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受付嬢ってやっぱりどこも顔で選ばれてるんだろうか

 ナナミと仙治が魔法屋でサリエナに話をした翌日。

 冒険者ギルドの大量の依頼書が張り出された掲示板の前に、モックとナナミの姿があった。


 かつて、モン王国は広大な平野一帯をすべて統治していたとされるが、現在では多くの領主がそれぞれに領地を治める状況となっている。領主間の小競り合い、領土を奪い合うような戦争と言うものも時折起きているが、再びこの地に覇権を得ようという野心家は現れていない。

 モン川の岸にあるモンシアは商業で栄える町である。

 大きな川を利用した水運と、平野に整備された陸路の交わる交通の要衝となっている。初代モン王が築いたとされる城があり、今はこの地の領主の居城となっている。

 そんなモンシアでは冒険者の需要は高い。冒険者ギルドの建物もバスダの物より立派なもので、多くの冒険者がひっきりなしに出入りしていた。


 張り出されている依頼は、その多くが町の外での資源採集や農地周辺のモンスターの狩りとなっている。町を行き交う人たちの護衛などの仕事はあまり多くない。

 荷運び依頼と事情は同じで、定期的な往来を行う貿易商は寄り集まって隊商を作り、一般人もその隊商に相乗りするのが基本のため、冒険者を護衛にするのはよほど急ぎの用がある場合だけだ。

 だが、そういった依頼も何件か並んでいるあたりは、人の多い都市ならではと言えた。


(ゲームじゃこんなに雑多な依頼書を見るなんてことは無いよなぁ)


 プレイヤーのレベルやシナリオの進行度に合わせて依頼が更新されるゲームでは、難易度順にソートされたウインドウ画面から選んでぽんの親切仕様だが、掲示板に張り出される依頼書はそんな整理などもちろんされておらず、見づらいことこの上ない。

 仙治にもこの世界の文字が読める、と言うことはすでに確認していた。明らかに見知らぬ文字なのに、その意味が日本語を読むようにするりと理解できる。仕組みはわからなかったが、転生した時にそのようになったのだ、ということだけは確かであろう。


 彼女たちが仕事の依頼を探しているのは、もちろん路銀の足しにするためだ。

 色々な事件があったせいで懐に多少の余裕はあるものの、今後の計画が行き当たりばったりなこともあって、道中で稼げるときに稼いでおくというのも予定のうちだった。同時に、まだまだ駆け出しの域を脱していない彼らにとって、仕事をこなすこと自体が修行の意味合いもある。


 仙治が最近ようやく気付いたこととして、この世界にはゲームのようなレベルの概念は無かった。

 モンスターと戦えば経験値が入ってレベルが上がりステータスが増える、という単純なシステムなどは存在しない。

 しかし、依頼や戦いを繰り返すのが無意味と言うこともない。戦い続けることで次第に勘は身に付き、肉体的にも鍛えられ、場合によっては持っているギフトが進化したり、新たに芽生えることもあり得る。

 そうした地道な努力による成長は、システム的に制御されたものではないにしても、やはりゲームと大して変わらない。


「すみません、少しよろしいですか?」


 不意に横合いから聞こえてきた声にナナミが振り向くと、冒険者ギルドの受付嬢が近づいてくるところだった。

 パッと見た瞬間に美人という感想が出てくる華やかな容姿に長く尖った耳。ファンタジー定番の種族、エルフだ。

 しかもその受付嬢はかなりスタイルがよく、出るところはかなり出ていた。


(ナナミと同じ……いや、もしかしたら大きいかもしれない)


 周囲の男の冒険者たちも盗み見ているが、その動きは他人からはバレバレだ。とはいえ、それも無理からぬことだと思えるほど、そのエルフのスタイルと美しさは際立っていた。

 ゲームではあまり派手な個性を持たないモブポジションの受付嬢だが、モブ扱いするには勿体無いほどの美女が現れることもあるようだ。


(……ん?)


