4.お嬢様は忙しく休日を過ごす(2)
ダィガと神官、そして使者団の残りの面々がややゼーハー気味に王都神殿に着いたのは、エイレンとルーカスが工場用地視察に出向いて2日後のことであった。
では早速明日にでもご案内、と言い出すエイレンを止めたのは神官長その人である。
「明日1日程度はゆっくり疲れを癒やしていただきなさい」
「わかりましたわ」
不満を見え隠れさせつつも素直に頷くエイレン。帝国側の使者とは言いながら、やはりナチュラルに神殿の方につく気満々の言動ではあったが、この件に限って言えば神官長グッショブ、と彼女以外の皆が思っていた。
長距離の旅を終えた次の日から即動き回れるのは、神殿の『一の巫女』のごときワーカホリックだけである。
それなら、と使者団の面々に彼女なりのもてなしを考えるエイレン。
「だったらルークさん、明日は慰安を兼ねて川原の方へ案内して差し上げて下さる?午後から営業しているから……」
「御免被ります」
「あら意外と清潔だし、若くて可愛らしい子からテクニシャンで大胆なお姉様まで揃っているし、病気は施療院のスタッフが定期的にチェックに回っているから大丈夫よ?」
先日こちらでは真面目が通常営業、とほざいていたのはどの口だ、と見やれば彼女の顔はあくまで真面目であった。どうやら異次元の方から喋っているらしい、と早々に見切りをつけるルーカス。
なにがなにが、と使者団の面々から期待を込めた目を向けられ、彼は再度力を込めてどきっぱりと宣言したのだった。
「絶対に、お断りです!」
―――そんなワケで、これから忙しくなろうという前の束の間の休日。是非にと請われてエイレンとルーカスが訪れているのは、アリーファの実家であった。
主人が長旅から帰ったばかりということで、本日は店舗は臨時休業であり、2人は2階の居間に通されていた。
「この度は『一の巫女』様、それにフラーミニウス様に主人がすっかりお世話になったそうで、誠に有難うございます」
細やかなレリーフが施されたテーブルをはさんで立ち上がり、淑やかに頭を下げるアイラ。アリーファによく似た鳶色の髪と緑色の瞳の女性は、エイレンが以前に会った時よりもさらに快活であった。どうやら命の洗濯は完了したようである。
「いえ、本来ならばすぐにお返しできるはずでしたのに、すっかりお引き留めしてしまいましたわね」
「いいえ。アリーファにも良くしていただいて本当に感謝しておりますの!あの子が帝国にまで行って、あんな楽しそうなお手紙をくれるなんて……私も見たかったわ!」
顔立ち自体はアイラはアリーファと似ているとは言い難かったが、こうして瞳をキラキラさせていると乙女な雰囲気がさすが母娘である。客人と妻のために自らハーブティーを淹れていたダィガが、得意気に口を挟んだ。
「キレイだったぞぉ!あの子も『一の巫女』様もそれはそれは。ドレスも急ぎ作らせた割に、それぞれに似合うようにきちんとデザインが考えてあって。アリーファはそうだな、夕日の色のドレスが物凄く似合って妖精みたいだった!それから『一の巫女』様は、夜空のような濃紺の練絹に豪華な飾り帯のが……」
例のアリーファ&ダナエ企画の使者団壮行会を友人の父親兼同国人の特権でしっかり楽しんだダィガの話は尽きず、それを聞いてアイラは身悶えしている。
「いやーん!本当に見たかったぁ!」
「いえ『一の巫女』様は空色のふわっとしたドレスも似合っておられましたよ。本性がしっかり隠されていて」
珍しく仕事以外の話題に参戦するルーカス。口調は相変わらずボソボソしているが。
「ああ、あれはイメージが全く違って見えましたよね!しかしイメージが違っても、軽やかな物やシンプルな物なら似合われるのですな。刺繍なども生地と同色で目立たぬようにし、レース飾りもごく控えめにワンポイント程度、というようなデザインですと、ご本人の素晴らしさがぐっと引き立つように見受けられました」
私はそれで慌てて南都でレース製品と刺繍糸を買い付けましたとも、と笑顔でダィガ。それは良かったわね、と無表情で応えるエイレンの内心は息も絶えだえ、といったところである。
(あの拷問を思わぬところで蒸し返される拷問……!)
