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14.お嬢様はマフィアのボスと会う(1)

何千と灯る夜会の蝋燭の火の下で、レグルスは落ち着かない気持ちを押さえて周囲にそこそこの愛想を振りまいていた。フラーミニウス家の跡継ぎとして夜会に出席している以上、それは仕事のようなものである。


しかし、今の彼が最も気にしている場所といえば。それは何を隠そう、壁際なのだ。


主賓であるにも関わらず、壁に貼り付いて面白そうに夜会で繰り広げられる人間模様を眺めているのが、彼女の常だから。


気配を隠す心得でもあるのかと思うほど見事に壁と同化する彼女に近付く男性は、そこそこ遊び慣れた変わり者が2~3人、といったところであり、大抵の場合は彼らも適当にあしらわれてしまうはずだった。


ちなみに女性は皆無である。貴婦人方にとって辺境国家から来た姫というのは、珍獣のように噂話の対象にはなれども親しくなるには旨味の無い存在なのだ。しかも当の本人があからさまに人付き合いを避けているのだから、尚更に。


つまり注意深く壁をたどっていけば、大抵はほぼ1人でいる彼女を発見できるはずなのだが、今宵に限りちらちらと探しても見つからないのである。そう、壁際にはやたらと男たちが群がる一角があるばかりで……あれ。壁際に?


レグルスはそこで初めて、ある可能性に気付いた。急いでいるとは見えないようなるべく丁寧に目の前の婦人との話を切り上げ、そちらに向かう。


フラーミニウス家の跡取りを認めた者たちが垣根を解くと、その先では彼女が、艶やかに微笑んでいた。


その身に纏っているのは、これまでの夜会で着ていた存在を消すライトベージュのドレスではない。濃紺の練絹は、レグルスが彼女のために考え抜いて贈ったものだった。


……ああ。やはり似合っている。


ひと目見るなり、途方も無い満足感が彼の身体を突き抜けた。


装飾は腰の細さを強調するゆったりとした黄金の飾り紐のみ。やわらかくしなる夜空の色の生地が、彼女の神秘的な金の髪と瞳をさながら星のように輝かせている。さり気なく開いた肩からデコルテにかけての流れるような優雅なラインと滑らかな肌は、それ自体が磨き抜かれた玉であり余分な宝石(いし)など不要、と主張しているかのようだ。


肌を出すデザインには最初難色を示したものの、仕立屋の「ダサいと着てもらえませんよ」との主張によりしぶしぶOKしたものだった。こうして見ると専門家に従って良かったような、しかし無駄に男たちの視線を集めすぎだ、と複雑な気分になる。


しかし更によく見れば、彼女は側に侍る吟遊詩人の歌を聴いているだけであって、男たちとはひと言も喋っていないのだった。つまり彼女の周りにできていた垣根は、ほぼ初めてその存在に気付いたものの、そこはかとなく漂い出る「話し掛けるな」オーラに躊躇している集団だったのだ。


そのことに気付き、ふっと余裕の笑みを浮かべて彼女に近寄ろうとしたレグルスの肩が、不意に背後からぐっと掴まれた。こんなことを自分にするのは……


弟のルーカスくらいのものである。


「兄上、少々宜しいでしょうか」


堅苦しい口調は質問などではなく「まさか悪いとか言わねぇよなああん?!」ということだと知っているのも自分1人だろう、とレグルスは思う。思うが今は。


「済まないが後にしてくれないか」


「それでは手遅れになってしまいます」


緊迫した口調に、まじまじとその顔を見返すと、弟は重々しく頷いた。


「そうです。手遅れになる前にどうしてもお伝えしておきたい」


そのただならぬ気迫に、レグルスは折れるしかなかったのであった。



※※※※※



「で、どうだったんです、お兄さん」


薄暗がりの中でヒソヒソと話し掛けてくる吟遊詩人の声に、ルーカスは天を仰いだ。


「既に末期でした」


ここは夜会で出会う男女がしばしば利用するデートスポットその1:庭園の四阿(あずまや)……付近の物陰、である。今も中では夜会で出会った一組の男女が怪しげなやりとりを繰り広げており、それをルーカスとキルケは監視中なのだ。


