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伝説の装備が最強装備じゃない時もある

 先日、女性型モンスターを捕獲したことで思わぬ臨時収入を得た四人の冒険者たちは、新しい装備を買い揃えるために店を回っていた。

 彼らが拠点にしている町、バスダはダンジョンが近くにあるため冒険者の集まる場所ではあるが、もともとが鉄鋼の町として栄えていた。ダンジョンであるバスダ坑道も、もとはと言えば鉄鉱石の鉱脈であり、ダンジョンから離れた場所の別の鉱脈からは現在も採掘が続けられている。

 町の中央通り、鉄鉱石を集積している取引所のすぐ近くには、必然、鍛冶屋が多く立ち並んでいる。四人はそこで、以前にも武器を仕入れた鍛冶屋に赴いていた。

 ファンタジーなゲームの世界で鍛冶屋と言えば、


「なんだおめえら、ついこないだ剣を買ってったばかりだろう? まさかもう壊したのか! ガハハハ!」


 たっぷりの口ひげを揺らしながら大音声で笑っているのは、身長がモックの半分ほどしかないずんぐりむっくりの亜人、ドワーフだ。

 短くも太く筋肉質な手足だが意外にも器用、というのはファンタジー作品の伝統的なドワーフ像のまま、ラブラディア伝説においても彼らは優れた鍛冶や細工の腕を持つ種族として登場している。

 一般的にはドワーフの女性も髭面などという設定もあるが、そこはアダルトゲームらしく、女性は小柄な点を除けば普通の人間と変わらない容姿ということになっていた。


 だがしかし、それはあくまでゲームの話、この世界でもそっくりそのままとは限らない……などと心配していた仙治だったが、鍛冶屋街を訪れるとゲームと変わらず小柄な女性たちが大勢いたのでほっと胸を撫でおろした。胸当てなので胸自体は無いのだが。


「違うってオヤジさん、今回は鉄製の防具を買おうと思ってね」

「もう一丁前に鉄の防具を着るようになったか! 普通の冒険者はそんな余裕出来るまで、何カ月もかかるもんだがなぁ。いや、俺の見込み以上だぜ!」

「へへへ、ちょっとばかり幸運の女神さまに出会ってね」

「その女神様、しわくちゃだったけどね」

「ババアの女神さまにおこづかいでも貰ったんか! ハッハァ、そいつあいい!」


 四人が使っていた装備は剣などは鉄製だったが、防具はほとんどが革製だった。単純に冒険者として仕事をこなす前には金が無かったというのが理由だ。


 店内を見て回ったボジャンたちは、物色した防具を店主のドワーフに渡していく。


「これのサイズ合わせを頼むぜ」


 ゲームの世界には既製品という概念は、意識すらされない常識として無視されている。すなわち、防具などはフリーサイズで誰でも装備できる。サイズの概念を持ち込んでしまうとゲームが面倒くさくなるだけなので、ある程度現実を無視しているのは仕方がない面と言える。

 だが、現実的な世界でもそれが通用するわけではない。鎧などはきちんと寸法を合わせて仕立てなければ、身に着けるのに難儀することになる。

 伸縮や変形が可能な布や革ならともかく、金属の鎧は特に身体にフィットさせる必要があった。


「ひのふのみ……これだけでいいんか? これだと三人分だと思うが」

「ああ、ナナミの分は別であるんだ。それでちょいと相談があるんだが……ちょっと秘密の話は出来るかい?」

「ふむ? こっちゃこい、採寸のついでに聞いてやる」


 店主に手招きされ、四人は店の奥の工房に入っていった。

 彼らが通されたのは作業机と様々な材料が置かれた部屋。細かな細工や革の加工などを行う作業場だ。数人のドワーフや人間の子供が作業をしていたが、店主に言われて部屋を出ていく。