 そんなことを考えている仙治を、ナナミがジト目で見下ろしていた。そのことに彼が気付くと、すぐに目を逸らして受付嬢の方を向く。


「なに?」

「ナナミさんですね? 当ギルドで受付を担当しているアイナシーアと申します。先日の輸送船団襲撃の件でお話がありまして」


 アイナシーアは片手に持っていた書類を胸元に構えて覗き込みながら、もう一方の手で軽く髪を掻き分けた。それだけで周りの男たちからため息が漏れる。

 明らかに男たちの目があることをを意識した女の所作……日頃から受付嬢として冒険者たちの応対をしているうちに身に着けたものだろう。

 腕に押されて少したわんだ胸元に、仙治の意識が持っていかれる。普段、あまりそういった表情を見せないモックでさえ、押し黙ったまま少し鼻の下を伸ばしていた。


「……」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、なにも」


 胸当てを見下ろしているナナミにアイナシーアは首をかしげるが、気を取り直して話を続ける。


「ナナミさんが救助されたうちの一人、マッカン様がお礼のために晩餐会へご招待したいということです」

「……マッカン?」

「商人の方です。目抜き通りで食料品店を営んでいらっしゃいます」


 商人という言葉に引っかかったナナミは、モックと顔を見合わせた。お互いに何も言わないものの、意見は合っていた。


「ギルドから断っておいてもらえる?」

「あら、いいんですか? 大店の若旦那ですから、この機会にお近づきになるのも悪くないと思いますけど」


 人脈があるとそこから仕事が舞い込む可能性も出てくるため、知り合っておいて損は無いというのは一般的な思考である。アイナシーアのセリフもおせっかいと言うよりごく当たり前の反応だった。

 冒険者の仕事はギルドに立ち寄って掲示板から探す以外に、直接に指名を受けるということもあった。それが大手の商人ともなれば、当然依頼料が高くなってくる。

 覚えが良ければそのまま隊商の専属護衛団へのスカウトなど、チャンスにも繋がるのだからここは逃せない、と考えるのが多くの冒険者の考え方だろう。


「すぐに他の町へ行く予定」

「そうでしたか。でも、晩餐会へ出るだけでも……」

「田舎者だからそういうのは不慣れ」

「冒険者を招待するからには気にされないと思いますけど……わかりました。ギルドからお断りの返事をさせていただきます」


 アイナシーアはそれ以上は食い下がらず、一つ頷くと手元のメモ帳に書き込んでいく。

 冒険者ギルドは冒険者に対して仕事を斡旋するだけでなく、こうして他の人々との間を取り持つ役割もある。というよりも、依頼仲介を含む渉外全般を代行することが目的の組織とも言える。


 冒険者が自分の仕事に集中できるように、他の厄介な問題を仲立ちする。例えば依頼料の交渉や実際の支払いの保証などの、当人間だけではトラブルの種になりそうな部分を受け持つことで、冒険者の負担を軽減するわけだ。


 さらに冒険者の仕事は、資源採集などで物流にも影響し、ある程度の武力を持つため軍事的意味合いもある。

 そういった性質に直接関わってくる商人ギルドなどの他団体や、場合によっては領主などにまで干渉される可能性がある。

 そうした政治的な折衝も、やはり冒険者ギルドの役割だ。


「それともうひとつ、魔法屋のカルッカさんからご指名の依頼があります」

「カルッカ……?」

「ギルド舎の近くにある魔法屋のお婆さんです。お知り合いと聞いていたのですが」

「それならばわかる」

「よかった、こちらがその依頼書です。詳しい話は直接カルッカさんから話したいということです。依頼を受ける時はもう一度ギルドにお願いしますね。私に持ってきてもらえれば、すぐに対応いたしますから」


 一枚の紙きれをナナミに渡すと最後にゆっくり頭を下げ、隣で棒立ちのモックにもにっこり微笑んで受け付けカウンターに戻って行った。

 きっと良いにおいがするんだろうな、と嗅覚と味覚の無い仙治は、心底悔しい思いをしつつその後ろ姿を見送った。



 二人と一個は一旦、宿に戻ってボジャンとリリカの二人と合流した。


「どうして、ここに来たばっかりの俺たちを指名なんかするんだ? 怪しくないか、その依頼」


 至極まっとうなボジャンの疑問だったが、仙治にはだいたいの事情は察せられた。


「たぶん、こないだの王家の墓に絡んだ話だな」

「なんでわかるんだよ?」


 ガルダーの墓については、無事にモンシアの町で合流した時にだいたいの事はすでに話してあった。

 そして魔法屋の老婆、カルッカとその孫娘のサリエナがモン王家の末裔であることも伝える。


「事情を知らない人間を雇うと、モン王家について教えなきゃダメだろ? その辺の話はなるべく隠しておきたいみたいだから、既に関わってる俺たちに頼むってことじゃないか」

