ツンのデレがアレしまして
「それで、次にどこへ行くか、だな」
宿の食堂に集まった四人は一枚の地図を覗き込んでいた。バスダを含む、この地方一帯の地図で、山脈より南側の平野を中心に描かれている。
「一番近い所で冒険者ギルドが置かれているのはこのモンダールだな。だが、バスダからそんなに離れていないから、商人も行き来しているし、ご同業の移動も多い」
「ここでの話を知ってる奴にも会うかもしれないな」
「それならその先のモンデストか、アーミラン?」
彼らが相談しているのは、冒険者としての活動の拠点を移す先だった。
今回、仙治盗難事件に関して、ヒンデルはお咎めなしということになった。というよりも関わっていた事実すら無かったことになっている。
ヒンデルが金や権力を使ってもみ消したということではなく、被害者である四人と仙治自身が口を噤んだ形となる。
ただの冒険者が古代文明の遺産を所持していること、しかもそれが意思を持って喋ることが大っぴらに知られると、厄介ごとの種になるであろうことは、誰しも容易に想像できる。
そのため、店主にも口裏を合わせてもらい、盗まれたのは店で売られていた普通の装備だったということにして、仙治のことは伏せることにしたのだった。
当然、ヒンデルが関わっていることを証言する者が居ないため、彼の名前が出てくることは無い。
実行犯である盗賊、スライもまだ捕まっていない。仙治たちは知る由もないが、既にヒンデルの元を離れバスダの町を出ているため、この先、捕まることもないだろう。
自警団は各々の町の治安を守ることが目的の組織で、現代の警察のように広域に指名手配を行うといった捜査を行うわけではないのだった。
しかし、事件をうやむやにしたせいで、色々と噂が立つことになってしまった。
どうしてただの鍛冶屋から装備が盗まれたのか。何かがあれば色々と詮索する人間は、いつの時代どんな場所にでも居る。
そもそも以前から、彼ら四人は冒険者の中でも話題になっていたのだ。
重傷を負った仲間三人を担いでダンジョンを脱出した怪力魔法使いの少女。
実力的に敵わないはずの女性型モンスターを生け捕り。
つまるところ、彼らは悪目立ちしていたのだ。
そして今回の事件である。他の冒険者たちが店を出入りする彼らを目撃していたため、不確定な噂と言う形ではあるが、今回の話に関わっていることは、察しの良い者には知られてしまっていた。
まだ噂だけとはいえ、大勢の好奇の目に晒されながら冒険者稼業をしつつ仙治のことを隠し通すのは、さすがに難しい話だった。
その上、ヒンデルが仙治のことを諦めたとも限らない。今度は直接四人に対して、何かをして来る前に、彼の手の届かない所へ逃げる算段だった。
「まったく……悪いことしてるわけでもないのに、なんで私たちがこそこそ逃げださなきゃいけないわけ?」
「そう言うなって。どうせそのうち世界中を回る予定だったんだからさ」
「そうだったのか。四人は旅をするために冒険者になったのか?」
仙治としては何気ない疑問のつもりだったが、四人は言葉を止め、互いに顔を見合わせる。
ゲームの世界にも登場するボジャン、モック、リリカ、ナナミはこの世界同様に四人でパーティを組んでいる初級冒険者である。ゲーム序盤に登場し、声をかければプレイヤーに同行させることが可能だ。
一緒に戦っていればレベルも上がるため、終盤まで連れ回せるのだが、残念ながらメインストーリーに関わる重要キャラクターというわけではない。
メインキャラには、その人物の背景などについて色々と細かな設定もあるのだが、サブキャラクターである四人には、適当に二、三行程度の解説があるのみだ。
どうして冒険者になったのか、という重要な動機なども、特に設定されていなかった。
「センジも俺たちの仲間みたいなもんだし、きちんと話しておくか」
「そうね。私たち四人は、同じ村の出身なの。それで、ある物を探すために冒険者になったのよ」
「幼馴染だったのか。それで、ある物って?」
「強力な呪いを解ける道具か、人を探しているの」
「呪い……聖水じゃダメってことか?」
「近くの霊山の聖水はもう試したけど、全然効かなかったの。もっと力のある神様の聖水か、あるいはもっと別のなにかが必要みたい」
ラブラディア伝説の世界には、キリスト教などをモチーフにした世界宗教は存在しない。精霊や神さま、それに準じた強力な存在が、山や森といった自然の中に暮らしているため、それぞれの土地でそういった存在を崇拝するため一神教という概念がまず無かった。
ちなみに女性型の精霊などはエッチが可能で、一部特殊なギフトの条件でもある。
神の暮らす聖域にある物には、その神の力が宿っている。水や木や石といったそう言った物品は特別な力が宿り、他の力を退けることが出来る。
ゲーム的には呪いを始め、状態異常、デバフを解除するための消費アイテムということになるが、聖水なら聖水と言う枠ですべてスタックされる。どこの産地か、どの神さまの力を持った物か、力の強さなどでは分けられてはいなかった。
(消費アイテムが効かない呪い……ゲームで考えれば、サブクエストなんかのイベント的な扱いだな。特定のアイテムを取ってくる必要があるのか)
ゲーム中には無かった四人の目的、当然、ゲームの知識しかない仙治にはそのアイテムがなんなのか、そもそも存在するのかもわからない。
「当てはあるのか?」
「とりあえずは大陸中央の大霊山、ミダストラータの聖水だな」
「大陸で一番大きな聖域だから、効き目も強いと思うの。それでもダメなら聖水以外の手段を探すわ」
ミダストラータはゲームにも出てくる言葉だ。この世界で一番高い山の名前であり、同じ名前の強力な神が住まうことで有名、という設定だ。メインストーリーにも関わってくる重要キャラだが、まだ仙治はそこまで進めていないので詳細まではわからない。
「ところで、その呪いがかかってるのって誰なんだ? 四人ともそういう風には見えないが」
「あー……俺の姉貴がな、ちょっと色々あって」
そこでその先は言い淀むボジャン。他の三人も難しい顔で口を閉じる。
どんなに鈍感な人間でもさすがに空気を読む場面だと察して、仙治は自分から話題を変える。
「……俺に出来ることがあれば手伝うよ。つっても、こんな身体じゃ出来ることは限られてるが」
「何言ってるんだよ、既に十分すぎるくらいだぜ、へへ」
「ほら、私たちの話はもういいでしょ。行き先を決めないと」
ぎこちなく笑うボジャンの代わりに、リリカが場を仕切る。
「まずはモンデストに行って、そこでしばらく仕事をするかすぐ移動するか、その時決めれば良いんじゃないか?」
仙治はゲーム序盤にあたるこの辺りのイベントについてプレイ中の記憶を思い返しながら、試しにそう提案してみる。
この世界はゲームと全く同じとはいかないが、それでも重なる部分は多いため、もしかしたら彼の知っているキャラクターに会える可能性もある。
そしてモンデストには、プレイ中の彼のお気に入りだったキャラがいるのだ。
(おっぱい揉めれば、とまでは言わない。リアルに動いているところが見たい!)
