異世界胸揉み触手紀行とかに改題してもいいかしら
目が覚めると部屋の中がやけに明るいことに気付き、しまった電気を消し忘れたかと思いつつ起き上がる。
身に着けているスーツはジャケットまで着ていて、きっちりネクタイも締めたままだ。
「んあ……そんな泥酔するほど呑んだっけ……?」
あまり節制できるタイプの人間ではない自覚はあるが、前後不覚に陥るほど呑んだことは学生の時くらいにしかない。
昨日の記憶をなんとか思い出そうとしつつ、まずは洗面所へ、と思った眼前に、
「おお、ようやく繋がったか、異界の者よ」
「……がる、だー……?」
ゲームの中に出てくるちょい役のキャラが、俺の部屋で畳の上に座り、テーブルに広げた漫画を読んでいた。
「思っていたよりも平凡な顔だな、汝」
「あ……え……え!? なんだこれ!? どうして俺の部屋!?」
立波仙治は、急速に意識が覚醒していくのを感じた。
彼が今いる場所は確かに、彼自身の部屋、地球は日本の一都市にある賃貸アパートの一室だ。
しかし、彼はほんの数秒前まで、ラブラディア伝説のゲームの中に出てくるような異世界にいたはずだった。それも、触装武具という胸当てに憑依した姿で。
ところが、今の彼は地球で暮らしていたころの彼自身の肉体だ。
慌てて洗面所へ行き鏡を覗き込むと、そこにはそろそろ忘れかけていた自分の顔があった。
部屋に戻れば、ガルダー・モンの姿が相変わらずそこにある。ゲームのようなデフォルメされた立体映像ではなく、リアルな肉体として。
仙治は深呼吸すると、テーブルをはさんでガルダーの逆側に座った。
「……どうなってるんだ?」
「その様子では、すでに察しているのではないか?」
「一応、説明してくれよ」
「よかろう! この空間は汝の記憶より、余が作りだしたものだ」
「俺のこの身体もか?」
「いや、余が力を貸して復元したが、それは汝の魂が持っている形だ」
「魂……形……」
ガルダーは漫画を閉じると、深く頷き、そして、
「これの続きはどこだ?」
「まだ読むのかよ!?」
「ちょうど良いところで終わっているから、話の続きが気になるではないか!」
「……その棚の下から二番目、右のほう」
四つん這いで漫画を取りに行く初代モン王。
「はぁ……しかしこんなことまで出来るなんて、本当にすごい魔力の持ち主だったんだな、王様は」
「ふははは! そのような賛辞はもはや生前に聞き飽きたが素直に受け取っておこう。と言いたいところだが、これは正確には余の力ではない」
「違うのか?」
「今の余は偉大なる征服者ガルダー・モンではなく、全世界を遍く流れる魂の奔流、その一部であり、そのすべてである。これは、汝に渡した余の欠片を通じてその力を利用しているに過ぎぬ。もっとも、それもやはり余の魔力があればこそ可能なのだがな」
巨乳な制服美少女が赤面している表紙の向こうから、ガルダーは顔を上げて笑顔で告げる。
「余は未練を失い魂のあるべき流れに戻ることが出来た。改めて礼を言おう。汝のおかげだ、立波仙治」
「……たまたまそれをしたのが俺だっただけだよ」
「フン、謙虚と言っておいてやるべきか。だが、実際に余の魂を解放したのは汝だ。それゆえ、褒美をやろう」
「褒美……まさか、その魂がどうのこうのの力で、さらにチートな能力が!?」
触装武具の持つ能力も、あの世界では十分に破格なものではあるが不便なところが多い。
もっと楽に色々と出来る能力があれば、ナナミにも苦労させずに済む。
「期待しているところ悪いが、魂の流れなんぞ送り込もうものなら、汝の個の魂が耐え切れずに四散してしまうぞ」
「え、怖……じゃあ、なにを……?」
「余にわかる範囲で情報を教え……いや、汝に預言を授けよう」
「言い直した」
「そうさな……まず、あの世界には今、汝の他にも異界の魂がやってきている。汝と同じ出自の者たちだ」
「な……本当か!?」
考えてみれば、あれだけゲームとそっくりの世界である。そのゲーム自体が媒介となって仙治を引き寄せたのなら、他のプレイヤーも同じようにあの世界に転生していてもおかしくはない。
「うむ、そして今になって気付いたのだがな。余の墓を荒し、宝物を奪って行った者には異界の気配があった」
「……なんでそんな重大なことにその時気付かなかったんだよ」
「それが余にも不思議だったのだがな。その者は現世と異界の気配、両方を持っていたのでわかりにくかったのだ。もしかすると、汝のように何かに憑依して、現世の者が身に着けていたのかもしれぬ」