着飾るのも目的があるなら良い。籠絡するためとかお願いするためとかいつか利用するためとか。しかし無駄に着飾ったところを褒めあげられても、見世物になったような気分しかしないではないか。
ハーブティーを入れたカップがダィガの手から渡される。ミントとカモミールの香りを深く吸い込むと、エイレンは顔面に微笑みを作った。
「本当にあの時のアリーファさんは、それはもうお可愛らしかったわ」
誉めるならば愛娘を誉めればいいのだ。
「そうだ、アリーファはリボンが良く似合ってたな。前からチラッと見えるくらいの大きめのをバックにつけるのが良かったなぁ。だもんで慌てて南都でリボンも買い付けたんですよ!」
すぐにデレデレと食いつくダィガ。ほらご覧なさい。
「そうね、大きなリボンも良かったけれど、細いレースをリボンのように使って、ドレス飾りと髪飾りを揃えていたのもお可愛らしかったわ」
「そうですそうです!アリーファは本当に、何を着けても似合いますよねぇ」
「そうよね」
「そうですとも!」
話題の舵はしっかりアリーファに向いた。あとは適当に傍観しているだけ……と、エイレンはやっと安堵する。が、それはいくばくも保たなかった。
「あら、『一の巫女』様だって何でも似合うんじゃないかしら」
次なる火種を投げ込んだのはアイラである。
「うーんそうかもしれないな。気になる!」
ダィガが腕組みをして首を傾げた。
「そうだ!『一の巫女』様にはお礼を兼ねて、リボンやレースを色々と差し上げることにしよう。身に付けていただければ店の宣伝になるし」
「まぁ!それは良い考えね。どんなものが良いかしら。ねぇ、フラーミニウスさん?」
「……さぁ、それは解りかねますが、色であれば……青系、白、黒……あたりだったかと。そうですね、暖色はあまり……」
アイラの問いに答えようと、ぼそぼそと記憶を辿っていたルーカスは、いつの間にか全員の視線を集めていたことに気付き、軽く咳払いをする。
「……ともかく、そんなところだったかと」
「よく見てらっしゃいますなぁ!」
ダィガが感嘆の声を上げた。
「さすが、愛の逃避行をされただけありますね!」
聞き捨てならない言葉にルーカスがぴくり、と動いた。
「きさ……ダィガさんだったんですね。言い出したのは」
昨晩、使者団の面々から「でどうだったの美味しかった?」などと、さほど身に覚えのないからかいを散々受けたのはコイツのせいだったのか……ルーカスの鋭い目線を涼しい顔でダィガは受け、余分な一言の実態を暴露する。
「ええ!私はピン、ときましたからね!使者団の方々にも、あの囚われの日々、お2人が常に離れずにおられる姿が、どれだけ私の心を温めたかしっかり言っておきましたよ!」
「よけ……常に離れずにいたのは皇帝陛下からの命で護衛に当たっていたからです」
「あぁ、それで愛が育まれたのですね!」
「……!」
歯ぎしりを抑え、そっと奥歯を噛みしめるルーカスであった。
ダィガ&アイラ夫婦の元でそれぞれに主に精神的なダメージを受けたエイレンとルーカス。「まだいいじゃないですか」と引き止められるのを半ば以上本気で振り切り別れを告げた後、しばらく無言で歩いていたが『アリーファ流行雑貨店』の看板が見えなくなったところでエイレンが初めて口を開いた。
「休日に仕事以上に疲れるということについて、どう思われて?」
決死の気狂い馬上レースでも平然としていた声が、今はげっそりとした響きを帯びている。
「まことに不本意です……ちなみに」
「なにかしら」
「見ていたのではなく、たまたま目に入っただけですから」
「……ごめんなさいね、そのご親切な訂正をつつきまくって盛大な歯ぎしりを引き出して差し上げたいところなのだけれど、今は頭が思考を拒否しているのよ」
「……その頭が思考したことなどないだろうが」
「もうひと声」
「あほか」
いいわね、とエイレンはこの日初めての自然な笑顔を見せた。
「さてこの後、どうなさる?打ち合い?それとも、休憩込みで川原まで早駆けにする?」




