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13.お嬢様は皇帝陛下を誘惑する(3)

捕らえられた男を見て、エイレンは少なからず驚いていた。聖王国人と聞き「ああなるほど同国人どうしのいざこざ、という線で片付けたいのね」と納得はしたものの、それがまさか妹弟子(アリーファ)の父親だとは。


しかし考えてみれば、有り得ないことではなかった。もともと聖王国人は国内での移動すらほとんどせず、帝国まで来る者などさらに稀なのだから。たまたまノコノコとやってきた者が、手頃な贄を探していた黒幕方の目に引っ掛かってしまうのはむしろ当然なのかもしれない。


『ちょっと長めのお遣い』だったかしら、とエイレンは聖王国を発つ前に会った高級雑貨店の女主人の発言を思い出した。まさかそれで夫が牢獄へ入れられることになるとは彼女も予想だにしていなかったろうが、それにしても今頃はさぞかし命の洗濯が進んでいることだろう。


そんなエイレンの思惑には気付かず、アリーファの父親は小さな窓の鉄格子にしがみつき「巫女様がなぜここに?!」と驚きを露わにしている。


「もちろん神のお言葉があったからよ。聖王国の民が難儀しているから助けよ、と」


「そ、そんな……私ごときのために神が、『一の巫女』様が……なんと有難い」


冗談だったのに本気にされて涙ぐまれた。さすがはアリーファの父親だ、とエイレンは感心する。脳裏には浮かぶのは己が聖女スマイルにデレデレになっているアリーファの顔だ。


それはさておき。


「中に入ってじっくり話し合うことにするわ」


と宣言すれば、ルーカスはそのぶすっとした表情を更に堅くさせた。


「それは許可されません」


「あなたは今わたくしの護衛なの、それとも守備隊の副長補佐官なの」


「両方です」


「なら立場を使って牢番を説得なさいな」


「あなたの頼みごときのために後々査問会に掛けられるのはゴメンですね」


「頼みでなくて命令なら?」


「なおのことゴメンです」


ではけっこうよ、とエイレンは溜め息まじりに言った。


「あなたは偶然トイレに行っていて見なかった、ということにでもなさって」


「なにをする気ですか」


「決まってるではないの」


艶然と微笑み、懐から金貨を取り出すエイレン。1枚で係官の給与の約3ヶ月分だ。


「相場は銀貨5枚程度ですよ」


思わず注意するルーカスに、ちまちまするのはキライなの、と(うそぶ)くと牢番に向き直った。


「これで、あなたのシフトの時はいつでもわたくしに融通を利かせて下さる、というのはどうかしら」


牢番は金貨を受け取り、その眩しさに一瞬目を細めてから懐にしまう。


「何をおっしゃっているのかわかりませんな。貴女のような高貴な身分の方はもちろん、囚人との話し合い程度ならいつでもご自由ですよ」


こいつの顔は覚えておこう、とルーカスは思った。忘れた頃に別件の職務怠慢と収賄容疑でしめてやる。


「言っておくけれど、トイレに行ったフリをしたあなたも同罪よ」


牢番によって開かれた鉄の扉をくぐり抜けながらエイレンが釘を刺すと、再び歯ぎしりが彼の口から漏れたのだった。



※※※※※



「をを」


その夜、慣れた様子で寝所に入ってきた客人の姿に、皇帝陛下は喜びの声を上げた。


今宵の姫のネグリジェは、大胆に肩があいたデザインだ。首元がすっきりしたために、うなじから顎にかけてのラインがより優雅にその存在を誇示し、胸に寄せられたドレープは一見シンプルで清楚なのに動く度に誘うように揺れている。


彼女はツンと顎を上げ、腰に片手を当てて少年を見下ろす。


「どう?あなたの趣味を全てダナエに伝えて差し上げたわよ」


「うむ、大胆さと奥床しさのバランス感と、見えそうで見えない谷間がいかがわしくて素晴らしい」


「そうでしょうとも」


あれ、と皇帝陛下は思った。いつもならこの辺りで軽く悪口雑言が飛び出すはずなのに。「この少年皇帝の皮を被った万年脳内ハーレムおやじ」的な。


そして気になることがもう1つ。


皇帝は座り直し、エイレンの背後に目を向け冷たい口調で問うた。


「で、何故今宵キルケがいるのだ。気の利かないヤツめ」


「えーだって呼んでいただいたじゃないですか。せっかくの夜遊びをキャンセルして伺ってますのに、それは無いでしょう」


脳天気に軽口を叩くエセ婚約者の後ろにまわり、エイレンはぐいっと渾身の力で皇帝陛下の前に彼を押し出す。


「陛下に差し出すためよ。煮るなり焼くなり攻めるなり好きにしてちょうだい」


いや、ちょ、聞いてない!聞いてないそれ!……と、キルケが慌てるがそれをまともにとりあう者はこの場にはいない。


皇帝陛下はニヤリと笑い、ほう、と言った。


「して、そなたの望みは?」


タダでここまでするはずが無い、と水を向ければ、エイレンはやや飛躍した返事をしてよこす。


「ネルヴァとカティリーナを皇帝裁判で断罪してちょうだい。暗殺未遂の件はあの2家が手を組んでいるのでしょう」


「無理だな。状況証拠しか無いのに皇帝裁判など」


あっさりと肩をすくめる陛下。


「大体そなた、あの2家を潰すと治世にも影響が出るのが分かっていて言ってるのだろう。皇帝の権威を損なう気か?」


「あら最終的にはフラーミニウスさえ居れば何とかなるのではなくて」


「冗談でないわ。右も左もあの一族のクソマジメな顔に囲まれて政治を行うなど」


せっかくの据え膳を喰ってやれなくて申し訳無いな、と謝る少年に「何言ってるの」と呆れ顔を返すエイレン。


「このわたくしが喰えるような膳を提供するワケが無いでしょうが」


喰うのは良くても喰われるのは嫌である。でも今は、と続けた。


「大事な知り合いの父親が、根も葉もない嫌疑を掛けられているの。何とかして下さったら……」


「なんだ?」


女はつっと手を伸ばし、皇帝陛下の頬に触れた。妖しげな笑みに、少年の喉がごくりと鳴る。


「もっと良いこと、教えて差し上げるわ」


「よし何とかしよう」


即決であった。せめてあと5秒は考えようや、と内心で皇帝陛下にツッコむキルケ。


そのまま密談(たくらみ)を進める2人に呟く。


「なんで私まで呼ばれたんでしょうかね」


どSなお嬢様とタヌキ坊やな皇帝陛下、妙に気が合うところのある2人からほぼ同時に返された答えは―――


「あら何かの時に便利に動いていただくために決まってるではないの」


最高機密(はかりごと)をわざと知らせて無理やり腹心に引き入れてやっているのだが何か?」


それぞれに、やはりなと思わせる自己都合に満ちたものであった。


やがて納得した、というように皇帝陛下が頷く。


「ふむでは後はヒマの毒を余が手に入れれば良いだけだな」


「そうね。お粗末な茶番には同じく茶番で返して差し上げなければ」


その時の黒幕方のお顔が今から楽しみだわ、とあくどい笑みを浮かべたエイレンの顔を少年は眩しそうに眺めた。


「しかしその知り合いとやらは余程大切なのだな。そなたがそこまで慌てるとは」


「ええ。あの子の泣き顔は見たくないわね」


静かにだがきっぱりと、お嬢様は言い切ったのだった。


―――見たいのは怯えた顔なのよ、と。

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