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2.お嬢様は神殿に着く(1)

翌朝早く、ゴート神殿の前でアリーファは父のダィガと別れを惜しんでいた。


「お父さん、道中気を付けてね!」


この言葉を父に掛けるのは、今朝もう5回目である。なんとなれば。


「アリーファも一緒に帰ろうよ。お父さんは寂しい!」


「ほらほら、いつまでもダラダラしていると皆さんにご迷惑でしょ?」


シクシクと泣き真似をする父を娘はグイグイと押して移動させる。ダィガは帝国から来た使者の一行に便乗して王都へ向かう予定なのだ。使者の一行は既に支度を終えているというのに、ダィガは愛娘と離れがたいようで何かと理由をつけてはグズグズしているのである。トイレとか、忘れ物とか、アリーファの頭をナデナデし忘れたとか。


「ゆっくりでいいわよ。今生の別れになるかも……」


「なるわけないでしょっ」


生温い視線でシャレにならない冗談を言いかけるエイレンに、すかさずつっこむアリーファ。こちらは既に馬に乗り、清々しいほどに後ろを振り返らない姿勢である。


「じゃあお父さんはそろそろ行くが……食べ過ぎてお腹壊したりするんじゃないぞ。気を付けろよ」


グスグスと鼻を鳴らしながらダィガ。どうやら泣き真似をしているうちに本当に涙が出てきたらしい。


「お父さんこそ、帰ったらお母さんと仲良くね?」


念を押すと物凄い不思議そうな顔をされた。


「お父さんはお母さんといつも仲良いぞ?」


「うそ気付いてなかったの?全然?」


「何の話かサッパリだ。お父さんはお母さんにいつも優しくしているぞ。たまに言い過ぎる時はあるが……そんな時はお母さんも分かっていてくれてるからな!」


アリーファは呻いた。いや分かってないから!その度に黙って周囲に瘴気放ってたから!それこそ妖怪が出現するレベルで!


「……じゃ、じゃあ、今度からは言い過ぎないように気を付けてね。お母さんだってそっちの方が良いと思う」


「おっアリーファも言うようになったなぁ!大きくなったもんだ。あとは良いお婿さんさえ見つかれば、お父さんすっかり安心だな」


やはり余分なひと言を放って朗らかに笑い、愛娘の頭をポンポンと軽く叩いてからダィガは馬によじ登った。


「良いお婿さん候補ならもう……」


「エイレンちょっと!」


「なんだって!」


エイレンが言いかけた台詞の続きを瞬時に予測し、ダィガは再び馬から落ち……いや降りてアリーファに駆け寄る。


「いやそんなに急がなくていいんだ!ゆっくりで!焦らなくても大丈夫だから!若干トウが立っても、ウチの財力なら何とかなる!」


「財力狙いのお婿さんなんてやだ」


「いやちゃんとお前狙いのお婿さんを見つけてやるから!」


「自分で見つけるからいい」


「だからそんなに急がなくても……」


「心配なさらなくても、相手はなかなかの優良物件ですわよ。お嬢さんの目は確かですわ、ダィガさん」


延々とループしそうな父娘の会話は、更なる問題発言でぶった切られた。


「エイレン……」


アリーファが恨みがましい目を向け、ダィガは涙にむせびながらエイレンを乗せた馬に取り付く。


「誰なんですかぁっお願いですから教えて下さい!」


「だめっ教えたら絶対だめだからね!大体がまだその、全然なにも」


「姫抱っこされて長距離移動してお礼に頰キスした程度ですものね」


「姫抱っこじゃないもん!」


真っ赤になるアリーファと、形容しがたい悲鳴を上げて頭をかきむしるダィガに、ひとしきり慈愛の眼差しを注いでからエイレンは軽く馬の首を撫でた。


「そろそろ行きましょう。ではねアリーファ。ハンスさんと頑張って」


「ハンスというんだなそいつはっ」


「ダィガさんも早くしないと置いていくわよ」


今にも馬の腹に合図を送りそうになっているエイレンに、あれ?と思うアリーファ。師匠の姿が見えないのに無視して出発とは、彼女にしては珍しい。


「師匠は?いいの?」


「師匠なら未明から神官に起こされて仕事に出掛けたわ」


結果的にひと月近くも臨時出張するハメになったため、こちらでの仕事が溜まりに溜まっているのである。それを、遠慮してみせながらも大量に持ち込むゴート神殿の連中もなかなかにして腹黒い……が。


「嫌な顔1つせずにハイハイと連行されていったわね」


ああめちゃくちゃ想像できる、とアリーファは頷いた。限界までひたすらお人好しと人畜無害を貫くのが彼女らの師匠である。限界までは。


「すぐに限界超えさせないように見張っておいてね」


「うんもちろん!」


珍しいエイレンの気遣いも分かる。限界超えた師匠はとにかくこわい。人間じゃないレベルで。そうじゃなくても、師匠の健康管理は弟子として大事な仕事だよね、うん。


まかせて、とアリーファがこぶしを握りしめて見せれば、エイレンは嬉しそうに目を細める。


「それで、もう1度こちらに戻る時には早めに手紙を差し上げるから、そうしたら徐々にコキ使っていって下さらない……わたくしが着いた頃に丁度、限界超えになるように」


「はいぃぃぃ?!」


エイレンはふっとアリーファから目を逸らし、口の中でぶつぶつとまじないを唱えた。彼女の手の中に黒い鞭が現れる。


「どう工夫しても蔦にならないのよね……もう1度よく研究してみたいわ」


「そんな技何に使うのっ」


つっこむアリーファに、そんなの分かりきってるでしょ、と呆れ顔を返すエイレン。その顔がにやり、と歪み、形の良い唇がわざとらしくゆっくりとその目的を告げた。


「き・ん・ば・く」


それって対象は悪い人とか悪い鬼とか悪いキツネとか……まさかそれ以外ってことは。


アブない疑問が脳内を駆け巡ってしまっているアリーファに、ではね、と軽く手を上げて見せ、エイレンは馬の腹に合図を送る。


常歩(なみあし)で動き出すエイレンの馬に、ルーカス、ダィガと使者の一団が続き、徐々に遠ざかっていくのをアリーファは悩ましく見送ったのだった。

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