そんな些細な下心は知る由もなく、リリカはすぐに頷く。
「そうね、実際に行ってからでないとわからないこともあるだろうし……みんなはどう?」
「私は異議無し」
「ああ、それでいいだろう」
「決まり! それじゃあ予定通り、明日は朝一で船着き場集合ね」
幸いと言うべきか、鍛冶屋の一件で路銀に余裕があるおかげで、次の町までは船に乗って移動することになっていた。
バスダの町を貫いて南北に流れる川は、そのまま平野を縦断して海に注ぐ。川沿いには点々と町が並んでいて、今回は二つ先の町であるモンシアまでの船旅だ。
モンデストはバスダからは南西の位置にある。モンシアまで川を下った後は、陸路を西に、モンダールなどの町を経由して数日間は歩き続ける旅になる。
「みんな、旅には慣れてるのか?」
「何日もかかる長旅は初めてね」
「村を出てバスダに来るまで半日かかったんだが、あの時はリリカがうるさかったな。疲れたーもう歩けなーいって」
「だ、だってあんなに大変だとは思ってなかったのよ!」
「そのくせモックが背負ってやろうかって言っても断るし」
「だって……そこまで頼るわけにもいかないじゃない。これから一緒に冒険者やっていく仲間になるっていうのに、いつまでも友達のままじゃダメよ」
「でも、仲間なら遠慮も良くない」
「それはそうだけど……」
「……でも、ボジャンが言ったのなら、素直に聞いたんじゃないか?」
モックがぼそりと呟いた言葉に、リリカの顔がさっと赤く染まる。
「は、はぁ!? ちょっと何言って……っ!」
「おいおいモック、そんなわけないだろう。俺がリリカを背負おうとしたら、ビンタ喰らって終わりじゃないか」
「そう、か……」
「リリカは昔から何かっていうと、いつも俺につっかかってくるんだよな」
「い、いつもってわけじゃ……!」
「さすがに物心ついてからずっとだし、もう慣れたけどさ。あんまりわがままばっかり言ってると、嫁の貰い手も無くっちまうぜ?」
「……っ!」
リリカは椅子を蹴るように立ち上がると、赤い顔のまま自分の部屋に戻って行ってしまった。
(おやおや? これはもしかしなくても?)
「……なんであんなに怒ってるんだ、あいつ?」
「今のはボジャンが悪い」
「なんでだよ!」
「俺もボジャンのせいだと思う」
「えぇ……モックまで? なんだってんだよ、みんなして」
話し合いはそこで終わり、解散して各自荷造りをすることになった。
といっても駆け出し冒険者である彼らには、大した荷物も無い。旅のための道具や食料を新たに買い込み、それぞれが分担して持って行くくらいだ。
それも途中、大きな町をいくつも経由するため、途中で消耗品を買い足す計算で行けば、万一の備えを含めても荷物はかなり抑えられる。
ナナミの部屋で、彼女が背負い鞄に荷物を詰めるのを見ていた仙治は、興味本位に聞いてみた。
「ボジャンとリリカって、昔からああなのか?」
「……詮索は良くない」
「それはわかってるんだが、あそこまであからさまに見せつけられるとな」
「……私たち四人は、歳が近かったから村でもずっと一緒だった。あんな感じになったのはもう結構前から」
「やっぱりそうなんだな」
ゲームの記憶を思い返して、仙治は奇妙な感慨を得る。
アダルトな内容のゲームであるラブラディア伝説では、恋愛にまつわる要素はかなり明確に描写されていた。処女だと思ったら実は……のような一部のプレイヤーを「発狂」させかねない状況への配慮と言える。
そんなゲームの中で、リリカにはボジャンとの恋愛関係を匂わすような言葉はまったく無かった。
そもそも四人が一緒の出身地であることすら設定には書かれていない。だが、生家の無い人間なんてものは現実には居ない。
どういう理屈や原理がそこに介在しているのか、仙治にはさっぱりわからなかったが、そうした「ゲーム側の不足」を埋めた世界がここに現実の世界として存在しており、それによってゲームには無かった人間関係まで構築されているのだ。
「なんていうかもどかしいな、あの二人は」
「当人たちの問題。周りがうるさく言っても、悪いことになるだけ」
「……まぁ、そうだよな」
淡々とした口調のナナミに言い切られ、仙治はそれ以上は何も言えなくなってしまう。