ」
舌でハンスさんの手を剥がしたエイレンの瞳に、愉しそうな光が差す。
「後はお若い……のと年寄りのお二人でどうぞ」
スタスタと資材の山へ向かって歩いていくエイレンの、姿勢の良い後ろ姿を見送ってアリーファはハンスさんを見上げる。
「えーとハンスさん?」
「はい」
「私のこと、どう思ってるの?」
「好きだよ?」
あっけらかんと返事をするハンスさん。うん、なんか言い慣れてる感がある、と思うアリーファ。
「じゃあ、結婚を前提に私とお付き合いしてくれる?……てあれ?」
何で私から言ってるの!とまた赤くなって慌てるアリーファを、可愛いなぁ、と眺めつつハンスさんは口を開く。
「えーと、お付き合いはいいんだけど、結婚前提はちょっと考えさせてくうぇっ?!」
言いかけたところで、アリーファの拳が今度はキレイに頬に決まった。
「どこが枯れてるのっ?!遊び人の常套句を平気で口にするんじゃないっ!」
「いやだって」
どうやら心が痛いらしく涙目になって反論するハンスさん。
「お嬢ちゃんだって、もうちょっと考えた方がいいだろ!」
「どうして?」
「いや俺こう見えてけっこう年寄りだし」
「知ってる」
「その上バツイチだし」
「そうだね」
「子孫が何百人……何千人?末端まで数えたら分からんくらいいるし」
「そこまでになったらもう却ってややこしくないものとみなす」
「しかも実は前の女にも未練タラタラだったりするし」
「そこだけは許せん」
「ほらねえ?だからさ、お嬢ちゃんの心が決まってからでいいんだよ」
うんうん、と頷くハンスさんの頬に、再び炸裂するアリーファの拳。
「そっちも少しは未練断ち切る努力をしろぉっ!こっち任せってズル過ぎるでしょ!」
「それについてはずるくて本当に申し訳ないと思うんだが、無理だなぁ」
ヘラヘラと笑うその表情に反して、ハンスさんの目は悲しげでアリーファは言葉を失った。
「亡くなったばかりの時は、またすぐに会えると思っていたんだ。彼女の魂がまたこの世に生まれれば、それで構わないと思っていた。何になっていても見つけ出して、またそばにいれば同じことだと」
「……違ったの?」
うん、と頷くハンスさんは、迷子になった子供のようだ。
「同じ魂を見つけるのは簡単なのに、あのひとには2度と会えていない。あのひとのためにこの国を作ったのに、あのひとだけがここにいない」
そうだった、とアリーファは思う。この世のどこにも居なくなった人を、心から追いやれと言うのがどれだけ残酷なことかはアリーファ自身も知っていたことだった。
「会いたいね」
呟くように言うと、ハンスさんはまた黙って頷いた。
「会ったらどうしたい?」
「許しを請いたい。違う女を好きになっていいか」
「ダメって言われたらどうするの」
「うーん……」
しばらく考え込んで「説得する、かなぁ……」と自信なさげに言うハンスさん。アリーファとしては頑張ってほしいところなのだが。
「ハンスさん意外と真面目なんだね!」
そこは評価すべきではないだろうか。
「だろぉっ?!」
「じゃあどうして浮気?死んじゃってから寂しかった?」
「いや」
ハンスさんがきょとん、として言った。
「俺、嫁さん死んでから浮気してないけど?」
「えまじそれ?!」
なんと数々の乙女にもたらされた『神の恩寵』は奥様生存中限定だったらしい。
なにそれ何でありえない!と詰め寄るアリーファに、照れた表情でハンスさんは言ってのけたのだった。
「それが『わたくしが嫉妬ですって?いいえ全く?どうぞお好きに』とか言いつつ瞳の奥にブリザードが吹き荒れてるあの笑顔が、背筋が凍るほどキレイで……時々、無性に見たくなっては、つい」
「最低」
やっぱり結婚前提のお付き合いはもうちょっとよく考えてからにしよう、と心から納得したアリーファであった。