十円もとい獣縁の腕輪の在り処、そして祈祷の呪文を知っていて、奪っていった人間。仙治はラブラディア伝説のゲーム内で登場した、モン王家の亡霊クエストを進めるためのイベントキャラではないかと予想していたいのだが、それは違うということは伝言を伝えた時にわかっていた。
では、実際の盗掘者は何者だったのか、今その謎が半分解けた。
仙治と同じラブラディアプレイヤーならば、サブクエストから得られるこの世界の情報を知っていても、まったくおかしくない。
だが、それだと半分、謎というか疑問が残る。その転生プレイヤーは、王家クエストをまともに攻略する気が無いばかりか、モンスターを墓に置いていった疑いがある。
「十円の腕輪だけ持っていけばいいのに、どうしてあんなことを……」
クエストを進めずにアイテムだけを持っていくという行為は、別にそれほどおかしなことではないと仙治は思う。彼自身、ゲームのクエストをなぞるようなことはしていないし、する気も無い。
現実にイベントのフラグ管理など無いのだ。ゲームであればバグやチートを使わなければ出来ないような進行無視も、現実ならば普通の事と言える。
だが、墓を壊したりモンスターを繁殖させたりという破壊活動は、そういうこととは別の問題だ。
「まるでテロ……いや、実際に被害が出てるんだからテロリストそのものだ」
「テロ、異界の言葉か」
ガルダーは部屋の隅で充電器に差してある仙治のスマホを手に取ると、その画面をさっさっと指でなぞり、操作し始めた。
「て、ろ、り、す、と……ふむふむ、恐怖政治とな」
「ちょ、人のスマホを勝手に……っていうかパスワードはどうした!?」
「ここは夢の世界と言ったであろう。これも汝の記憶から余が形を与えた物に過ぎぬ。つまり、余が作ったのだから余の物と言っても良い」
「いや……でも、そんな……あれ?」
「恐怖で人民を支配するのは手段の一つではある。余のようにカリスマに溢れた王の下であれば、臣民も政治も屈することは無かろうが、すべての人間が強い心を持っているわけではない」
「あ、ああ。でも、無差別にモンスターに人を襲わせたからと言って、それが何を目的にしているんだか……」
「待て待て、わからぬことを考えても仕方があるまい」
そう言って仙治が思案し始めるのを、ガルダーは手を振って止める。
「そんなことよりも、先に余の話を聞け。この空間を維持出来る時間は限られておる」
「まだ他にも話が何かあるのか?」
「うむ、汝の肉体についてだ。現世に汝の人としての肉体は存在せぬ。だが、魂がその形を覚えている限りは、そこから肉体を作り出す方法はある」
「……人の身体に、戻れる?」
「うむ」
ガルダーがしっかりと頷くと、仙治は自分の手を見下ろしガッツポーズを取った。
彼自身、今の胸当て生活も気に入り始めてはいたのだが、それでも人間の身体に戻れるならそちらの方が良い。
「だが、その方法を探すのならば少し急いだ方が良いぞ」
「どうしてだ?」
「魂が形を覚えている限り、と言ったであろう? 汝の魂は、既に触装武具に馴染んできておる」
「馴染むと、どうなるんだ……?」
「武具の力を使うと次第に魂がその姿を忘れ、触装武具に定着していく」
「そんな! じゃあ、もう触手を使って胸を揉んだりしちゃいけないのか……!?」
「その程度ならば問題は無かろうが……気にするところはそこか?」
「わりと重要。いやそれはいいとして、何をすると魂が定着するんだ?」
「触装武具として能力を開花させていくほど定着は進んでいく」
それは『付与か略奪か』を使ってランクを上げることや、触手を操って戦う能力などをこれ以上向上させてはいけない、ということを意味していた。
つまり、今以上にナナミや、ボジャンたちの役に立とうと思えば、人間に戻れる可能性が減っていくことに繋がるということだ。
「……で、でも! すぐにダメになるってわけじゃないだろ? あと少しくらい、力を引き出したって……」
「多少ならば平気ではあろうが、どこまで魂がもつかは余にもわからぬ。そうさな……汝には隠された強力な機能もあるが、それを目覚めさせるようなことがあれば、確実に元の肉体には戻れなくなるであろう」
その時、不意にアパートの部屋が歪み、崩れ出した。
何もない真っ暗な空間に仙治とガルダーの二人は放り出される。
手の中の漫画が消えてしまい、名残惜しそうに手の中を見るガルダー。
