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12.お嬢様は慈善活動をする(1)

いつも読んで下さったりブクマ・評価していただいたり、とても感謝しております。ありがとうございます!


さて今回は全体的に長めになってしまいましたが、宜しくお願いしますm(_ _)m

皇都から南都までは馬車で約2時間。そして南都に入って更に半時間ほど揺れをガマンすれば『濁り川(ティビス)』と呼ばれる運河に着く。


昔は橋を渡った河向こうが貧民街の中心だったらしいが、そこは今はフラーミニウス家の工場とそこに通う職人の住居になっている。


現在の貧民街は、河沿いに広がっている。ユリウス=サピエンティス帝時代に建てられた5層のアパートが3つ並び、その手前にレンガを積み重ねただけの廃墟のような小屋が集まる一画だ。アパートは元は立派な建物だったようだが、ところどころ朽ちて壁面は黒ずんでいた。


独特のすえたような臭気が漂う路地の入口で、フラーミニウス(次男)氏が立ち止まりエイレンを振り返る。


「徽章はちゃんとつけていますね」


先日のパン配布に同行した際、エイレンが個人的にまた訪れたいと言い出したために親切な役人が融通してくれたのが、管理局の制服である茶色のマントと徽章だった。


2人とも軍服だったが、このマントと徽章があれば関係者に見えるはずだ。


念のためにと服装をチェックしていたフラーミニウス(次男)氏が不意に後ろを向いた。


「どうなさったの」


尋ねると再びエイレンに向き直り、クソ真面目な顔で彼女のズボンを指す。


「それはデカ過ぎです。あほですか」


「ああ。これ」


わざわざ指摘場所をぼやかした気遣いを全く無視して、エイレンはズボンの股部分内側に縫い付けたソレを外から指でつついた。昨晩やっと完成させた作品である。


「リアルな形を追究しようとしたら、少し大きくなってしまったのだけれど……減らすと何か安定感がないのよね。手巾(ハンカチ)でない方が良かったのかしら」


「ワタを詰めれば良いでしょう」


「その手があったわね」


聖王国では栽培されていなかったため、ワタはエイレンには馴染みのないものであった。また作り直すわ、と重々しく頷く。


「でもとりあえずはこれで女性に見えないでしょう?」


胸にはきっちりさらしを巻いている。細い線では青年には見えないだろうが、少年ならいけるはずだ。


しかしフラーミニウス(次男)氏は丁寧な口調で本音を告げた。


「変態に見えます」


もっこりしすぎてるしオネエ言葉だし。大体これ、エイレンがイミテーションにこだわる度にダナエと代わる代わる注意していたことだ。


それでも隙をみて(多分夜中に)せっせと作成していたとか、もうそれだけで変態くさい。


「結論を言えば、とった方が良いと思います」


「わたくしは仮装パーティーで貴婦人方がしているような、中途半端な男装はしたくないのよ」


「ええ確かに完璧な痴女に見えますよ」


「まぁ」


エイレンが目を丸くする。少し言い過ぎだったが、これくらいの方が彼女には効くだろう。


「せっかく作ったのに……」


名残惜しげに指でツンツンつつき、ややあって大仰なため息と共にフラーミニウス(次男)氏に背を向けゴソゴソするエイレン。紳士のたしなみとして明後日の方を向いていた彼にポイッと、微妙な形に折り畳まれた上にところどころ縫い跡のある5枚の手巾(ハンカチ)を手渡した。


次男氏は思わず受け取り、それから熱いものでも触ってしまったかのように慌てて手を振って下に落とす。


「そういうものは自分で棄てていただかないと本当に痴女認定しますよ」


「嫌よ。ダナエに見つかるとうるさいもの」


エイレンは手巾(ハンカチ)をぐりぐりと踏み付けてさっさと路地へ入っていく。フラーミニウス(次男)氏はしばらく逡巡した後、それらをイヤそうに指先で拾い上げてポケットに入れ、エイレンの後を追った。