断じて出歯亀ではない。吟遊詩人は、場の雰囲気がヤバいことになってきたらいつでも助け船が出せるように、男性の弟の方は兄の心がぼっきり折れた時に素早く対処できるように……まぁお節介ではあるが、待機しているのである。


ことの起こりは数日前、フラーミニウス(兄)からのドレスが届いたことからである。そのドレスを見てダナエはこう言ったのだ。


「どうもこれ、本気っぽいですね」


そして、すぐ返せ、と詰め寄るルーカスを指1本で侍女は制した。


「とんでもない!侯爵家跡取り様からのドレスを突っ返すなんて失礼にも程があります」


「兄が本気出したらどうするんです」


「姫様のためには悪くないことですわ!皇帝の愛人より目指せ侯爵夫人。なんなら両方目指しても」


冗談ではない。あんな女が義姉になるなど悪夢である。それでも当の本人が着なければなんとかなるのでは、と見ると、彼女は眉根を少しばかり寄せて考案中であった。


「次の夜会に着ていった方が確実に口説けそうだけれど……余分な効果は要らないのよね。後で宰相に『弄ばれて捨てられた』とか泣きつかれても面倒だし」


「この前約束したでしょう」


あれだけ念押ししたのに、と言えばあっさりと、予定が変わったの、と返された。


更に「事後承諾よりマシでしょう?」とそのとんでもない予定を説明される。身に覚えのない罪で捕らえられた聖王国人を助けるために皇帝陛下自らが一芝居打って下さるのだが、その小道具を揃えるために兄の協力を得たいのだ、と。


「必要なら私から兄に言いますよ」


と申し出たが、エイレンからはまたしてもあっさり「けっこうよ」と断わられる。


「兄弟でこの件に関わらせたのがバレたら、フラーミニウス宰相から遠回しに5回は殺されそうだから」


というのがその理由であり、確かに父ならやりそうだ、とルーカスは図らずも感心してしまったのだった。彼女が父と会ったのはほんの1~2回といったところなのに、これは野生の勘というヤツだろうか。


さておき、この悩みをエイレンはキルケにも相談したらしい。このいいかげんな吟遊詩人が自ら協力を申し出たか否かは謎だが、こうして2人はこの度、四阿(あずまや)の外でヒソヒソと話し合いながら待機中という不思議なことに相成ったのであった。


しかし兄も、とルーカスは本気で同情していた。とある日のとある口説き文句をまた聞きした(じぶん)からこう批判されるとは思っていなかっただろう。


「うちの兄は見た目の割に、というか実は全然、遊び慣れていないんです」


「だろうなぁ」


四阿(あずまや)の様子を伺いつつ、しみじみと頷くキルケ。


「『ぼくのもの云々』なんてなぁ……まぁ確かにあのハイスペ様ならそれでもなびく女は多いんだろうが……でもなんていうか直球すぎて情感のじょの字も……多分なんだ、筆降ろしの相手は遊び慣れた口の堅いマダムだったんだろうな」


「それ以上言ってやらないで下さい」


痛々しくて聞いていられない、とルーカスは顔をしかめる。先程この四阿(あずまや)に来る前にわざわざ呼び止めてまで行ったやりとりから、兄がいかに女を見る目が無いかがしっかり分かったがために、痛々しさはいや増しているのだ。


そう、ルーカスは切々と兄に訴えた。あの女がいかに極悪非道で、いかにねじ曲がった性格をしているかを。


しかし兄は、それを黙って聞いた後、たったひとこと。


「あのひとがそんなワケないだろう」


と爽やかに言い放ったのだった―――つまり、どう考えても、末期なのだ。


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