「時間切れだな。まだ読み終わっていなかったのだが……仕方ない。後で記憶を引き出しておくか」
「人の記憶をあんまり覗かないで欲しいんだが……」
「気をつけよ、仙治。この世界には今、大きな変化が起きようとしておる」
「……異世界からいくつも魂が来ているから?」
「それだけではない。強大な複数の意思が干渉し、この世界の運命を歪めつつあるのだ」
「世界の運命……ねぇ。他の人たちに任せておきたいところだ」
この世界そっくりのゲーム、ラブラディア伝説を仙治は最後までクリアしていない。だが、他のプレイヤーがこの世界に居るのならば、何人かはゲームを最後までプレイして結末を知っているかもしれない。
例えば魔王が復活するようなことになっても、彼らに任せておけば安心のはずだ。
「汝には偉大なる余の魂の一片を預けてあるのだ、多少の気概は見せて欲しいな」
「出来る範囲で頑張るよ」
不満そうに片眉をあげるガルダーだったが、ふんと一つ溜息を吐くと笑みを浮かべた。
「よかろう、この世界の女の乳を揉んで回るのが汝の人生だというならば、それはそれで愉快ではある」
「そう表現されると俺がおっぱい好き過ぎる変態みだいだな!?」
「ふははは! ではさらばだ仙治よ!」
ガルダーが高笑いしながら遠ざかっていき、仙治は光の中に放り出された。
「あっ……」
木貼りの壁に天井、質素な家具類の詰め込まれた狭い部屋。狭さだけで言えば仙治のアパートも大差ないが、木と埃の匂いの強い部屋は明らかに異世界のそれだった。
昨日訪れたモンシアの町の宿屋の一室だ。外から聞こえてくる鳥のさえずりは、日本では聞いたことのないものだ。
彼が寝ていたのは木のテーブルの上、そして彼の体も鉄の胸当てだ。人間の身体の感覚は、もうすっかりなくなっていた。
思わず大きな溜め息を漏らす。口も肺が無いので気分だけだが。
「はぁ……」
「……おはよう、センジ」
「ん、ナナミか? おはよ……う゛ッ!?」
テーブルのすぐそばにあるベッドから起き上がったナナミの姿に驚く仙治。
全裸。
不意打ちで襲ってきたスケベイベントに戸惑いを隠せない仙治。
彼女いない歴イコール年齢の童貞にとって当然、母親以外で初めて見る女性の裸だ。
今まで服を脱ぐときは仙治を鞄に入れたりシーツで隠したりと、ナナミが裸を見せることは無かった。
ゲームのキャラクターであるナナミの裸は見たことがあるのだが、こうしてリアルな肉体を目の前にするのは訳が違う。
「ふ、ふく、服は!?」
「ん……全部濡れたから、干している」
昨日の大王イカの一件で、荷物はまるごと水に浸かってしまっていた。着替えはもちろん全滅だ。
部屋の中にも紐を張って、荷物に混じって服やパンツが干してあった。
「じゃあリリカの服……は、入らないか。うん」
「……事実だけど、確認する前に納得したことは伝えておく」
「待った、話し合おう、ナナミ。小さいことは決して悪いことではない」
リリカたちとは、モンシアの冒険者ギルドで合流することが出来た。三人は大王イカに襲われた後、無事に他の船へ移ってモンシアまで辿り着いていた。
ナナミはベッドを降りると裸のままテーブルの傍に立ち、真正面から身体を隠しもせずに仙治を覗き込んでくる。
「センジ」
「は、はい、なんでしょう?」
「大きいよりも、小さい方が良い?」
「何の話ですかねぇ!?」
「胸に決まってる」
目の前に放り出された二つのふくらみを、思わず凝視する仙治。
すでに何度も触手で揉んだ胸ではあるが、こうしてまじまじと見る機会は無かった。
大きい。結構な大きさだ。Aから数えて五個以上行くのではないだろうか、というのが映像でしかソレを知らない仙治の目測である。
じっと返事を待つナナミ。とにかく何かを言わなければいけない状況だった。
(どっちに答えてもナナミかリリカのどちらかの胸を否定することになるぞ……!?)
どちらが良いかと言う問いに見せかけた、どちらを傷つけるのがいいかという究極の選択に、仙治が出した答えは、
「お……」
「お?」
「俺はナナミの胸、好きだよ?」
その返答を聞いたナナミは首を傾げ、時間を掛けて意味を理解すると頬を染め、慌ててベッドのシーツを巻いて身体を隠す。
「……スケベ」
(見せてきたのはそっちじゃないか!? 恥ずかしがるの可愛いな!?)
仙治は飛び出しそうになった叫びを心の中になんとか留める。
その後、服が乾くまでナナミは部屋を出ることが出来ず、昼頃まで二人きりの気まずい時間は続くのだった。