1-2 始動 よくせいざい
眠りから覚醒しカレンダーを見る。
のそりとベッドを出ると鍵付きの棚のロックを外し中から錠剤を取り出す。
「Ω用発情期抑制剤・内服用・発情期の3日前から朝1錠ずつ服用すること」
この表示とも数年の付き合いだ。
水すら飲まずに噛み砕く。
病院で処方されるタイプのうち強いもの。
やや値が張るが親の希望によってこうなった。
副作用で頭痛がする。
水で口の中を洗い流すと苦味でいっぱいになった。
きっと番を作らないであろう僕は一生これとお付き合いするのだ。
この薬を飲むと発情期だけでなく匂いも収まるから一時的にΩ性を誤魔化せる。
怠さにまみれた身体に鞭を打ち高校に向かう。
「夜空くん、おはよう!」
前に座っている百合から挨拶される。
αの匂い。 気持ち悪い。 僕を絡めて離さない。
「顔色悪いよ大丈夫? 保健室行く?」
噂好きで世話焼き故の好意だろうけどαと一緒に行動するなんて今の僕には毒だ。
やんわりと断り「mutter」をいじる。
高校生が多いこの界隈はどことなく親近感を感じた。
何気なく晒し板を立ち上げた。
書かれてないとどこかで安心していたのに。
『あいつ事あるごとにα性自慢してきてウザくない?』
『だよなー、ていうかだから何?って感じだろwww あとファンクラブキモくない? バース性を盾にするのにロクなやつ居ないぞww』
吐き気がした。
αだと誤認させることに成功しているとは言え、この言い方はない。
ここに書き込んでるやつの十中八九はβだろう。
バース性、特別な能力をもつ僕らのことが羨ましいのだろうけど。
手を挙げて保健室の途中にあるトイレに向かう。
手元にあった抑制剤を無理やり胃に入れる。
バース性なんて要らない。
身体が多幸感に包まれる。
蝋燭の灯が消えた。