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5.お嬢様は高原へヴァカンスに出掛ける(3)

ところどころにショボショボと丈の低い草木が生えた、黄褐色の固くヒビ割れた大地の上にエイレンを降ろすと、神様は真剣な口調で言った。


「お嬢ちゃんにはコナかけたわけじゃないぞ」


「知っているわ。食事を振る舞っただけよね」


「そうそう。いやー美味しそうによく食べてくれるもので作り甲斐があってなぁ」


わかるわ、とエイレンが頷く。


「あの子が食べている姿って小動物のようで微笑ましいわよね」


「そうそう!癒されるっていうか」


「ではあなたもOKなのね。話は早いわ」


真面目な表情で神様を唆すエイレン。


「アリーファもあなたのような主夫が良いと言っているから、戻った後は婿養子に押し掛けなさいな」


「ちょっと待て!それ違う!」


「あらそのためにあの子を餌付けしたんでしょうに」


「そのためって……そんなつもりじゃ」


ハンスさんが肩を落とすと、エイレンの瞳の奥にブリザードが吹き荒れた。


「では弄ぶためかしら?」


「断じて違う!」


「では構わないではないの」


「そういう問題じゃないっての」


小首を傾げじっとハンスさんの顔を見詰めるエイレン。わかったわ、と急に顔をぱっと輝かせる。


「あれね『後はお若いお二人で』ということね」


「そうそう、それそれ」


「……齢千年超のクセに」


横を向いてボソッとつっこまれ「うをぉぉっ心がっ。心が痛い!」と地面に転がって悶絶するハンスさんをきれいに無視し、エイレンは立ち上がった。


目の前には朝から神様に運ばせた天幕(ユルト)用の資材、そして滞在中に必要な着替えや食糧の山。「現地で使者団の皆様を迎える準備をしなければ。手伝い?いえ必要ないわ。それより案内をよろしく」と神殿の連中を丸め込み、先にこちらに来たのにはもちろん目的がある。


「1度、自然豊かなところでヴァカンスを過ごしてみたかったのよね」


天幕(ユルト)の骨組み用資材をよっ、と持ち上げてにんまりとし、それからバランスを崩してしまう。尻もちをつきそうになるところを、後ろから支えるハンスさん。いつの間にか立ち直っていたらしい。


「それは1人では無理だな。それに先に杭を打った方がいい」


そうね、と言葉少なくエイレンが応える。まずは床代わりとなる帆布を敷く。その周りに杭を打っていくのだが、これがなかなかに手間のかかる作業だった。


薄く積もった土の下は、雨水が染み込んで固くなった火山灰地。杭を打ち込む前に穴を開けておく必要がある。人も神様もしばらくは無言で、地面を穿つ音だけがあたりに響く。


「これだけ固いのに、底の方がヤワヤワだなんて信じがたいわね」


「しかしそれは考慮しておけよ。掘削作業中に天井が崩れる可能性はじゅうぶんあるんだ」


「では、こちらには身寄りの無い者を優先的に採用するよう進言しておかなければ」


変わったと言われ、エイレン自身がそう思うことはあっても、いざとなれば冷酷な計算も相変わらずできるのだ。感情の出ない瞳で巫女は考えを巡らせ、その間も作業の手が休まることはない。


「家族連れなら1つの村を作ることも考えたけれども……身寄りのない者となると総数100人程度で収まりそうね。天幕(ユルト)でじゅうぶんだわ」


食糧は麓の村から買い、水は井戸を新たに掘る。作業が危険なら、賃金を上げざるを得ず、想定よりミスリル鉱石の原価が上がることも考えられる。帝国側は呑むだろうか。


(いえ、呑ませてみせる)


まずその前に、なるべく作業の安全性を確立することも必要だろう。どこまでできるかは分からないが、帝国から鉱山技師の1人や2人は必ず獲得しなければ。


「危険を承知でここを開発するのか」


ハンスさんが非難めいた声をあげ、当然よ、とエイレンは応える。


「鉱床開発できなければ、帝国との取引が全て白紙に戻ってしまう。採鉱できない可能性もあると、使者団に思わせるなど有り得ないわ」


「俺は、民のやることにはなるべく口は挟まない方針なんだが……そもそも帝国との取引はそこまで必要か?お前の自己満足じゃないのか」


普段のふざけた様子など欠片もない問いであった。本当に過保護な神様だこと、とエイレンは思う。


親が子をいつまでも気に掛けるように、この神様もきっと、いつまでも国と民を守っていたいのだろう。その気持ちは最近、少しばかり分かるようになってきたところだった。


それでも、国も人も変化する。いつまでも同じではないのだ。もし彼自身が決められぬのなら、引導を渡すのもまた己の役目であるのだろう。


「あなた様がずっと守ってきて下さったおかげで、民は栄えておりますわ。そして帝国の属州からも、あなた様の国の評判を聞いた者が少しずつ流入してきています」


貧民が増えた原因が主にこれである。


「しかし、国土にもあなた様が守れる範囲にも限界がございますわね」


ゆっくりと、子供に言い聞かせるように話すと、ハンスさんは黙って頷く。


「国も人も変化するものでしょう?それに、変わらなければいけない時がきているのでございます。ご理解いただければ幸いではございますが」


理解されなくても、1度できた流れはそうやすやすと止められはしないのだ。


「今回の取引は、そのための重要な一石。多少の犠牲を払ってもする価値はございます」


神様はもう1度頷き、杭を打ち込みはじめた。その音には先程のような力強さは感じられない。


「間違っていたのかな俺は」


ぽつりと問われて、エイレンは分かりませんわ、と答えた。


「でも、ずっと、この国の民は基本、幸せな時が多かったのだろうとは推測していてよ?」


守られ、平和につましく過ごすだけの時代がいつか過ぎても、きっと多くの者がこの頃を懐かしく思い出すだろう。


そこに変化をもたらそうとしている己はもしかしたら、悪女として名を残すかもしれない―――



日が暮れる前に2つの天幕(ユルド)ができた。予想外に早く、また良い出来でもある。


歴史も国際政治も置いといて、使者団が到着するまではとりあえず、ヴァカンスだ。朝から晩まで自由に、鉱床周辺を探索したり鍛錬したり取引を有利に進めるために思索したり……


(よく考えれば本当にわたくしそれでいいのかしら?!)


思いながらも、エイレンは晴々と神様に礼を述べるのだった。

読んでいただきありがとうございます(^^)


高原の様子は、堆積後百年の火山灰地ならこんな感じかな……という全くの妄想でございます(爆)詳しい方おられたら、ぜひ教えてくださいませm(_ _)m


そして新しくブクマいただき感激です!新しくつけていただいた方も、これまでずっとつけていただいている方も、本当に有難うございます。

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