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バースたちの恋愛日記  作者: 三月 璃夢
第二章 あなたと出会う前の話
24/25

紅玉のテリトリー その1

更新遅れまして申し訳ありません


今回やや鬱、性的描写を仄めかすシーンがありますのでご注意ください

「ユウ、あの豪邸に幽霊が出るらしいぞ!」


昼休みに通信制のクラスを訪ねれば、机に肘をついたユキに熱弁を振るわれた。

脳裏に寂れた邸宅が思い浮かぶ。

荒れ放題のツルに覆われ、持ち主を失くした館にヒトならざるものが居着いても不思議はない。


「でもさ、小学生じゃないのにさぁ」


やれやれとため息をつく私を尻目に彼は続ける。


「本当なんだよ、俺の友達も見たって」


そこで一つ間を置く。


「金髪のガリガリな女のユウレイ」


午後の授業を欠伸を噛み殺しながら過ごして終業のベルが鳴った。


通学路の途中にある件の家に目をやる。

曇ったステンドグラスと二度咲きの枯れた薔薇が所在なさげに風に揺れていた。

次を間近に控えた秋がせめてもの強がりのように一際強く空気を動かす。

どこからか飛んできた水で服が濡れた。

驚いて屋敷に向けると黒い柵の向こう痩せ切った少女。


「!!」


大きく見開いた紅い眼。


「ごめん、なさい。大丈夫ですか?」


生まれたばかりの精霊のようにか細い声が耳を打つ。


噂の、ユウレイ。


まるで絹で紡いだようなさらさらな金髪。

身体は透けていなかったけど、死装束を思わせる白のワンピースと肌からは向こうが見えてしまいそうだ。


「……よかった」


薄く笑う唇。

血を通ってることを唯一示す真紅の瞳。

チカチカと柔い放課後の夕焼けを反射するそれは、まるで、穢れを捨てたガラス玉のようだ。

浮き出た鎖骨に黒のチョーカー。

訳も知らない感情が滲んで、この人はΩでヒトのモノだと言うことがわかった。


それから一人で帰ることが多くなった。

元々、通信制のクラスに通う友人たちとは下校時刻が違うし、特段仲のいいクラスメートもいるわけではなかったから。

明らかに栄養不足の彼女は律儀に挨拶をしてくれた。

消えそうな声をゆっくりと聞き取るのも楽しければ、彼女の首を締め付ける漆黒の証も、名前も知らない美しい素材の純白なワンピースから覗く同じような色の肌も。

欲を持て余す高校生の私からすれば十分な刺激で、私が彼女の元にいる時間も長くなった。まあ、それ以外の理由もあるけれど。


「あの、名前を、教えてください」


普段は話すのが好きでないのに、彼女に対する興味は日に日に高まって、もっと知りたいと思ってしまった。私もあなたも互いの名すら知らないのに。


ふわふわと彷徨っていた視線がこちらを向く。

まるでたった今夢から覚めたみたいに紅い眼がチカチカと瞬き、荒れ一つない唇から言葉が流れ出た。


「………………紅音」

「あかね、さん」


紅は彼女の色だと思った。


「あなたは、そこの高校のヒト?」

「あ、はい。えっと」


相変わらず真っ黒な柵が私たちのことを隔てていても、紅音さんのことを知れたのがとても嬉しかった。


紅音さんは、私と同い年で、最近越してきたらしい。

今は、再婚してて前まで普通の学生だったと聞いた。


「今の、夫はね、昔とは違う。私のことも殴らないし、いつも笑いかけてくれる。中古品の私にはもったいないくらいいい人だよ」


ゆるゆると笑う彼女も何か大変だったのと察するのは簡単だった。


「旦那さんは帰ってこないの?」


不躾だと苦笑する。


「まあ、ね。一回り離れているし、海外出張ばかりだから。半年に一回会えればいい方だよ」

