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14.お嬢様はマフィアのボスと会う(3)

鈍い色合いのティビス運河沿いには、ところどころ朽ちて黒ずんだ砂色のアパートが3軒並んでいる。


建築当初より既に50年以上が経過している建物だが、『神のかまど(カミヌス・アドラヌス)』噴火の折に出た大量の火山灰を練って型に流し込み造られたとされるそれらは、貧民街の崩れそうなレンガの小屋とは比べようもないほど堂々とした佇まいであった。


貧民街の中にもヒエラルキーは更にあり、このアパートに住んでいるのは大体は公職持ちだ。能力主義制の帝国では例外的に、持続力と耐久力が最重視される公職……それは市街清掃員と肥料製造員である。市街を清潔に保つのに必要不可欠な職業だが、給料は低い。それでも貧民街で彼らはヒエラルキーの上位なのだ。


しかし、それは3軒のうちの2軒分の話であって、向かって左奥の残り1軒はまた違う。貧民街ヒエラルキーでいえば最上位。唯一、(うまや)を備えており常に入口を用心棒らしき男たちが見張っているそこが、マフィアの拠点なのだ。


その用心棒に群がって飴をねだっている子供たちを眺めつつ、エイレンは事前に調べた知識を確認する。


「マフィアの主な仕事は、酒・薬・盗品等の取扱い、住民間のトラブル解決、貸金業、娼館業、それから暗殺等の請負、だったわね」


本日彼女が着ているのはフラーミニウス(次男)氏より贈られたライトベージュの地味なドレス。それに管理局の徽章とマント、という出で立ちである。せっかく洗濯から還ってきた軍服を選ばなかったのは、相手の警戒心を削ぐためだ。


「その通りです」


ルーカスは頷いた。


「世間的なイメージほど危険な連中ではないですが、裏の仕事をしている以上、注意は必要だ」


「それなのだけれど」


言いかけて、小さくくしゃみするエイレン。かわいい、と思った一瞬をルーカスは首を振って無かったことにする。そう、目はとうの昔に醒めたはずなのだ……いやいや、そもそもが夢を見た覚えもないではないか。


「失礼。それなのだけれど、もし暗殺未遂事件が彼らの仕事なら、わたくし足を踏み入れた途端に()されるのではなくて」


「彼らならもう少し手練れだと思いますけどね。少なくともあなたごときに遅れをとったりしないし、もしそうだとしても濁り川(ティビス)に浮いたりもしない」


もし迂闊に口封じなどしようものなら、何倍もの報復が待っていることだろう。ルーカスの説明に、エイレンはあっさり納得して頷いた。


「なるほどね」


「それに私があなたを護りますから」


つい要らぬことを口走るこの口こそを封じてやりたい、と内心悶絶しながら、ルーカスはぶっきらぼうに付け加えた。


「それが陛下の命令ですから。もし危なくなったらまず逃げて下さい」


「あら紹介状があるのにそんなに危険なの」


「万が一、の話です。なにしろあなたは常識では測れない行動をするから」


「あらその台詞どこかで聞いたわ」


首を傾げるが思い出せないらしい彼女に、どこでも良いでしょう、と告げて用心棒に紹介状を見せる。顎で通るように示され、中に入るとエイレンは感心したように言った。


「今更だけれどフラーミニウスの権力はさすがね。やはりもう1度口説いてみようかしら」


「冗談でもやめてください。兄が本気にします」


ルーカスの言葉に、エイレンがクスッと思い出し笑いをした。存外に好意的な彼女の反応に、胸がざわめく。


吟遊詩人め、余計なことを。


狭い階段を上りながら、彼は内心で八つ当たりをした。『目が醒めて良かった』などと言われなければ、ぎりぎりで自覚すること無く終わっていたのに。


最上階はホールになっていた。壁を囲む書棚は、いざという時はバリケードにでもするのだろうか。


実用書や法律関係の書類にまじり『頭を良く見せる!債権取立に有効な威嚇法30選』や『実践!娼館でモテる15の方法』といった少しばかり(おつむ)のゆるそうなタイトルの本など……とにかく何でも良いから詰め込んでいる、という印象だ。


敷き詰められたじゅうたんの片隅に置かれた執務机で待っていたその人物は、頭髪の代わりに豊かな白い顎髭を蓄えていた。的にしてくれと言わんばかりのピカピカに磨かれた頭。10代の子供程度の身長。


まるでおとぎ話の小人のようであるが、その炯々たる眼差しが、彼こそはマフィアのトップであると暗に告げている。


「ようこそ」


わざわざ椅子から立ち上がり、彼は歓迎の意を示した。


守護女神(ディアナ)殿、お会いできて光栄だ」


「誰ですって?」


「おや呼ばれている本人が知らぬとは」


どこか面白がっているような飄々とした口調である。


「高貴な身で在りながら無償で病人の世話をする。弱き者の守護神であられるディアナ様の再来、と皆騒いでおるが」


「あら、わたくしこの辺では『おいネエチャン!』と呼ばれていてよ。ヘタに持ち上げていただいてもこれ以上出せるものなど銅貨1枚も無いわね」


「しかし瀕死の子供を連れ帰ってまで面倒を見ている」


「よくご存知ね」


「あの子は、兄が出稼ぎに行って1人になったので工場に住み込ませようとしたのだが、約束したからここで待っていると主張してな。なかなか骨がありそうだから、将来は幹部候補にしようかと目を付けておった」


「だったらお宅で引き取れば良かったではないの」


「身内の了承もなしにマフィアにできるか」


ボスは意外とまともなことを言う。


「兄の方は、とにかくハンサムなヤツで、何かと使えそうだから帰ってきたら兄弟揃って勧誘するのも良いしな……しかし何という名だったかな」


「あらその頭からは髪の毛以外のものも抜け落ちるのね」


相手構わずの軽口や減らず口も、見方を変えれば可愛らしい……ワケがあるはずがなかった。吟遊詩人め、と胸中で再度呪詛(のろい)を呟いて、ルーカスはマフィアのボスに紹介状を差し出した。


「この度はお時間を空けていただいて誠に感謝しております。兄から先に連絡が行っているはずの件で」


「ああその件ならな」


ボスは一呼吸置いて、ミもフタも無い返事をした。


「ない」


「なぜです?毒物はこの部屋の隠し棚の中にきっちり分類されて各種揃えてあるはずでしょう」


「なぜそこまで知っているのだ」


「知らいでか」


「ともかく、無いものは無い。ヒマの毒は全て焼却処分したからな」


この度の暗殺未遂事件では、陰で暗殺業を請け負うマフィアにも当然、疑いが行った。しかし、とボスは言う。


「あのようなお粗末な手口で痛くもない腹を探られては、商売にも影響が出るではないか」


「なるほど」


暗殺業は成果のみがものを言うビジネスだ。風評被害は避けたいところである。


ボスは再び、ミもフタも無く言った。


「というわけで、全部、燃やした。ウチにはヒマの毒はそれほど重要でないからな」


貴婦人の花(フロス・ドミヌス)』や『地獄の花(フロス・インフェリス)』なら惜しかったが、と笑う顔は無邪気でさえある。


使えないわね、と舌打ちせんばかりの勢いでエイレンが呟き、ルーカスは慌てて片手を胸に当てる帝国風の礼で誤魔化した。


「失礼しました。また何かありましたら、宜しくお願いいたします」


「ああいつでもおいで」


退出する2人の背に、ああ思い出した、というボスの声がぽつんと投げ付けられた。


「確か兄の方の名は、カロスだったな」

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