Pale of darkness,Violet crescent moon.
深夜のバール
どこかエキゾチックな匂い
アルコール
駆け引き
123本の煙草
濡ぼつ瞳
淫らな会話
あたしの日常
いつもの匂い
あたしが家を飛び出して
あなたに飛び込んだ日
ついさっきの、遠い昔
無知で世間知らずの、何も知り得なかったあの頃
あなたは突然あたしの目の前に現れたのよ
あれから、どれくらいの月日が過ぎたのかしら
薄っぺらなサテンのミニワンピース
目のちらつくショッキングピンクも含めて、もうすっかり肌に馴染んだ
それくらい、忘却の彼方
旧家の娘より、場末の酒場のウエイトレスへの華麗なる変身
でも案外、こっちの方が性にあっているのかもしれないわ
そんなあたしをいつもの席で待つあなた
仕事終わりにそこでグラスを傾けるのが、二人の始まりの合図
「それは秘密よ」
なんて、余裕めいた囁きはあたしの口癖
あなたが時々投げ掛ける、たわいもない疑問
無口なあなたが興味なさげに今日も問う
だからあたしは微笑みすら浮かべて、あなたに応える
本当は、ただ曝け出せないだけのくせにね
だってあたしはあなたで形成されていて
あたしからあなたを奪ったら、跡形もなく消えてしまうじゃない?
でも、それもまぁ、いいかもしれない
どうせあたしはあなた以外、固執も執着もしやしないのだから
頑なに、それでいてやんわりと瞳を閉じる
あたしの世界
ほら、あなたとたった二人きりの息苦しいほど狭い世界
どうしてあなたの周りには、こんなにも菫色が蔓延っているのだろう
あなたを取り巻くぬるい紫煙
あなたが作るラッキーナンバーセブン
あなたと同化したアメジストのペンダント
あたしは、あなたの吐き出す靄に抱かれ、あなたを感じ
あなたのカクテルを飲み干し、あなたを味わい
あなたの胸元にある水晶に、そっと、祈りを捧げる
そしてそして、ヴァイオレット・フィズ・レイク
あたしはいつの間にか溺れていたみたい
あなたという、紫色した、だだっ広い湖で
呼吸が乱れ、酸素を欲する躰
それでも、そのまま溺れ続けて、止まっているのはなぜかしら?
永遠に謎のままの、既に答えのある問いかけ
あなたのものになってから、もう何万回も繰り返している
なんとなく、あたしはあなたを盗み見たくなって
そっと、ゆっくりと、瞼を持ち上げる
すると、此方をじっとみつめるあなたと視線が交わって
負けん気の強いあたしは、あなたの眼差しに黙秘を続けて
ただずっと、その瞬間に酔いしれる
「欲しいんだろ?」
二人の静寂を打ち破ったのは、あたしの本心を口にしたあなた
まんまと見破られたあたしの血液は急激な逆流を始めて、酷い羞恥心と懐疑心と憤慨に見舞われる
憤りはそのまま、右手に流れ
気づいたら、あなたの頬を強く打っていた
深夜のバール
どこかオリエンタルな香りが漂う
ここは腐った天国
喧騒のごった返し
ろくでなしの吹き溜まり
あたしたちのやりとりなど日常に溢れる
あたしが染め上げたあなたの頬をみつめる
朱色に染まる、あなたの頬を
すぐそばにある、不敵な微笑みを
憎たらしいくらいの、肉欲的な微笑みを
「欲しいクセに」
いつの間にか掴まれていた右手は引き寄せられ
嘲笑するみたいなあなたの台詞は、容易くあたしを麻痺させる
「じゃあ、よこしなさいよ」
あなたの腕を振り払い、あたしは媚薬混じりの視線を見据える
あたしを征する瞳
決して逃れられない呪縛
そんなあなたにまた腹が立ち、再び右手でその頬を打つ
と同時に、貪るように唇を奪う
すべらかな舌の動きも
ほろ苦いあなたの唾液も
私の腰を掴む湿り気を帯びた掌も
足りなくて、いつの間にかあたしはあなたの膝の上で、あなたをもっと欲していて
快楽の震えを抑えたくて、あなたの首筋を柔く食む
「さぁ、もう帰ろう」
たっぷりとした肉感を味わうが如く、あたしの太股を一撫ぜ
それから、あなたの呪文
魔法は効果覿面
跨がっていたあなたから離れるあたしは、まるで操り人形
ふらついた足元は、甘い痺れの余韻のせい
倒れ込みそうになる木偶の坊のあたしは、すがるようにあなたにしがみつく
「お望み通り、全部やるよ」
口づけの代わりに耳許に落とされた、あたしの願望
見上げれば、艶めく瞳が三日月みたい
まだ五月蝿い酒場の中にいるのに、あたしは月を仰ぐ
店の外は、しんとした菫色の闇
とっぷり更けた夜の小路を並んで歩く
深夜の帳は一面の菫畑
輝く星はまるで蝶のよう
マイ ラヴァー
ミスター ヴァイオレット
あなたが夜に溶け込む前に
一度は必ず抱きしめて
あなたが消えるその前に
月明かりの下で、きつく抱きしめさせて
体温に身を委せ
目を瞑れば
ここはヴァイオレット・フィズ・レイク
いつまでも、あなたの湖畔で待っているから
はやく、目覚めの接吻を
菫色の夜に寝そべって、あなた色の夢をみる
美しすぎるあなたの夢を、永遠に
こんな風にしたいなぁ、という願望のまま書き連ねました。
感想戴ければ幸いでございます。