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4.お嬢様は忙しく休日を過ごす(1)

別名、誰かさん救済失敗&受難?のお話……(遠い目)いい加減にしろ!と言いたくなる方も生温かく見守って下されば有難いですm(_ _)m

王都郊外の川向こうに広がる平地は、丈高い草が抜かれ地面が平らにならされていた。端の方には若干の資材が積んであるが、まだ建築までは着手されていない。


「ちょうど良い時期だったわね。施工を一時中止させても何の問題もない」


エイレンは馬を適当な位置で止め、にんまりと現場を見渡す。姉を見舞った折にそろそろ工場建設が始まると聞いたため、その翌日に急遽、視察に来ているのだ。


ルーカスが意外そうに尋ねた。


「急がないのですか?」


「帝国から実質いくら支援がいただけるかによっても規模が異なるから、もう少し詰めてから再施工かしらね」


それに、と川を指して説明する。


「資材は上流の山林から舟で流して送る予定だったけれど、ミスリル鉱床に手を付けるとなると、また計算したいことがあるの」


ミスリル鉱床は火山灰地の底深くに眠る。坑道は長くなり、大量の土砂が発生する。それを使えないかと考えているのだ、と説明すると、ルーカスはしばらく考えて口を開いた。


「おそらくは耐久性は火山灰土の方があるでしょうが、そこから運び成型することを考えればさほど安上がりではありませんね。むしろ高くかかるかもしれません」


「では火山灰土の方で進めましょうか。それにしてもあなた、武官にしておくのもったいないわね」


「少し頭を働かせれば分かることだ。それに私は武官以外になるつもりなどないが」


ぶすっとして答え、ついでにエイレンに釘を刺す。


「あなたは今、帝国側の使者であることを忘れるな。搾り取ろうなどと考えるのは筋違いでしょう」


「あら。皇帝陛下はその程度許容して下さるわよ?」


そうだった。あの少年皇帝は割かし細かいことは気にせず、しかもこの女にすっかり籠絡されているのだ……いやそれは不敬かもしれぬが、とにかくどんな手を使ったのか、皇帝陛下は確実にエイレンには甘い。


ぎりぎりと歯ぎしりをするルーカスをエイレンは面白そうに眺め、できれば工場の建築技師も1人欲しいわね、と(うそぶ)いた。


「我が国では火山灰土の使用実績が皆無なのよ。一応、皇宮の図書館からそれらしい技法を探してメモはしておいたのだけれど、技師がいると有難いわ」


「あほかあなたは。堂々とスパイ行為を公言しないで下さい」


帝国は皇宮の図書館とは皇族以外では特別に許可を受けた者しか入れない。もちろんそこの知識は門外不出が基本である。ルーカスの説教にエイレンは肩を軽くすくめた。


「だって皇帝陛下の許可はとったわよ?それにメモは残念だけれどもう複製して神官長と神殿の書物庫の両方に」


「すぐ出せそして忘れさせろ!」


「あらそのように熱くならなくても、専門知識のある者が派遣されれば同じではないの」


既に派遣確定、といったエイレンの口ぶりに、そっぽを向き再び歯ぎしりをするルーカス。この分では帰国前に歯がすり減るかもしれない。



「聖王国の貧民数は約4万人、うちこの土地に住むのは半数の約2万人、6千戸……神殿が把握している者たちのみだけれど」


貧民街を通り抜けつつエイレンが解説する。王都に渡る橋は貧民街の前に掛かっており、工場用地との往き来にはここを通らねばならないのだ。


「そのような説明は使者団の面々にすれば良いでしょう」


ルーカスがつっこむと、だから今練習しているの、とけろりとして返される。


「本番で緊張したら困るでしょう?」


なんて可愛いことを言い出すんだ、などと思うのはもうやめよう、と心に誓うルーカス。混浴でも全くもって動じない女など既に異次元だ。


「あなたがそれは有り得ないだろうが」


「だってね、真面目な人たちに真面目なことだけ言うのって本当に久々なんだもの」


昔は冗談もからかいも無いのがこんなに辛いなどと思わなかったのに、とぼやく彼女にルーカスは白い目を向けた。


「よもやと思うがあの気違いレースも、あの連中に付き合いたくないとかそんな下らない理由で」


「そうね、理由のうち30%はそれかしら」


「残りの70%は」


「ひみつ」


意味ありげにニヤリとされたが、どうせロクでもない理由かつ説明するのが面倒だったに違いないのだ、とルーカスはますます仏頂面になった。


見慣れない服装の2人を子どもたちが遠巻きに眺める中、道端に寝転がっている者をうっかり踏まないよう慎重に馬を進めつつ、エイレンがぽつりと言った。


「昨夜神官長と話し合ったのだけれど、考えれば考えるほど先の問題は山積みなのよ」


こういう時の彼女は割と真剣なので、ルーカスは黙って先を聞く。


「もしも縫製の工場をいきなり稼働できれば、そこで最大1千人を雇える。ところがこの国での縫製の需要は神殿と王宮の制服程度のものよ」


政治系貴族や一部の金持ちは専属の仕立師を雇い、庶民は大方、買った服地を自らの手で縫い上げる。そもそも庶民が服を新調することなど稀なのだ。


「そこで工場は当分は織物がメインという話になるのだけれど、これまた聖王国内の需要はすぐには育たない」


「つまり帝国を商売相手にしたい、と。それはまた今回の支援とは別の話になりますね。しかも帝国内で揃わぬものなどほぼありませんから新たに参入となると難しいのでは」


現状では聖王国からの輸出品などほぼ無く、帝国から珍しい品がわずかに聖王国に渡るだけ、という状態である。


「話が早くて助かるわ。そこで麻製品を輸出品として生産拡大する。帝国側には来年以降、徐々に輸出を増やしていく。今年中に話をつけておきたいところなのよ」


麻は帝国では栽培されていない。帝国の富裕層が好む繊維製品は絹であり、また一般的には、羊毛や南部で広く栽培されている木綿が使われるからだ。なるほど、麻であれば聖王国が入り込む余地はあるかもしれない、とルーカスは頷く。


「ならば帝国の外務局と交易大臣あたりに、が普通ですが、あなたの場合は皇帝陛下に言うだけでいいでしょう」


「そうね、それでもう1つ、製紙工場の方なのだけれど……」


しばらく長々と固い目の話が続き、音を上げたのはルーカスの方だった。


「もう少しその、なんというか……」


言いかけて口ごもる。


「なにかしら」


「あなたが真面目すぎると調子が狂うんだが」


「あらフラーミニウスさんともあろう方が。こっちではこれが通常営業だったのよ」


クスクスとエイレンが笑う。


「心配しなくても、それなりに楽しんでいるわよ?」


「そうだろうな」


そうだ、彼女はちっとも困っていない。困るのは、とルーカスは思う。


―――困るのは、自分を『壁よりマシ』的な聞き役に仕立て上げて考えを巡らす時の彼女の横顔に、うっかり見入ってしまいそうになることなのだ―――

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