18.お嬢様は使者になる(1)
いつも有難うございます。
第2部最終話です。最後少々詰め込み気味ですが楽しんでいただけると有難いですm(_ _)m
丈高き噴水が、強くなってきた陽差しを反射して虹色にきらめく光の飛沫を落としながら心地良い音を響かせている。初夏をやや過ぎているが、薔薇の垣根は未だ薫り高く人々をそぞろ歩きに誘い、庭園は普段の閑けさを保ちつつも、あちらに2人こちらに1人といくつもの人影を散らばせていた。
皇帝陛下衝撃の茶番劇の翌々日。無事に開放されたダィガを含めた聖王国様ご一行、それにティルスはダナエに案内されて宮殿の庭園にいるのである。
「ここ噴水庭園までは一般に無料開放されておりますの」
ダナエの言葉にアリーファが目を丸くした。
「ええーこんな立派な庭園を無料で……皇帝陛下太っ腹ぁ」
「あら庶民はそう思うものなのね」
とエイレン。このような示威行為などに何の意味があるのか疑問だったが、アリーファの反応を見ているとそれなりに効果があるのが分かる。なるほど民の代表を自認するだけあり、皇帝陛下はそうした部分になかなか敏いようだ。
「しかし観光なら南都だと聞いていましたが、南都にもこんな見事な場所はありませんよ」
「中央広場の噴水より大きいし形もきれいです!」
ダィガとティルスに誉められ、ダナエは嬉しそうに頷く。
「でしょうとも。ちなみにあちらに見える離宮には皇太后様がお住まいですわ。今日のようなお天気の良い日はよく散策もなさっていますから、ばったりお会いするかもしれませんね」
「あらどうしましょう……孫はまだ?などと言われたら」
わざとおっとりと呟いてアリーファのワタワタとした反応を楽しむエイレンだったが、ルーカスとリクウまでが微妙な顔をしていることに気付き、冗談よ、と言わずもがなの説明を加えた。
「ええっ冗談なんですの」
ダナエが残念そうな声を上げる。
「すでに愛人の地位確保かと思っていましたのに!」
毎晩寝所に呼ばれているのよ~、と侍女・小姓間に噂を流して地味に情報戦を展開しているダナエであったが、姫様の憮然とした現状報告には、がっくり肩を落とすしかない。
「5年経ってもヨメの貰い手がなければ貰ってやる、とは言われたわ。モラッテヤルなどと何様のつもりかしら」
「えええ?!5年後の予約?!それって『大人になったら結婚してください』ってことよね?!」
「アリーファ様、確かに皇帝陛下は程良い年頃になりますが5年後では姫様は若干とうが立ってしまわれます」
それって愛よね、とワクワクするアリーファに、ダナエは冷静につっこんだ。アリーファがきょとん、とした顔をする。
「え?それでもモラッテヤルっていうのが愛じゃない!」
「いいえ、それでは遅いのです!私は今、最高におきれいなお年頃の姫様を皇帝陛下の花嫁様にお仕立てしたいのです!」
もうドレスのデザインも髪型もいくつも案が練ってあるのですよ!是非とも日の目を見せたいのです……と、切々と野望を訴えるダナエ。素材はいいはずなのにすぐダサい以前の奴隷風ワンピースやら軍服やらを着たがるエイレンをいじり尽くせない不満は溜まりに溜まって破裂寸前、なのだ。
アリーファが目を輝かせた。
「それいい!私も見たいし私も着たい!」
「いいですよぉアリーファ様は誰狙いでいきます?」
ニンマリするダナエに、そうじゃなくてね、とアリーファは乙女な感じに手を組み合わせて提案する。
「皇帝陛下に資金出してもらって、ドレスだけ作ればいいじゃない!」
「いいですね、それ!着せ替えし放題!」
「なにをク○贅沢なことを言っているの」
ワクワクと手を取り合う2人の乙女に、呆れ顔を見せるエイレン。貧民街に通っているうちに言葉遣いが若干悪くなっている。アリーファはぷくっと頬を膨らませた。
「だって!お父さんの誤認逮捕謝ってもらってない!」
「皇帝陛下は助けて下さったんだぞ。それに今からお詫びの意味も込めた昼食会だ。有難い話だろう」
皇帝陛下はお忙しいスケジュールを縫って、関係者一同を集めごくごく内輪のガーデンパーティーを開いて下さるのだ。こんな畏れ多い話がまたとあろうか、とダィガは娘をたしなめたが、アリーファの頬はまだ膨らんだままである。
「お父さん権威に弱いからねっ」