貧民街といえば酔っ払いが転がっているイメージだが、昼の路上では意外と少ない。最も多いのは子供で、エイレンは早速彼らに囲まれていた。


遊んでと手を引っ張る子の頭を撫でつつ、商魂たくましく得体の知れない作品やら腐りかけた果物やらを売りつけてくる子からはいちいち買ってやっている。


管理局の役人と同じマントと徽章に勘違いして「パン」と両手を差し出した女の子に、わざわざかがんで目を合わせて説明している様子は、とても子供嫌いには見えない(が、前回のパン配布の後では「子供って本当に人間以前獣以下だわ」とぼやいていた)。


「今日はパンでなくて病気の人を看にきたのよ」


騒がしかった子供たちが一瞬静まり、わっとエイレンから離れた。


「病気の人の家、知っている?」


「近寄っちゃダメって(かあ)が。うつっちゃうから」


「うつったらすっげぇ熱が出るんだぜ!」


「行ったらマジ死ぬからな!」


口々に子供たちが言う。貧民街は常に疫病と隣り合わせだが、今問題となっているのは『星の病(モルブ・シデリス)』と呼ばれる熱風邪である。冬に流行する病が、ここではまだ完全に下火になっていると言い難いのだ。


「わたくしはうつったりしないから、最近見掛けない人の家を教えてくれる?遠くから指さすだけでいいわ」


数名の子供が頷き、先に立って歩き出した。


子供たちの後からついて行きつつ、フラーミニウス(次男)氏はここ最近の懸念を口にする。


「ところで、兄になにかしましたか」


「あらお兄様がどうかしたの」


「あなたがいつも同じドレスを着ていると叱られました」


「なぜお兄様がそれを気にして、そしてなぜあなたが叱られるのかしら」


「こっちが聞きたい」


「全く思い当たりがないわね」


嘘である。初めて蒸留酒を飲んだ翌朝に、己が仕業を思い出し頭を抱えたのは5日ほど前だったろうか。


最初フラーミニウス宰相を見た時の勘に従い、この一家は絶対に敵に回すまい、と決めて長男氏(レグルス)にもなるべく当たり障りなく接していたのが裏目に出たのだ……酒の力で苛立ちが爆発し、腰が抜けるまで口撃してしまうなんて。


どうせ酔っ払うなら記憶そのものも無くなっていれば良いのに、とギリギリのところで強靱な己の意識を珍しく恨みつつエイレンが決意したのは、この件は全力でばっくれよう、ということだった。


「そういえばあなたお名前は」


「そんなこと聞いてどうするんですか」


とりあえずごまかすのだ。


「全員フラーミニウスさんではややこしいわ」


「では私はフラ次で結構です。とにかく」


フラーミニウス(次男)氏改めフラ次は焦ったように言う。


「様子がどうもヘンなのです。お前はセンスが無いから次のドレスはぼくが選ぶ、などとほざいて仕立て屋を呼んだり」


「あらあなたのセンスは素晴らしかったわよ。わたくしの意図を100%汲んでくださって」


「それはどうでも良いですから、とにかくもし兄からドレスが届いても受け取らないで下さい。ダナエにもよく言っておきますが」


エイレンは足を止め、まじまじとフラ次を見た。


「ダナエなら、何が何でも受け取りそうな気がするわ」


侯爵家なんてある意味皇帝陛下よりも狙い目かもしれませんよ姫様、という侍女の嬉々とした声が聞こえてくるようである。


「何が何でも阻止して下さい」


「でもたかだかドレス1着で」


確かに高価な贈り物には違いないけれど大袈裟ね、と眉間を少し狭めれば、今度はフラ次が足を止め、まじまじとエイレンを見る。


「え。知らないんですか」


「何を」


「……いや良いです」


フラ次は言葉を濁し、再び歩を早めたのだった。

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