1‐3 宵の明星
「あ、君。 ネクタイは?」
「それならポケットに……入ってない」
「えー、大丈夫なの? 今日体験入部なのに」
これが夜空がまだ名前もクラスも知らない彼女とした会話。
体験入部の最中も二人は話し込んだ。幸いなことにアニメの趣味が合い、話題が尽きることはなかった。
二時間後。顧問の先生からアンケート用紙が配布される。
「遠田 紗良さん」と幼馴染の名前が呼ばれた。
その首筋は長い髪に隠れて見えないがきっと鮮やかな番痕と赤いプラスチック製のネックレスがあることだろう。彼女は小六の梅が芽吹く頃に恵剛によって番にされた。彼女の同意はなかったけれど幸せにすると言ったらしい。それなのに他のΩを軽視する理由は紗良さえ知らない。
「一ノ瀬 陽菜さん」その声に隣の彼女が立ち上がった。
返事も立ち姿も凛としていてかっこいい。羨ましい。
最後に自分の名前が呼ばれて体験入部はお開きになった。
校舎の裏口から外に行こうとしたとき。
別の道を通ってきた一ノ瀬さんとかち合う。
「あの!」互いの声が重なった。
何回か順番の譲り合いをして結局夜空が折れた。
「なんて呼べばいいかな?」
「ヒナでも一ノ瀬でもいい」
「分かった! ヒナさん、また明日ね!!」
「ああ、夜空。 また明日」
門を出ればそこからは反対方向だ。
川沿いの通学路、上を見上げれば宵の口に一番星が煌めいていた。