1.始動 「α」として
涼と別れて家に着く。
幸いにも二人とも仕事で家には誰もいない。
常服してる抑制剤を追加で飲む。
スマホの画面を立ち上げ「mutter」を起動させ、「放課後になりました」と呟く。
通知欄を確認すると早速何人かが「お帰りなさい」や「おつかれ」と返信してくれていた。
ここはあったかい。
ガチャリ、冷たいドアノブを回す音がする。
ただいまー、と僕の嫌いな声が家中を駆け回る。 見つかりたくなくて布団を頭から被った。
ドタドタと床が軋み、あの人が部屋に入ってくる。
「ここにいたのね……出来損ないが」
聞きたくない。
「なんであなたなんて産んでしまったのかしらね」
嫌だ。
「幼い頃は幸せな家族だったのに」
もうやめて。
「あなたがΩじゃなかったら」
そう、全部僕のせい。
「今もきっと笑えてたわよね」
ごめんなさい。
そう、幸せな家庭だった。
僕のバース性がわかるまでは。
僕の容姿は自分がβではないと証明していた。
黒髪はαのように濡れた烏色。
瞳は宝石のアメジストを二個くっつけた美しさ。 色だけ見ればΩだった。
でも、ごく稀に遺伝子異常で生まれるαもΩの瞳をもつことがあった。
だから両親は僕のことを育てた。
自分の子はαであるという望みを捨てきれずに。幼い頃愛情をかけられた子どもはバース性の変化を受けやすいとかの迷信まで信じて。
まあ、結果から言えば僕はΩだったのだけれど。
その日から二人の態度は明らかに変わった。
生むことしか能のない種族。
知能も下の下でαの力がないとまともに生きていけない。
そんな下等生物。
二人は静かに狂った。
僕は「α」になるしかなかった。
発情期は薬で押さえ込まれ、番を作ることは禁止された。
そして高校は私立のα選抜コースに行くことになった、そこに行けば書類上はαとして生きれるから。
そのためにはたくさん勉強をしないと行けない。
だから必死になって合格した。
Ωでもやればできるのだと証明したのに。
返事は。
「そこの高校お金かかるのよ、α選抜コースでもバース性がΩだと。 もう少し別の高校にして欲しかったわ」
僕は金のかかるお荷物になっていた。
そんなときだった、このゲームに出会ったのは。なんで始めたのかはよく覚えていない。
その攻略法を学ぶために動画再生アプリの生放送に行ったり「mutter」を始めたりするようになった。
ネットでの名前は目の前にあったからという理由で『ゆずこしょう』
そこでは所属してるコースを表明しただけでαとして扱われみんなに受け入れてもらえた。一瞬だけ自撮りを晒したときも瞳の色は突然変異となった。
とにかく楽しかった。
声を放送で出したときに疎まれていたこの声を好きだと言ってくれる人もいるのだと知った。いつのまにかファンクラブなんてものが出来て安息の地が増えた。僕の肩書きはこうだ。
『αの秀才ながらゲームもこなすオールラウンダー ゆずこしょう』
「どうも、皆さんおはようございます! ゆずの生放送にお越しくださりありがとうございます」
一人きり朝の時間。
自室に声が響く