4-2 陽だまり
以下の文章は筆者の体験したことをかなり書いています
施設に着いた僕らをやつれた顔にパサついた髪を後ろで三つ編みにした女性が迎えた。
「なんでここに来たか分かってるかしら?」
「両親が死んだからです」
「そうですね。しばらくは辛いでしょうけど耐えてください」
「はい」
お互いの声に抑揚がない。
覇気のない、意志のないやりとり。
手招きされ紺のスリッパに履き替える。
パタパタと不慣れな音が床に反響した。
「そら」と書かれた部屋に通される。
私物は全部置いてとの指示。
時計に筆記用具、大好きな本にスマホ。
僕を形作るものがゆっくりと剥がされていく。
もちろん、下着を含め服もだ。
与えられた服を着る。
うわ、僕の趣味じゃない。
「あの、チョーカーは」
やっとりっくんとの証を手に入れられたのに外したくなんかない。
「外してください」
なんで、チョーカーは特例を除いて外ではしなければならないのに。
「今日からここがあなたの家ですからする必要なんてないんですよ。それに番持ちならフェロモンも出ませんし」
身勝手だ。
「抑制剤は」
「番持ちには処方されません」
は?
「だって誰にもフェロモンが効きませんから」
発情期は来る。
Ωなら全員。
身体は辛いし頭も回らない。
その上全身言い様のない倦怠感に包まれる。
それを抑制剤無しで過ごせと?
「はい」
狂ってる。
大丈夫、『今夜は』って警察の人が言ってたじゃないか。
明日にはりっくんに会えるんだから。
今だけは耐えよう。
布団の中をごろごろして眠れないまま朝を迎えた。
「おはようございます。もう起きてたんですね」
布団を畳む。
することがなくて何度も何度も頭の中でりっくんと過ごした日々が流れた。
もしかしたらこれから経験する未来であるのかもしれない。
高い身長で抱き上げてもらったこと。
男らしい、本人は大嫌いで僕は大好きな腕を枕にして眠ったこと。
僕はただ、あの幸せなあなたのいる日々を長く続けたいだけなのに。
なんでこんなことになってるんだろう。
両親が死んだのは不可抗力。
わかっていても涙が止まらなくて家で使ってたのとは違うパイプが詰まった枕に顔を擦りつけた。
「りっくん……会いたいよ、会いたい会いたい会いたい」
大きな染みが広がる。
脳内で大好きでずっと聴いてる曲がループする。
『君は何も悪くないから』
『もういいよ。 投げ出してしまおう』
そう、言ってほしかったんだろ? なぁ。
最後の一節だけ口ずさむ。
ダメだ折角止まったのに。
「僕は何も悪くないのに……なんでなんで」
勉強でもなんでもいい。
僕に何かタスクをください。
ドアを叩く音がした。
シャツの袖で涙を拭く。
「朝ごはんです」
味がしない。
色々な食感の砂を噛んでるみたいだ。
「少しここの説明をします」
頷く。
「三大原則がありますから必ず守ってください。一つ目は保護所から出ようとしないこと。二つ目、私語は禁止です。自身の境遇を話すことはNGです。三つ目はαに無闇に寄り付かないこと」
どれもする気ないです。
「それなら問題ありませんね」
もぐもぐと砂を飲み込んでいく。
これを解いといてくださいと渡されたプリント。
内容を斜め読みする。
こんなの一瞬で終わるじゃないか。
すぐ暇になる。
また思い出して涙が溢れてくる。
神さま、信じてないけど。
お願いです、会った瞬間死ぬとしてももう一度だけでもいいからりっくんに会わせてください。
僕は結局、この日はりっくんに会えなかった。
保険医さんに身長と体重を計られる。
そして最後にお決まりの問い。
「ねえ、番の子とえっちした?」
こいつら両親が死んだ子どものメンタルケアする気ないな。
多分こういうタイプの問いかけの方が両親が死んだ理由聞かれた回数より多い。
その日の午後、新しい男の子が入ってきた。
三つ下らしい。
明るく白に近い金髪とファイヤーオパールの瞳。
ほぼ確実にΩ。
首は真っ白。
まだ純粋だと思う。
彼とはルームメイトとなった。
質問されたけど職員さんに聞いたら?と返す。
面倒ごとは御免だ。
ただでさえ昨日の夜に「おつかれさま」って言っただけで口の軽い職員がみんなにバラしたから変に注目されてるのに。
誰だプライベートな話禁止だって言ったやつ。
布団に入り壁に身体をぶつける。
唯一できる自傷行為。
部屋の外で掃除機と洗濯機、人の歩く音が聞こえた。
眠れない。
りっくんに会いたい。
人の心を失っていく感触。
冷たく鈍く、脈がゆっくりになっていく。
気持ち悪い。
吐き気がした。
その日は朝から熱ぽかった。
体温を測ると37.6°c。
休みたい。
けれど「それくらいなら大丈夫よ」
相手にしてもらえなかった。
いつも通り洗面所の掃除をする。
重たい身体を引きずって。
意識が朦朧とする。
水もろくに取らせてもらえない。
ここ余程のブラック企業だな。
お昼を回る。
おやつを食べてるとどこかで大きな音がした。
ふわり。
覚えのある香り。
ここでするはずのない匂い。
待ち焦がれてた。
僕が大好きなフェロモン。
運命の匂い。
見ると、後ろの席であのΩの子が息を荒くしてる。
あー、僕も分かる。
これりっくん相当気が立ってるなー。
苛立つとフェロモンが無意識的に過剰分泌されるから。
そーっと手を洗うついでにドアの向こうに聞き耳を立てる。
「うちの妻を返してください!」
「なんでですか、ただの番でしょ? 私たちには保護の義務があります」
「これでもダメですか?」
「……わかりました」
番の成立を示す医者からの血液検査結果紙があれば妻側の許可なく婚姻できる。
Ω差別の法律がまさかこんなとこで役に立つなんて。
さてと……職員さんに呼ばれたし僕も準備するかな。
あったかい。
陽だまりの匂いが僕を包む。
「りっくん! りっくん!!」
涙が止まらない。
りっくんのお母さんの車に乗り込む。
前は少し嫌だったタバコの残り香も今は生活感を感じて愛おしい。
涙でくじゃぐしゃの顔を見られたくなくて着替えた私服に埋めた。
「辛かったね。 大丈夫。 私がいるよ」
頭を撫でられる。
嗚咽が漏れた。
「りっくんのバカ……」
「なんでだー」
不服って声。
だって、助けに来るの遅いし一人で婚姻届出しに行っちゃうし。
「仕方ないだろ、夜空を救出する最善がこれだったんだ」
それに、ヒーローは遅れてやってくるっていうし?
言い終わった瞬間にりっくんの顔が朱に染まる。
自分で言っときながら恥ずかしくなったパターンだ。
「可愛いやつ。 無理しなくていいよ」
りっくんが逆に顔を埋めたから頭を撫でる。
「ありがとう、これからもよろしくね」
うーと唸る彼の硬めの髪に唇を落とした。
とりあえず一章終了です!
これからは過去編を上げていこうと思っています。
引き続き「バースたちの恋愛日記」をよろしくお願いします!!
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