4. お嬢様は殴られる(3)
エイレンに預けられた腕輪の効き目は凄かった。まさか本当に守備隊長を引っ張り出せるとは。
王都の守備隊長は代々、政治系貴族の子息が担当する。要はお偉いのだ。普通なら、場末の娼婦と客とのトラブルなどはガン無視してもおかしくはないほど。
なのに彼は血相を変えてやってきて、アザだらけでグッタリしているエイレンを見るなり悲鳴に近い声を上げた。
「姫っ」
「…ああ…わたくしの殿下…来て下…さったのですね…」
これ誰。弱々しく紡ぎ出されたか細い声に、リクウはつい思ってしまう。
「もちろんだ!貴女が怪我をしたと聞いて落ち着いていられるものか!」
「まぁ…零落の身の…わたくしに…なんて身に余る…」
え?涙ぐんでるって嘘だろう。
「そんなこと良いんだ!それより誰だ、貴女をこんな目に合わせた男というのはっ!そこに転がっている芋虫かっ!」
ちゃんとした捕縄術を知らないというのは怖いものだ。最終的に、暴力男は縄でぐるぐる巻きにされて転がされていた。
どっちが加害者だか、とツッコミたくなる状態であるが『ザ・正義のヒーロー』的な守備隊長のテンションとエイレンの涙がそれを許さない。
「彼ばかりのせいでは…ありませんのよ…でも…こわかった…!…あ、ごめんなさい…」
優しさを見せつつ→胸に取り付いてむせび泣く態度で『被害者は自分』を強調→ぱっと離れて恥じらう乙女。常套と言って良いような手口に守備隊長はかなり感動したようだ。
「むぅぅ…この男、必ず厳罰に処してやるぞ!」
「そんな…それではこの方が…お気の毒ですわ」
「くぅぅっ…姫!貴女はなんて優しいのだ!しかしそれでは!この私の気が済まぬ!」
あーあ手もなくやられちゃってるよ、このお坊ちゃまは。そう思ったのはリクウだけではないはずだ。
そんなギャラリーの感想をよそに、守備隊長『ザ・正義のヒーロー』は最後のシャウトを決めた。
「者ども!この男を牢に入れよ!刑が決まるまで、決して釈放してはならんぞ!」
「ぁあっ、わたくしのせいで…なんというおかわいそうな方…」
ダメ押しとばかりに泣き崩れるエイレンの頭を優しく撫で、騎士は囁く。
「また来る。それまでに怪我を治しておけよ」
懐から小さな財布を出してそっと置くと、入ってきた時の騒々しさが嘘のように静かに去っていった。
「気の毒に…」
リクウとセンの呟きが重なる。見ると、センはさも憐れむような目をリクウに向けていた。
「…僕ですか?」
「気に病むんじゃないよ。姫さんはあれくらい朝飯前にできる子だけどさ、根はきっと純情なんだから、ね!」
どうやらセンの中での恋愛設定は持続中らしい。
当の根は純情な子は、ぬかりなく騎士が置いていった財布を調べている。
「銀貨5枚?微妙ね…ではエルとクーに2枚、お姉さまに1枚、それから残りはリクウ様」
さくさくと片手で分配する。
「僕は別に構いませんが」
「いえ、とっておいて。お借りしていた分と、それからもう2、3お願いしたいことがあるのよ」
エイレンはそれが当然、というように動かない腕を指して言った。
「まずは、治して下さる?」
リクウはため息をつく。精霊魔術は万能ではないのだ。怪我の治療は本人の体内エネルギーを一時的に治癒に回す。やりすぎると、怪我は完治しても本人は死亡寸前、という状態になってしまいかねないのだ。
「骨をぎりぎりつなぐ程度しかできませんよ。無茶したらまたすぐ離れます」
「じゅうぶんよ。それだけでも助かるわ」
患部に手を当てて治癒と炎症止めのまじないを唱えると、エイレンは一瞬眠そうに目を閉じた。これだけの怪我なのだから当然、と思った瞬間、その目が再びカッと見開く。
この娘は意志だけで3ヶ月生き延びるタイプだ絶対。
「まだ今夜中に2つ、まわりたい処があるの。手伝って下さるわね?」
どうせ暇だし、徹夜平気なタイプだから良いけど。なんでこんな当然のように使われてるんだろう自分(あぁそういえば銀貨もらったっけ)と思わないでもない。
「うわー姫さんったら人使い荒い」
リクウの疑問を裏付けるようにエルが呟き、「良いんじゃない?」とセンが片目をつぶってみせた。