恋人もどき その2
更新遅れまして申し訳ありません!!
「幸也せんぱいー、居ますか? 失礼します……」
せんぱいの教室のドアがスーッと開く。
うちの学校は最新設備の多いことで有名だ。
「ん? ああ、夏絆か」
私の声に気づいたように周りで喋っていた人たちに軽く礼をしてこっちに来た。
「ああ、食堂行こうか」
『食堂』という単語に連れられたのか仲の良い先輩方がやって来る。
「えー? ユキ、彼女さんとランチデート?」
「はぁ、ユウ揶揄うなよ。二人の邪魔だろ?」
「いいよなー、リクもユキも彼女持ちでしかもリクは番だしさ」
茶化すのは明るめの茶髪と黒い瞳の彼。
番持ちの先輩は黒髪黒眼で仄かにペパーミントの香りがする、αだろうか?
「あー、お前らも来るか?」
後ろでわいわいがやがやする二人に観念したのか幸也せんぱいが折れた。
「本当? ありがとう。僕は佐山優弥。よろしく」
「水差して悪いな。私は井上陸人。ユウがバラした通り番持ちのαだ」
優弥先輩に陸人先輩……覚えておこう。
今日のお昼は日替わり定食のチキンチーズカツレツだった。
一足先に弁当を食べ終わったせんぱいは近くの自販機で買ってきたアイスを手にふっと口を開く。
「今日、夏絆って予定あるっけ?」
「ああ、午後から大学で講義があるよ」
「待っとく」
横で陸人先輩が呟いた。
「……も今日講義だって言ってたな」
友達の名前だろうか、言い出しはくぐもっていて聞こえなかった。
チャイムが鳴る。
終業を知らせるそれにクラスの男子たちが雪崩ながら教室を出て行く。
荷物を小さく纏めると大学棟に向かう。
うちの学校は中学から始まり、大学までエスカレーター式だ。
私たちが通っている全日制の他にも定時制や通信制が存在し、本人の生活サイクルに合わせて選択可能。
それもこれも土地代が安いからできることだ。
講義終わりの空き教室、榎本さんが私を呼び出した。
「ねぇ、君さ。まだ『彼』のこと番にしてやってないの?」
「なんであの人のことが分かるんですか」
「面白いこと聞くね。それは僕が知ってるからだよ」
ヒュッと息を飲む自分の声が聞こえた。
それを悟られないように「続けてください」と言う。
「Ωってね、誰でもいいから繋ぎ止めてほしいイキモノなんだ。頸を噛んでもらう、ただそれだけなのにね」
くすくすと笑う彼に異質感を感じた。
夕焼けと宵闇の狭間で弱い光が榎本さんの目をプリズムみたいに反射するのを凝視してしまう。
「きっと今の彼はずっと拷問を受けてるみたいなもんだよ。目の前の相手に首を差し出しているのに見向きをされない。もしかして、君ってサドだったりするの?」
だからさ、とガチャリと大きな音を立てて榎本さんの息遣いが耳元に響く。
「僕で試してみればいいのに」
紫のプリズムが陰で漆黒に姿を変える。
飲み込まれてしまいそうだと思った最中、後ろから足早に走り去るのが聞こえた。
ふふと笑う彼からいつもの雰囲気だ。
「あーあ、ちょっと荒療治過ぎたかなぁ」
「探してきなよ」と指差す方向からほんのりと幸也せんぱいの匂いがする。
「なんで、こんなことしたんですか」
「必要悪だね、このままじゃ夏絆さんも幸也くんも苦しそうだから」
にっこり笑って手を振る彼の「さっさと行け」ってことだろうか。
手洗い近くまで一気に走ると男子トイレの方から「なつ」と呼ぶか細い声が聞こえる。
無礼を承知で入ると首を嫌々としながらまさにβの大学生に犯されかけているゆき兄がいた。
「ゆき兄!!」
大学生の上腕に私の蹴りがヒットする。
拘束からいきなり開放された反動でゆき兄が大きく咳き込む。
「何もされてない?」
強くいようと思ってるのに言葉が震える。
弱々しく頷いたゆき兄の私より大きな身体を抱きしめた。
家に帰る道中でゆき兄が口を開く。
「あのさ、なつはあの人と付き合うの?」
「え? あの人は番居るよ」
「そうなの……?」
うん、と肯定しようとすると校門から二人の生徒が出てくる。
まるで互いの距離が分かりきった熟年夫婦のようだ。
暗がりで見えづらいが匂いから背が高い方が陸人先輩だろうか。
ぼんやりとしか聞き取れない会話でも声のトーンから小柄な方は榎本さんに見える。
あの人たち番だったのか。
ゆき兄と顔を見合わせるて微笑む。
「ねえ、ゆき兄」
振り向き様に首筋で歯を沿わせる。
まだ、噛まない。
「番にしても、いい?」
驚きと気恥ずかしさからか彼を取り巻くフェロモンが濃くなる。
自惚れていいのなら嬉しいのだろうか。
田舎情景溢れる長く茂った草はらと巨大な夕日をバックにして背伸びして噛んだ頸から零れたゆき兄の血は、少し、甘かった。
*********
「おはよー! リクにユウ!!」
ハイテンションな自覚たっぷりに教室のドアを軽やかに開ける。
「おー……」
言葉を途切れさせ、リクが俺の番痕に鼻を近づけた。
「匂いがしない」
神妙そうに言う彼に吹き出す。
「番作ったからな、当たり前だろ」
「誰?」
これまた困り顔で尋ねるユウに笑いが止まらなくなる。
「彼女だよ」
まあそうだろうという表情を浮かべた二人を軽く見下ろす。
そしてなつを手玉に取ろうとしてたムカつくαの話をする。
容姿を説明したときにリクの眉がピクリと動いたのは気のせいだろうか。
ガヤガヤとしている教室を鎮めるかのようにやけにデカいチャイムが校舎に鳴り響いた。
「転校生を紹介します」
老教師の呼びかけに一人の少年が入ってくる。
その存在が気にならないほど、昨日の夕暮れになつから付けてもらった番痕を撫でようと思ったのに。
「井上夜空です。よろしく!」
昨日の憎っくきαがそこにいた。
いや、それよりも。
井上?
後ろの席に陣取っているリクに目を向けると耳まで赤くなった彼と目が合った。
まるで制服のようにシャツとセーターを着こなした少年は担任教師の曖昧な席の指定に気を良くしたのかスタスタとリクの方に歩いていく。
「りーっくん、何顔背けてるの?」
ねぇ? と可笑しそうに笑う夜空くんは昨日と打って変わってとても可愛いなと思った。
彼の首筋を彩るアメシストが埋め込まれたチョーカーが朝日を反射して金色に光る。
彼が番持ちのΩで相手がリクなことに今更気づいた俺だった
補足的なモノ
この話は一章の3-3から4-2辺りと同時系列です