「なるほどなぁ。つっても、ナナミはともかく、俺たちもほとんどわかってないが」


 彼らが魔法屋に入ると昨日と同じく老婆と毛玉猫が迎えた。


「ギルドから言われて来た」

「おお、来てくれたかい。恩に着るよ」

「まだ依頼を受けるとは決めていない。話を聞いてから」

「そうじゃな、少し待っとくれ」


 そう言って老婆はまた鈴を鳴らしてサリエナを呼び出す。

 店の奥から現れた彼女は、相変わらず渋い顔でナナミと仙治を睨んだ後、他の三人を値踏みするように眺める。


「……こっちだ」


 促されて店の奥にある居間にあがる。二人用の小さなテーブルにサリエナが付くと、向かいにボジャンが座った。


「一緒にモン王家の墓を見に行って欲しいんだ」


 開口一番、本題を切り出してきたサリエナに対して、ボジャンが首を捻る。


「それって、ナナミが見て来たっていう例の遺跡のことか?」

「いや、ガルダー様の墓はもういい。ボクが見に行きたいのは他の墓だ」

「他にもあるのか?」

「ボジャン、あんた知らないの? モンキュスにあるダンジョン、あそこもモン王の墓って言われてるじゃない」

「ああ聞いたことあるな。中に居るモンスターがやけに大人しいから駆け出しの冒険者の練習にはもってこいって話だったか」


 ボジャンとリリカのやりとりに、軽く顔をしかめるサリエナ。

 その表情の意味を悟って仙治が口を挟む。


「他の王家の詳しい話は、みんな知らないんだ。知識があるのは俺だけだよ」

「そういうことか……」

「なんだ、まだ他にもあるのか?」

「モン王は全部で七代目まで居る。そのうち六人の墓が残ってるはずだ」

「モンキュスのダンジョンとあと一つ、モンモレールの墓地は一般の人間にも知られてる。でも、他の四か所の存在は私たち王国の末裔しか知らない……はずだったんだけど」


 じろりと仙治を一睨みすることは忘れずに、サリエナは説明を続ける。


「モンダールにある二代目モン王、ゴーグ様の墓はかなり深いダンジョンになってるんだけど、先週見に行ったら見たこと無い触手のモンスターが大量に湧いてて入ることも出来なかった」

「また触手か……まさか、センジが引き寄せてるのか?」

「なんだよその類友みたいな扱い……」

「るい……なんだって?」

「俺の国のことわざで、似たような人間は同じところに集まりやすいって意味だ」

「ふーん……それってやっぱりセンジが集めてるんじゃないか」

「そういう冗談やめてくれよ、サリエナはそういうの通じないんだから」

「おい、今ボクのことをバカにしたか?」

「してないです、はい」

「で、そこに入るのに俺たちも付き合えって?」

「こんな人数じゃ到底ムリだ。あんな数のモンスター、大規模魔法でも使わないと倒しきれないだろうな」


 サリエナはうんざりした顔で手を振りつつ、地図をテーブルに広げる。


「このモンハムシタの町の近くに五代目の墓がある。ここを見に行きたいんだけど、ボク一人じゃそこまでの旅も危険だから」


 彼女が指差した場所は、モンシアから南東の方角にあるモンハムシタの町。モンシアからは街道が繋がっているものの、間に大小複数の町を経由して結構な距離を移動することになる。


「こんだけの距離だと、歩きで五日はかかるか」

「うん、しかも途中には赤猿の森がある。だから頼みたいのは墓の探索と行き帰りの護衛だ。なるべく急ぎで行きたい」

「ふむ……」


 腕を組んで思案するボジャン。移動時間だけで往復十日、モンハムシタで墓を調べるのにも時間を掛けるとなれば、二週間弱の長い依頼になる。

 バスダを出る前に話し合っていた予定では、途中の町にはあまり滞在せずモンデストまで短期間に移動することになっていた。

 その予定自体は急遽決めたものでどうしても守る必要はないが、そのつもりで荷物などは準備をしてあるので、予定変更の影響も無いわけではない。

 しかし彼らにとってこの旅は目的こそあれど無闇に急ぐものではない。


 問題があるとすれば二点。

 サリエナの言っていた赤猿の森と呼ばれる危険地帯をこの少人数で突破すること。

 それから一般には存在が知られていない亡国の王様の墓という得体の知れないものに、近寄る危険がどのくらいか、と言うことだった。


 赤猿の森は、名前が示す通り真っ赤な体毛の猿型モンスターが暮らす森だ。ボジャンたちはその名前を聞いたことがあるくらいで、あとわかるのは危険な場所であることだけだった。


(赤猿の森なんて、ゲームにあったっけ?)


