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3.お嬢様は姉上様のお見舞いをする(3)

(ファーレン)に別れを告げ急ぎその場を離れたエイレンだったが、次の間で国王とすれ違った。無言で礼をしてそのまま去ろうとしたエイレンの腕をがっしりと掴む国王(ディード)


エイレンには話したいことなどないし、話し掛けられても気まずかろうと思ったのだが、どうやら国王(ディード)の辞書に『気まずい』という語は無いようである。


「久しぶりだというのにつれないではないか、もと『一の巫女』殿」


「あら例の狩りが不首尾に終わった件なら、姉上には申し上げていなくてよ」


「それは助かるな。まぁそなたなら言うまいとは思っていたが」


なぜこれだけのことを爽やかな笑みと共に言えるのかが理解できぬところだが、国王の中では『狩り』程度では浮気にすら入らぬということだろうか。


「お聞きになりたいことはそれだけかしら?ファーレン様がお待ちかねですわよ」


話を打ち切ろうと姉の名を出すと、ウソくさい爽やかな笑みが目も当てられぬほどのデレデレとしたそれに変わる。


「あれは可愛いな。そなたとは大違いだ」


「ようございましたわね。お大切になさいませ」


多少の嫌味を込めて言えば、もちろんだとも、と力強い頷き。


「最近はあれが食事を摂ろうとせぬだろう?それでな、私が毎日食べさせてやってるんだ」


こう、スプーンであーんと口に運んでやると食べるのがそれはまた可愛くて……、と実演付きのノロケである。つわりを逆手にそこまでやる姉に少々驚くエイレン。いくら愛する夫でもつわりであればニオイは気になるだろうに、よく耐えているものである。しかも毎日。


そしてその効果が確実に出ていることは、国王の態度から見ても明らかであった。


(もしかしてこの人、それを自慢したいがために引き止めたのかしら)


うん、ありそうだ。国王ともなればいくらバカでも誰彼ともなく愛妻へのノロケを口にするわけにはいかない。ましてや来年に隣国の皇女を正妃に迎える身ともなれば、側近などからは「少し控えられませ」程度にたしなめられることもあろう。


「それでな、ファーレンが言うには……」


「ノロケならまた聞いて差し上げるから、とりあえずは姉上の元へいらっしゃれば」


延々と続きそうな話を適当にぶった切ると、国王(ディード)は不思議そうな顔をした。


「また聞いてくれる気があるのか?そなた、しばらく見ぬ内に変わったな」


「あらあなたも変わったわよ、国王様」


「そうか?」


「ええ。姉上のおかげかしらね」


もし己が側室に上がっていたとしても、ここまで仲睦まじくはならなかったろう。以前は姉のことをぼんやりと都合の良い夢想ばかりしている女だと思っていたが、(ファーレン)には(ファーレン)なりの闘い方があったのである。


国王が若干バツが悪げに尋ねる。


「今の私なら……そなたは逃げたりしなかったか?」


「あらそのようなこと気になさっていたの?」


エイレンは笑った。正直に言えば神殿から逃げた時には、国王がどのように思うかなど毛頭も気に掛けていなかったのだ。


「別にあなたがイヤで逃げたのではないわよ」


「そうか……なら良い。嫌われたのかと思っていたんだ」


「嫌うも何も。それほどの仲でも無かったでしょうに」


バッサリと言い切ると、もともとその関心の無さ自体が気になっていたんだ、との返事。


「関心ならあったわよ?どう騙くらかして差し上げようか考えてはいたもの」


「だろうな」


溜め息まじりに国王(ディード)が言い、そもそも政略婚の相手にどこまで求める気なの、とエイレンは白い目を向ける。


「ちなみに今のあなたなら」


「どうなんだ?」


「確実に願い下げだわ。1人の女にハマっている国王など利用しにくくって」


国王(ディード)は照れたような笑みを顔に浮かべ、ではまたノロケを聞いてくれ、と手を振ってファーレンの寝室に入っていった。



※※※※※



王宮から馬を走らせて、2時間強。


郊外では珍しい石造りの館の傍に馬をつなぎ、井戸から汲んだ水を与えると、エイレンは精霊魔術師(まじないし)の館をしげしげと眺めた。夏の陽差しが館に降り注ぎ黒々とした影を落とす。虻がどこかで眠そうな羽音を立てるほか、辺りは静まり返り、主が不在であることを告げている。


館の周りには雑草が伸びているが、荒れた雰囲気はなく、扉の周りなどは明らかにむしられた跡がある。近所の人がたまに手入れしていってくれるのだろう。


扉に手を押し当てて解錠に当たると思われる精霊魔術(まじない)の言葉をいくつか呟く。4つ目で、カタリ、と鍵の開く音がして扉が開いた。


(ファーレン)の元を辞した後すぐにこちらを訪れたのは、透輝石のたいまつを1本借りるためだった。神殿の倉庫に眠っている石とこのたいまつがあれば、鎧戸を閉めていても姉の寝室はじゅうぶんに明るくなるはずだ。


たいまつは探すまでもなく、入口の脇に5本ほど立て掛けられている。しかしエイレンはそれには触れず、部屋の中に上がり込んだ。手探りで壁際の透輝石に1つ1つ明かりを灯すと、鎧戸が閉められた暗い部屋が徐々に息を吹き返す。


干されていた薬草類は全て片付けられている。だだっ広い部屋の隅に並んだチェスト、中央の簡素な炉、カーテンで仕切られた寝台……1つ1つ見知ったものであるが、想像していたほどの懐かしさは感じられなかった。


この家がいちばん好きだ、と師匠(お父さん)に漏らした時、その言葉に嘘は無かったし、ずっとそうだと思ってきたはずなのだが。


寝台から炉端、書き物机と彷徨う己の視線が今ここに居るはずのない人の影を求めていることに気付き、エイレンは苦々しく舌打ちをする。


(どれだけ父性愛に飢えてるというのわたくしときたら!)


今必要なのはそのようなことではないのだ。入口に戻り、透輝石のたいまつを掴むと外へ出て、扉を閉めて施錠のまじないをかける。開ける時はやや手間取ったが、閉める方は一発OKだった。


これから神殿に戻ってもう1つの石を探し、夜には神官長と帝国からの支援について協議を始める。


「ご苦労様、もう1度頑張ってね」


エイレンは馬の首を軽く撫でて話し掛け、その背に飛び乗る。常歩(なみあし)をしばらく続け、速歩(はやあし)へと移ると精霊魔術師(まじないし)の館はすぐに見えなくなった。

読んでいただきありがとうございます(^^)


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