痛いところを突かれて押し黙る父に、援護を入れたのはエイレンだった。
「では権威に強いアリーファが後で直接皇帝陛下に交渉するのね」
「ええっそれはイヤ!エイレン」
「わたくしはそのようなチンケなおねだりはしなくてよ」
お嬢様が皇帝陛下にするおねだりといえば、国家規模と相場は決まっているのである。
こちらです、と案内された中庭に一歩足を踏み入れて、エイレンは目を丸くした。そこにいたのは……
「なにこの人たち」
アリーファが引き気味に呟き、その横でダィガが立ち尽くし、リクウがのほほんと「お偉いさんぽいですねぇ」とコメントし、ルーカスもやはり呆然と立ち尽くす。
「父上、局長、近衛隊長……」
戸惑いも露わなボソボソとした呼びけから、アリーファは(どうやらお偉いさんビンゴ)と悟った。
「今日はこれを足下に敷きつつ食事するという趣向かしら」
彼らの背後で悠然と席に座る皇帝陛下にエイレンが確認すると「そうしても構わぬが」との返事。
そう、先代陛下からの腹心3名は、誠に有り得ぬことに「踏みつけて下さい」と言わんばかりの土下座を披露しているのである。
「忠実な余の腹心たちだ、そうしないでおいてもらえると有難い」
「プライベートの昼食会ときいていたのだけれど」
「その通りだ。ごくごく内輪で誰も他に見る者がおらぬ場ではあるが、誤認逮捕その他で迷惑をかけた聖王国人に是非とも謝りたいと彼らが申し出たものでな」
しれっと説明する皇帝陛下。もちろん真情は『ではあるが』でなく『だからこそ』であるのだが。
エイレンが眉を上げて問うた。
「ちなみになぜフラーミニウス宰相までが?」
ラスボスは最後まで正体をあらわさないものだと思っていたのだが、意外にも簡単に土下座していたものである。
「ああ彼こそは真に最も忠実な者でな。余にも責任がある、カティリーナ・ネルヴァとともに土下座するぞと言ってやったら、余の身代わりになってくれたのだ……しかし、余もまた謝罪せねばならない」
「いえ、滅相もない!」
エイレンから皇帝陛下の助力について聞かされていたダィガは、こちらが逆に土下座しそうな勢いで首と両手をブンブンと振った。しかし席から立った皇帝陛下が向かったのは、エイレンの後ろに隠れるように控えていた子供の方だった。
「そなたがティルスか。なるほど、兄に似ているな」
ユリウスは地面に両膝をつき、両手を胸に当てた帝国風の最敬礼をとる。「ああっ」というルーカスの低い悲鳴に釣られて、土下座していたお偉いさん方も顔を上げてそちらを見る。
「……!」
がばぁっと身を起こしてすごい勢いで皇帝陛下に駆け寄るお偉いさん方。ユリウスは意に介せず、言葉を続けた。
「余の軽率な行いが、そなたの兄を死なせてしまった。謝って済むことではないが、誠に済まなかった」
「あの……お立ちになって下さい」
周囲から偉い人やらおねえさんやらの視線を浴びて、ティルスはあからさまに困惑している。
「その……あの……その件なんですが、保留ということでも良いでしょうか」
「あらまさかの放置プレイ」
とエイレンが呟き「それ違うと思う」とアリーファが呟き返す中、子供は切々と訴えた。
「ぼく、偉い人にいきなり謝られても、どうしたら良いか分からないんですっ!」
「とりあえず3遍回ってワンと鳴かすとか尻文字謝罪とか色々あるでしょうに」
とエイレンが呟き「それ考えるのあなただけ」とアリーファが呟き返す中、子供は訴え続ける。
「前は、謝られたら赦せばいいのかと思ってたけど、そうしたら姫様ものすごく困ってたし!」
「あらわたくしはそのような」
「嘘です困ってました」
「悩める子供がなぜそこだけ確信しているのかしら」
「だって最近ずっと姫様のこと見てましたから」
エイレンが軽く呻き、アリーファが「ウソまさか子供まで」と呟いた。ティルス本人は、至って純粋そのものの瞳で不思議そうに、何やらおかしな反応をするおねえさん方を見ているのだが。
「よし、では保留で良いぞ」
皇帝陛下は吹き出しそうになりながら立ち上がり、なんとか笑わずエラそうに宣う。
「そなたは余に貸し1だな」
「は、はい……誠に申し訳、ありません」
気楽に差し出された陛下の手を、ティルスはおずおずと握ったのだった。




