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1.お嬢様は海を渡る(3)

翌朝。ルーカスの目覚めは最悪だった。腹を盛大に壊すとか高熱でフラフラになっていないだろうか、と期待したが己が身は憎らしいほどに健康そのものである……そうすると、否応なく彼女と顔を合わせなければならぬワケで。だって仕事だから。


「おはようございます」


「あらおはようルークさん」


挨拶をした時の彼女の反応は驚くほどに普通だった。しかしルーカスとしては、昨晩の己が所業をもう1度、平身低頭して謝らねば気が済まない……しかし、謝ったら果たして許されるものだろうか。そして、忘れられるものだろうか。


―――口づけをすれば、甘く香る息に思考が狂う。両手で挟み込んだ彼女を自分のものにしたくて、開かれたままの瞼に、白く滑らかな頬に闇雲にキスをし、柔らかな耳朶を甘噛みしてもう1度唇に戻る。華奢な頤から象牙のような首を貪ろうとするが、軍服の詰めた襟が邪魔で釦を外し押し開ける。なだらかな稜線を描く鎖骨があらわれ、その窪みに舌を這わせると花のような香がいっそう強く脳を侵す……


「あの、フラーミニウス(次男)さん」


全てをぶった切ったのは、エイレンのあくまで冷静な声だった。


「わたくし、脱がされるのは好きでないの」


恐れてもいなければ怒ってもいない、明日の天気を話すのと同じ声音と口調に一気に正気に引き戻される。


「す、済まない」


慌てて細い身体の上から降りる。顔が熱い。起き上がって手早く身を整えるエイレンに向かい、もう1度、誠に申し訳ない、と下げた頭が上げられない。


その頭にポン、と細い手が置かれ、髪の毛をくしゃくしゃに撫で回した。バカね、と言われているようである。


「一生下僕になる覚悟ができたら仰って?わたくしが脱がせて差し上げるから」


「……いえいいです」


「そう?」


くすくすと笑い声を漏らしてエイレンは彼の横をすり抜け、船室へ入っていく。その後ろ姿を、ルーカスは呆けたように見送ったのだった―――



「昨夜は誠に……」


「星の美しい夜でしたわね」


身体を90度に曲げて口にしようとした謝罪をエイレンが遮る。


「はい?」


思わず聞き返すと、彼女の口許に微笑が作られる。


天極星(ポールス)の見つけ方を教えていただいたのは、大変有意義でしたわ」


「えーほんと!そんなにきれいに星が見えるの?」


アリーファが言い、ルーカスは初めてこの場に居るのがエイレンだけでないことに気付いた。主だった者が揃う朝食の場で、彼女しか見えていなかったとか、痛い。痛すぎる。これでは兄のことをあれこれと言えないではないか。


顔をしかめて内心呻くと、エイレンはいかにも心配そうな表情を作ってルーカスを見遣った。


「なんだか体調が悪そうね。熱があるのではなくて?」


「そうかもしれません」


「では今日はわたくしのことは気になさらず、1日ゆっくり休んでいらしたら?ここは安全ですもの」


「……そうします」


ボソボソと言って踵を返すと、彼女の師匠の「大丈夫でしょうかねぇ」というのんびりした声が聞こえた。


「そのうち回復するのではなくて」


「私も星見たい!」


「あなたはいつも夜はぐっすりではないの」


「だから、皆で夕方から甲板に出ようよ!軽食持って!眠くなるまで星見るの」


「いいね。さすがアリーファだ、良いことを思い付くねぇ」


デレデレとダィガが親バカぶりを発揮して賛同する。


「ルーカスさんも、無理じゃなければ一緒に見ようね!」


アリーファから声を掛けられ、ルーカスは振り返り黙って頷いた。夜まで仮病決定である。そうそう、とエイレンが楽しそうに言う。


「軽食だけでなくて、毛布も必要よ。昨晩はかなり冷えてらしたから……」


誰がっ、とアリーファがつっこみ、ふふふ、とエイレンが含み笑いで応じ、ルーカスがまたしても一瞬固まり、リクウは複雑そうな表情をしたのだった。



※※※※※



翌日の昼過ぎ。船は何事もなく聖王国はゴートの港に到着した。


「エイレン様!いえ、ご使者様!ようこそ聖王国へ!」


思わぬ出迎えは、王都の神殿から来た神官である。


「先に手紙をいただいていたので、神官長殿から迎えに行くようお達しがありまして」


神官の説明に、わずかに目を和ませるエイレン。父の子煩悩は相変わらずなのだ。


「ちゃんと人数分の馬も用意してありますよ!」


馬、と聞いてエイレンの顔がぱっと輝いた。そうここ聖王国では、馬といえば馬車ではなく騎乗である。


「ルークさん、ちょっと」


「え……それはどうかと……」


ひそひそと耳打ちすると、困惑した顔でボソボソと返され、エイレンは瞳の奥にブリザードを刷く。


「……バラすわよ?」


「わかりました」


別に脱がせてもらわなくても、下僕決定なのではないか。溜め息をつき、ちらりとそう思うルーカスであった。

読んでいただきありがとうございます(^^)


第3部スタートは、誰かさん予想外の暴走によりしょっぱなから濃いめに始まってしまいました……いや言い訳ですけど本当に予想外で(ぼそぼそ)


これに懲りずに引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。宜しくお願いしますm(_ _)m



※補足。マストの上にいた誰かさんは上を向いて見ていないものと思われます。出歯亀のつもりはないのですよ。

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