 その部屋から見える庭には、離れに別の小屋が建てられている。そちらは入り口から赤い光がゆらゆらと漏れ出ており、カンカンと甲高い金属音が聴こえていた。

 巻き尺でそれぞれの身体のパーツの長さを計られている間、ナナミは鞄から取り出した鉄の胸当て……仙治の転じたそれを店主に見せる。


「どうも」

「ほう? ほうほうほうほう?」


 受け取った胸当てが急に喋り出しても驚くこともなく、店主は舐めるように観察する。


「古代文明の遺産か! こいつは掘り出しもんだ!」

「シーッ、オヤジさん! 声でかいって!」

「おお、すまんすまん。秘密の話だったな」

「はぁ……しかし、見ただけでわかるのか? 鑑定魔法も使わずに」

「おうとも、実物を見るのは初めてだがな。この裏の隅っこのここのところ、この刻印が見えるか?」

「うーん……何か、変な模様が彫り込まれてる……?」

「そいつは古代文明のある名工の刻印だ。同じものを過去の記録で見たことがある」


 店主は無遠慮に太い指であちこち胸当てをいじくり回していく。裏面をぐりぐりと擦られると触手がざわざわと動き出した。


「あだだだっ……ちょ、力強いって」

「ほほう……こいつは、触装武具というやつか。だが、喋る武具というのは聞いたことも無い……いや、一個だけあったか」

「ひょっとして、伝説の魔剣のことかい?」

「そうだ、意思を持った魔剣スロースラウム」

「あれは伝説……というか、おとぎ話じゃないか」


 ボジャンが肩をすくめてそう呟くと、店主は片眉を跳ね上げ、鼻を鳴らす。


「フゥン、人間は自分たちのかつての英雄をそんな風に思ってるのか。俺たちドワーフの間では、本当にあった昔話として語り継がれとるんだがな」

「伝説って、ラブラディア?」

「センジも知ってるのか? もしかして、実際にその勇者に会ったとか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 ラブラディア伝説。

 それはこの世界の元となっているであろうゲームタイトルであると同時に、その世界のかつての勇者の伝説のことでもある。

 昔、突如として現れた魔王を退治したという勇者、ラブラディア。彼が手にしていた武器こそ、意思を持った喋る魔剣スロースラウムだった。

 ゲームではスロースラウムは現存しており、ストーリークエストを進めて行くと中盤あたりで登場する。プレイヤーは装備として手に入れることは出来ず、伝説の語り部として会話が用意されている。

 その先はゲームの佳境、復活した魔王との戦いへと突入していくのだが、仙治は寄り道ばかりしているせいで、ストーリーはまだそこまで攻略できていなかった。

 ゲーム自体、サイドクエストが充実しているということもあるが、そもそもラブラディア伝説はアダルトゲームである。各所で出てくる女性たちが魅力的なため、寄り道せずにすぐにクリアしてしまうプレイヤーの方が稀有とも言えた。


「あー……その、伝説もただのおとぎ話ってことはないんじゃないか。少なくとも、大昔に実際あった話に尾ひれがついて大げさになったとか」

「そうだな。実際にセンジみたいな喋る武具がいるわけだし」


(そうだ。考えてみたら、俺みたいに物やモンスターに憑依した他の人間がいる可能性だって捨てきれない。あるいは、スロースラウムも憑依した元人間かもしれないじゃないか)


 今の自分の状況を、仙治はまだよく理解できていない。だが、もしもスロースラウムや他の憑依した人間に詳しい話を聞くことが出来たなら。

 ろくに動けない胸当てではなく、もっと他の物に憑依……もっといえば、人間の肉体に戻ることも可能なのではないか。望みは小さいかもしれないが、ゼロではないはずだった。


(……そのうち、スロースラウムに会いに行きたいな)


