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6.お嬢様は土木工事にハマる(1)

ところどころにしょぼしょぼと生えた、枯れそうな色の草と灌木。並んだ2つの天幕(ユルト)。黄褐色のひび割れた大地の上にあるものは、これだけだ。その天幕の前では巫女が1人、神魔法の詠唱を行っていた。古の言葉の連なりに合わせて神気が高まり、大地を鳴動させる。やがて。


ごうっと音と共に巨大な水の柱が、泥をまき散らしながら白みがかった空を目がけて立ち上った。


巫女の蜜色の瞳が、その柱を感情なく見遣る。


「あーあ、やっちまったな」


いつの間にかそこに現れた金髪金眼マッチョの神様は、面白そうに水柱を眺めた。


「地下水脈を呼ぶのなら先に水盆用意するだろ普通は」


「池を作る気はないのよ。ただ、井戸用の資材がほしいわね」


「オッケー了解!今日中には届けてやるよ」


軽く請け合うハンスさんに、エイレンの双眸がすっと細まる。


「今日中?」


「あー分かった、昼のうちに!」


「さすが神様ね。ではよろしく」


はいはいー、とやはり軽く請け合って姿を消す神様に、上機嫌で手を振るエイレン。


高原でのヴァカンスも3日目である。もっと時間がかかるだろうと踏んでいた天幕(ユルト)の組み立ては1日目で終わってしまい、2日目は計画通りに鉱床の探索をしつつ今後の帝国との取引について思索を巡らし、残り時間を鍛錬に当てて十分に身体を動かしてヴァカンスを満喫した。


そして、正直な話が2日目で飽きた。


さてここで何をしよう、と考えた時に思い付いたのが井戸掘りだったのだ。


この乾いた大地は水とは縁が無いようにさえ、一見思える。しかしもし、この水はけのよい火山灰の土が雨水を全て吸い込んでは地下に落としていたとしたら、地下水脈は存外豊かなのではないか……と推測したら、試してみたくてたまらなくなった。


結果、水の柱は予想以上に巨大なものとなってエイレンに絶え間なく飛沫を浴びせかけているのである。濡れて困るということはなく、むしろ涼しくて気持ちが良い。


そういえばこの時期にはいつも、海での軍事サバイバル訓練があったのだ、と半ば懐かしいような気持ちで思い出す。


毎回死にそうになっていたが、というか初めて参加した時は本当に死にかけて皆の足を引っ張ったこともあったが。それでも訓練のメニューをこなした時の達成感や、徐々に慣れてできることが増えていく充実感などは、ほかでは味わえないものだった。


(確か泳いだ後は駆け足で島を一周、よね)


島と高原ではどちらが広いだろうか、と考えつつ、エイレンは走り出す。神様が資材を持ってくるのと、高原を一周し終わるのはどちらが早いだろうか。



※※※※※



「えーっエイレン今そんなところにいるの?」


アリーファは呆れ顔でハンスさんに尋ねた。井戸用資材の調達にゴートの街に現れた神様は、ついでとばかりに知り合いの精霊魔術師(まじないし)とその弟子を訪ねているのである。自習が多いこの師匠には珍しい実地学習中とやらで、3人は、港に停泊中の小舟の上にいた。


その通り、とハンスさんが頷く。


「なんかさー、初日は『わたくし今度こそヴァカンスを満喫するのよ!誰も邪魔しない今こそ好機!』って張り切ってたんだけどさぁ」


「もう飽きたんだねきっと」


ズバリとアリーファ。


「おっよく分かってるな!さすが!」


「で、退屈したあの女にハンスさんがコキ使われてると」


「そうそう、その通り!」


ハンスさんが嬉しそうにコクコクと頷く。


「で、コキ使われてても何でも『お兄ちゃま』としては頼りにしてもらえる感が超嬉しい」


「いっやぁお嬢ちゃんよく分かってるなぁ!」


「それで、ついでに遊びにおいでって師匠に言いに来たんだけど、けっこう熱心に仕事中だったから、どう言いくるめて拉致ろうか考えてるとか」


ジト目で続けるアリーファに、ハンスさんがきょとん、とした顔を向ける。


「え?なんで俺がエイレンにオトコあてがわなきゃなんないの?」


オールに向かってブツブツと精霊魔術(まじない)を唱えつつ文字を刻んでいた師匠の手が一瞬止まった。しかし精霊魔術(まじない)の言葉は口から漏れ続けている。さすがはプロだ、と感心するアリーファ。


私なら無理だな。例えば好きなひとに……


「じゃなくてお嬢ちゃんの方!」


とか言ってキラキラした笑顔で手を差し出されたりしたら。


絶対に、どんなに集中して、何をしていても飛んでしまうと思う。そう、貴重な実地学習中でも。


「ちょっと行ってやってよーちゃんと明日の夕方には帰すからさ!」


「はい♡」


差し出された手を、思わず両手で包み込むアリーファだったが、ふと我に返ると、きゃぁぁぁあっと悲鳴を上げて手を離す。


「あ、あの、私別にこんなことしようだなんてっ」


真っ赤になってうつむく、までの一連の『いかにもお約束』な流れはかえって珍しくて可愛らしい、と内心ヤニ下がるハンスさん。


どうしよう「えーどんなことだったっけ?ねえねえ。もう1度やってみて?」とか言って、もうちょっと恥ずかしがらせてみたい。そんでもって可愛すぎるからぎゅうってして頭ナデナデしたい。


しかし昔、見境なくそんなことばかりしていたから、今になって『タラシ』とか『まさかまた弄ぶつもりじゃ』などとつつかれているワケで。当時もそれぞれに個性豊かな乙女達1人1人と誠心込めて付き合い、弄ぶ気など更々無かったのだが……(ただし本命(女王様)は別にいたけど)


とりあえずは慎重に、と決めてハンスさんはアリーファをふわっと抱き上げる。


「わわわわっちょっとっ!」


驚いて手足をバタバタさせるのがまた小動物っぽいなぁ、と顔を緩めるハンスさんであった。


「ほんじゃま、師匠!ちょっとお借りしていきますねー?」


「……はい、行ってらっしゃい」


まじないの言葉を唱え終え、顔を上げてのんびりと手を振る師匠。相手が神様だからか、弟子のいきなり外泊宣言にも全く動じていない……と思ったら。


「念の為に言っときますけど、ダィガさん泣かせるようなことは控えて下さいね」


しっかり釘を刺す師匠に、ハンスさんは笑って応じる。


「ダァイジョウブ!今回はちゃんと手順踏むから!」


『今回は』ってなに、とアリーファは思う。でも、ハンスさんの嬉しそうな顔を見ると、なんだかもういいや、という気分になってしまうのだ―――


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