「寂しいですよね?」

「そうでないよ。優弥くんもいるし」


柵ギリギリまで来た彼女が微笑む。

いつも以上の美しさにくらりとめまいがした。


社交辞令だと、わかっていても、恋心に歯止めは効かない。

紅音さんの透明な翠の匂いで昂ぶった身体が熱を持つ。白けた下着に汚れた匂いがした。


もう、正解なんていう綺麗事は分からなかった。


季節外れの台風が来て、放課後の景色を雨一色にしてしまった。

急な進路変更で来たから傘なんてのはもちろん持ってなくて、リクが心配して貸してくれようとしたけど、夫婦に水を差すのは忍びなくて断る。

それに、きっと心のどこかで期待してきたんだ。


「優弥くん? 雨宿りして来なよ、寒いでしょ?」


家まで走ればすぐだったけれど、気がつけば二つ返事で紅音さんの誘いに乗ってしまった。


乾燥機で乾かしたと思われる生暖かいタオルで髪を拭いて洗濯機に入れる。


「災難だよね、まさかこんな時に台風なんかが来るなんて」


呆れたような、困ったような表情を浮かべて彼女は続ける。


「でもね、ちょっと羨ましいの。私は高校に通えなかったから。施設にいたしね」


クスッと笑って私の頰に触れる手はやっぱり暖かくて、生きているんだ実感する。

そして、過ぎったのは、黒い忌まわしい柵がもうこの場にはないということ。


いつのまにか私は紅音さんを見下ろしていて。

謝って降りようとすれば「どうしたの」と、払いのけもせず、どこか達観した眼差しとかち合う。

迫る匂いは発情期。


「紅音さん、あの、私」


二の句を継げず。


「いけないよ。私は、新品なんかじゃない」

「それでも」


ボタンがはだけた胸元に大きな痣がチラリと見える。

諦めの笑み。


「ね? 私なんかに手を出したら優弥くんに傷が付く」


でも、その程度の怪我なら、傷なら、私と『同じ』だ。

腹部に出来立てほやほやの鬱血痕。

私の隠した秘密。

うちの高校は無駄に広い敷地なのにプールがない、これも救いだった。

服で見えなくなってしまうあらゆる部位の虐待の痕。


ひゅっと紅音さんの息を飲む音が聞こえる。


「引きましたか?」


嗚呼、きっと私も彼女と似た笑みを浮かべている、そんな確信。

沈黙は消極的な肯定であると昔読んだ本が囁く。


「……捨てられたんだ」

「え?」

「ねえ、番に見放されたΩは一定期間精神安定剤を国から支給される」


ぽつり、と壊れたネジの音。


「でも、その効果はとっても弱くて持って二週間。それが無ければ『普通』なんて夢のまた夢。朝昼晩って前の番に縛られ続ける。それなのに効果の高いのは正真正銘のαしか手に入らない。だから大多数の見放されたΩたちは恐怖と焦燥感に怯えて生きるの」


堰きが壊れたみたいに舌が回る彼女を怖いと思った。


「私は暴力事件を起こした。無理やりされた番をこれまた無理やり解消されて、彼の次のターゲットは幼馴染だった。安定剤も切れて、狂ってた私は彼を殴った、殴られた、何度も何度も何度。そのまま私は専用の施設に送られて、戸籍を失くした。」


なんでそんなに悲しそうなのに貴女は美しいんですか。


「沙良っていうの、本当の名前」


壊れかけの二人による哀れな慰め合いのショーが終われば、天気は一転して晴れ。

台風一過。

薬を飲んだ彼女がぽつりと呟く。


「ごめんね」


誰に向けて言ってるのかは知らない、知りたくもない。


色んなモノでぐちゃぐちゃな身体を引きずって着く帰路はいつもの何倍にも感じて私はゆっくりと思考を停止した。

行き着く先が絶望の巣だと、虐待の日々が続くのだとしても。

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