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5.お嬢様は高原へヴァカンスに出掛ける(2)

短く刈られた草の上に、朝の日差しが林の影を斜めに落とす。帝国ならば、夏の日差しは黎明から肌を焼く程に強く感じるが、聖王国の朝はさほどでもない、とルーカスは思った。


ここ神殿の裏手が、今朝伝えられていた集合場所である。が、使者団のほかの面々はまだ来ていない。時間が早過ぎるのだろうか……なにしろ、昨晩の異次元のもてなしの後だからして。


使者団の面々が朝寝をして多少、時間に遅れようとも、それを責めるべきではないだろう。ルーカス自身も、酔っていてよく覚えてはいないものの、確か豊満な南方系美人にかなり積極的に迫られて冷や汗かいたような気はする。ただし、やましいことをした自覚はないから、大丈夫だったのだろう。たぶん。


(全く……うっかり乗っかってしまったらどうする気だ!)


彼女から嬉々としてからかわれまくるのならまだ良い。しかし、顔色ひとつ変えず「どうだった美味しかった?」などと感想を求められた場合の自身の心的ダメージを考えると、「これがスタンダードですよ」とばかりに過度なサービスを繰り出した王都神殿をひたすら責めたくなってしまう。


とりあえずの救いは、聞かれても正々堂々と「あほか」と言い切れることだ……などと考えを巡らせていると、当の本人の姿が向こうに現れた。これから使者団をミスリル鉱床へ案内するため、往復あわせ10日以上の旅を予定しているというのに荷物係も連れず、随分と軽装である。


まさかあの気狂い馬上レースをもう1度やるつもりではないだろうな、と身がまえたルーカスだったが、すぐ目の前までやってきたエイレンにそのような様子は全く無く、普段通りの涼やかな挨拶が交わされる。


「あら早かったのね、昨日はよく眠れて?」


「はい、けっこうなワインのおかげでぐっすりと」


「それは良かったわ。では行きましょうか」


絶対に昨晩のことを聞いてくるものと思っていたが、意外にも、普段通りであった。肩透かしを食らった形になったルーカスは、つい口走ってしまっていた。


「何も聞かないんですか?」


「え?どうかして?」


エイレンが心底不思議そうに彼を見る。しまった、と内心歯ぎしりをしつつ「昨晩のことで」と説明を加えても、よく分からないらしく「聞いてほしいの?」と絶妙な角度で小首を傾げている。


やがて彼女は、真剣な表情でルーカスに問うた。


「もしかして、センがなにか粗相をいたしました?」


「……いや別に何も」


「そう」


なら良かったわ、と微笑むエイレン。彼女の中では恐らく、当然彼がやましい何かをしたことになっているのだろう、とルーカスは再び内心で歯ぎしりをした。そしてまたウッカリなひと言を漏らす。


「昨晩は何もしていませんから」


「まぁ」


エイレンの目が大きく開かれる。


「ご病気になってらしたとは、気付かなかったわ。ごめんなさい」


慌てたようにその手がルーカスの額に伸びた。花の香りがふわりと鼻をくすぐる。


「熱は無いようだけれど、そういうことでしたら神殿で休んでらして。わたくしだけ先に行くことにするわ」


「いや別に大丈夫だが」


「無理はしない方がいいわよ。昨日は鍛錬に付き合わせたりして悪かったわね」


そう言う瞳が思いのほか真剣で、ルーカスは「何もしなかったら即病気扱いとかおかしいだろう!」とつっこめなくなってしまう。


(所詮は異次元の女だった……!)


軽く歯ぎしりをする彼の横で、エイレンは片手を軽く上げて呼ばわった。


「ハンスさん!」


次の瞬間、誰もいなかったはずの場所にごくナチュラルに現れる、金髪金眼ムキマッチョの頭軽そうな兄ちゃん。


「よおっ」


意味も無く上腕二頭筋を見せびらかしながら、白い歯をきらーん、と光らせてする挨拶も軽かった。


エイレンが言葉短く確認する。


「荷はもうあちらに?早いわね」


「当ったり前でしょお!俺を誰だと思ってるの」


「見た目よりは多少有能な神様」


「いやぁそれほどでも?!」


微妙な褒め言葉にテレッと喜んでみせる神様……まじに神様なのかコイツ。うっかり白い目を向けそうになるルーカスをガン無視して、2人の会話が続く。


「予定が少し変わったの。彼は置いていくから、あなた一緒に来てちょうだい」


「えー下僕どうしちゃったの?」


「どうもご病気のようなのよ。慣れない国で体調崩されたのかしらね」


相変わらずナチュラルな敬語だが『下僕』を特段に否定しないエイレン。この場でそれを気にしているのはルーカスしかいない。


「オッケー!」


嬉しそうにハンスさんは笑い、聞き捨てならん台詞を吐く。


「久々にお前を独占できるな」


何を仰っているのかしら、と呆れ顔のエイレン。


「アリーファにコナかけておられる身で、どの口がそのようなことを」


「ええ?もしかして妬いてる?妬いてるの?!ねえねえ」


瞬時に彼女の瞳の奥に刷かれたブリザードをものともせず、ハンスさんは間近からその瞳を覗き込み、頬をツンツンつついている。


「わたくしね、最近少し穏やかになったのよ」


「そうかぁ大きくなったんだな!」


「ですから、コキ使う前のひとに雷を落とすようなことは極力避けとうございますの」


「ええ?!もうコキ使ってる途中だよなあ?」


俺、明け方から資材運び荷物運びしたよ?と不満気に口を尖らせるハンスさん。その首にエイレンはすっと腕を回し、耳元に囁く。


「まだまだ、これからよ?」


「はいはい了解」


神様は苦笑してエイレンを抱き上げた。彼女の白い顔がルーカスの方を向く。


「ではまたね。後で施療院へ行くといいわ。薬ももらえるはずだから」


「そうします」


ルーカスが頷くと、満足そうな微笑みが返ってきた。本当に病人には優しいのだ。


エイレンがまた神様に何か言い、神様が軽い感じで頷く。そして2人の姿は、あっという間にその場から消えてしまったのだった。

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