 仙治は傾げる首が無いので思考の中だけで疑問符を浮かべる。彼の記憶にそのような地名は無かった。ただ忘れているだけなのか、それともゲームには無い土地が存在するのかもわからない。

 そしてもう一つの問題である墓の詳細がわからないこと。これに関してはボジャンたちには想像すらつかない。


「……その墓って、ダンジョンになってるのか?」

「そのままであればただの地下墓らしいんだけど……他の墓みたいにモンスターが湧いてないとは言い切れないんだよな」


 ゲームと同じであれば、非常に短いダンジョン、否、ダンジョンとも呼べないような短い地下通路があるだけの墓だった。しかし、今回はゲームとは事情が違う。


「もしも誰かが人為的にモンスターを放っていたら、モンスターが現れる可能性があるってことだ」

「……それじゃあ、その墓には行ったとして、もし俺たちの手に負えないとわかればすぐに引き返す。それでもいいか?」

「墓の状況を調べるのが目的だからな。もしモンスターが居たなら、それだけわかれば充分だ」

「依頼についてはだいたいわかった。あとは……」


 ボジャンはナナミから受け取った依頼書を取り出して、その内容を読み上げる。


「依頼料は一人につき二〇〇ルク……ってなるとそこそこ高報酬だよな。見たところ、あんたも冒険者だろ? そんな報酬出せるのか?」

「婆ちゃんたち……王国の生き残りの人たちが出してくれることになってんだ。今回の件はボクたちにとって、かなり大事な問題だからさ」

「確かに、自分たちの王様の墓を荒らして回る奴が居るとしたら一大事だな」


 得心した様子で頷き、ボジャンは後ろの三人を振り返る。


「ちょっとわからないところもあって危険だが……俺は受けても良いと思うぜ、この依頼」

「あたしも賛成。冒険者の仕事に多少の危険は付き物でしょ」

「……俺も、構わない」

「私も」

「……センジはどうだ?」

「ん? 俺の意見も聞くのか?」

「あったりまえだろ。仲間なんだからな」

「うん……俺も受けていいと思う」


 ゲームのシナリオとは随分と変わってしまったが、サリエナからの依頼でモン王家の墓へ行くというのは、仙治にとって馴染みのある展開と言えた。

 しかも王家の墓には、ガルダーの墓と同様にそれぞれに王国時代の宝物が置かれているはずだった。モンハムシタにある王家の墓……第五代モン王、エトカ・モンの墓にあるのは、なんとモンスターの力を抑制するアイテムだ。

 仙治にとっては、女性モンスターを弱らせることが出来るため、胸を揉むもといギフトを略奪するために喉から手が出るほど欲しいアイテムの一つだった。


「よっしゃ、決まりだ! 短い間だが、パーティってことでよろしくなサリエナ!」

「あ、ああ……」


 ボジャンの差し出した手を、サリエナは少し戸惑いつつも握り返す。


「どうしたんだ?」

「その……ボクはいつも一人だから、あんたたちみたいなパーティ組む連中と一緒に仕事をしたことがなくて……」

「一人でモンスターと戦ってるのか? すごいな」

「べ、べつに……一人なら、危なくなったらさっさと逃げればいいから」

「はっはっは、それでも大したもんなんだから、照れるなよ」

「て、照れてるわけじゃねーし!」


 ボジャンの豪快な笑いに、口を尖らせるサリエナだが、本当に嫌がっているという風では無さそうだった。

 自分とは対応が違うなー、と少し傷付きつつ、仙治が声をかける。


「ところで依頼のことはそれで良いとして、ちょっと他に聞いておきたいことがあるんだが」

「なに?」

「俺たちが行くのはモンハムシタだけでいいのか?」


 モンキュスとモンモレールは一般人にも場所が知れ渡っていることは、先ほど言った通り。そこに居ないはずのモンスターが現れれば、周囲の人々がすくに気付くはずだ。

 残る四つの墓は一般人には秘匿されている。そのうちモンシアのガルダーの墓と、モンダールにあるゴーグの墓は確認が取れている。

 つまり、残りの二つがモンハムシタと、


「モンデストは?」


 ゲームの登場キャラの中で、仙治のお気に入りの女の子がいる町だった。当初の予定では今回の旅の一応の目的地だったが、今回の依頼を受けたことで、行くとしても先送りになってしまった。


「そっちは他の生き残りの人が見に行ってくれるらしい」

「……そうか」


 憧れの人が少し遠のき、ちょっとばかりすごく落ち込む仙治だった。


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