「で、こいつを仕立て直しして欲しいって話か?」

「それもだけど、胸当ての内側を革か何かで覆えない?」

「内側を? ……ああ、なるほどなぁ」


 ナナミの顔とうねうねと蠢いている触手を見比べて、察した店主は一つ頷き、親指を立ててニカッと笑う。


「そんくらいはお安い御用だ」

「じゃあ、お願い」

「そうだな、全部で三日もあれば終わるはずだ。そのときにまた来い」

「前金はこれで足りるか?」

「おう、毎度あり!」


 代金の一部と共に仙治を店主に預け、四人は定宿へと戻っていった。




 夜が更け、家々の明かりがほとんど落ちた後。星明りだけが照らすバスダの町を、夜闇に紛れて走る人影が一つ。

 細身を全身黒ずくめにした男が、音もなく鍛冶屋街を駆け抜ける。ドワーフたちが高いびきを上げる中、動く者はその男一人だけ。

 男はある店の前で足を止めた。そこは昼間にボジャンたちが訪れた店だった。

 そっと路地に入り、店の裏手の庭に回った。閉じられた勝手口のドアノブを回すが、鍵がかかっている。

 だが、男が懐から取り出した細長いもので鍵を弄ると、ものの数秒で鍵が開いてしまった。

 そこから男はさらに慎重に、抜き足差し足、店の中へ侵入していく。

 灯りの無い作業場の奥、星明りに照らされて机の陰に積まれた様々な武具の山がある。そこへ近づくと武具を手に取り、しかしすぐに横に置いた。

 そして音もなく山を崩していき、ある物を手に取ったところで動きを止めた。

 鉄の胸当て……仙治だ。

 見知らぬ相手に持ち上げられている状況で、しかし仙治は何も言わない。ぐっすり眠っているからだ。

 彼は今の身体になってからも、夜には普通に眠くなり、睡眠を取ることも出来た。

 男は慎重に胸当てを眺めていたが、


「んん……なんだ? まだ夜じゃないか……」

「――ッ!?」


 不意に聞こえてきた人の声に驚き、作業場を見渡す。だが、他には人はおろか鼠の類も見当たらない。


「……ん? 誰だ?」


 ようやく手元の胸当てが喋っていることに気付く侵入者。そして寝ぼけていた仙治の意識も目覚めてくる。

 誰もが寝静まった夜、見知らぬ相手、周りに無造作に散らばった他の武具。その状況から思い浮かぶ言葉は、


「……泥棒だ―――ッッ!!」


 精一杯の大声で仙治が叫ぶと同時に男が走り出した。ドアを蹴り開け外に飛び出した男は塀や壁を蹴りあがり、屋根の上を走り出した。

 少し遅れてドワーフたちが店の外に出て騒ぎ始めたが、その時にはもう男の姿は何件も離れた建物の上にあった。


「こっちだ! 泥棒だ!」

「……っ」

「泥棒! 助けてくれー!」

「クソッ、おい! 静かにしろ!」


 叫び続ける仙治にさすがに苛立った声で男が囁く。

 人間であれば口を塞ぐなり意識を奪うなりといった方法も考えられたが、胸当てが相手では黙らせ方もわからなかった。


「そう言われて大人しくすると思うか? 諦めて俺を置いて行け! おーいこっちだ!」

「……チィッ!」


 仙治の叫び声のせいで、走り続ける男の行く先々で、人の声が聞こえてくる。

 まだ追いかけてくるような者はいないが、この調子で叫び続けられては潜伏することは難しい。


「……仕方がない」

「お? 置いていく気になったか?」


 仙治の言葉には答えず、男はバスダの町の西に逃げると、そこに流れる川に向かって身を躍らせた。


「なっ……」


 夜の川は上から見ると、ほとんど光を映さず真っ暗闇のように見えた。その闇の中に吸い込まれるように飛び込んでいく男と共に、仙治は水の中に入っていった。


「おーい! 泥棒だ! おーい!」


 胸当てである仙治には呼吸は必要ではなかったため、水の中でも叫ぶことは出来た。だが、それが水の外まできちんと聞こえるかどうかとなると別問題だった。

 水面に頭だけを出した男は、水に遮られてくぐもった声がほとんどかなり小さくなっていることを確かめると、そのまま川の流れに乗って下流に向けて泳ぎ出した。


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