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ゲームじゃない

 かつてこの地を統一したモン王国、その初代王であるガルダー・モンを名乗った男は尊大な笑みを浮かべ、拍手するナナミを見下ろしていた。

 無表情に、力のこもらない拍手をしていたナナミがぼそりと呟く。


「……面白系」

「女子<おなご>よ、なにか余を侮辱する言葉を言ったか?」

「侮辱ではなく、ただの分類」

「そうか、ならばよかろう」

「いいんだ……」


 ガルダーは祭壇を降りると、手に持った木製の王笏で招くようなジェスチャーをする。何事かと思っていると、焦れた様子でガルダーが口を開いた。


「ええい、こちらに来い。余はこの祭壇を離れられん」

「どうして?」

「余の体がこの中にあるのでな。余はいわば亡霊だが、肉体の力が強すぎるために魂もまた離れられぬというわけだ」


 四角い石造りの祭壇は、それ自体が棺でもあるということだ。

 ナナミが目の前まで近づくと、ガルダーはさらに手を伏せるように動かす。


「……?」

「わからぬか! 膝をつけということだ!」

「ああ……はい」


 そのポーズは言うなれば王にかしずく臣下の体勢だが、それを王の方から指示するという間抜けな状況に、ナナミはすっかり毒気を抜かれてしまっていた。

 彼女が片膝をつき、頭を下げると満足げに頷き、ガルダーが口を開く。


「余の墓を侵していたモンスターどもを駆除したのは汝らだな?」

「大王イカの子供のこと?」

「何が居たのかまでは知らぬ。墓に入り込み、あまつさえ余の魔力を奪っていたものが居ることだけはわかっていた。それがつい先ほど、すべて息絶えたこともな」

「祭壇を離れられなくても、外の様子はわかるの?」

「魂の存在を感じる程度ならばな。上にまだ人間がいることもわかっているぞ」


 ガルダーが言っているのは、ナナミと一緒に連れてこられた人たちのことだ。上の通路の様子が、大まかにわかっているらしいことは理解できた。


「ともかくだ! 大義であった。汝らには褒美をとらせよう……と、言いたいところだが、生憎、余の宝物ほうもつは先日現れた人間に持っていかれてしまった後でな」

「先日……っていうのは、最近ってこと?」

「うむ、ほんの何日か前のことよ。いやぁ、実に惜しかったな汝ら。我が宝物は他に類を見ない貴重な……」


 ふんぞり返って自慢げに語ろうとしていたガルダーだったが、その言葉を途中で止め、代わりにナナミの胸……ではなく、仙治を睨む。


「考えてみれば汝もまた稀有なる品ではあったな。いや、それでも我の宝物の方がほんのちょっぴり貴重だぞ?」

「もしかしてそれって、獣縁の腕輪のことか?」

「ほう、知っていたか。左様、余が王国を築く際に用いた宝物の一つ、獣縁の腕輪がここに封じられていたのだ」


 獣縁の腕輪。このダンジョンクリア時に手に入るレアアイテムで、対象の動物型モンスター一体を操ることが出来るという装備だ。

 戦闘でも使えるアイテムだが、ラブラディア伝説におけるメインの使い方はむしろ戦闘外にある。有り体に言えば、憑依システムを使わずにモンスターに女の子を襲わせて横から眺めるためのものだ。

 あくまで傍観するだけ、もしくはプレイヤーキャラと動物型モンスターによる複数プレイという、少し特殊な嗜好のプレイヤー向けと言える。単純にモンスターで襲うだけなら憑依があるため、完全に趣味のアイテムと言えた。ネット上の通称は十円。

 だが、戦闘面で非常に役立つアイテムであることは、間違いない。

 仙治としてももしそれがあったら、楽にギフトを集められたはずだ。


「持っていかれたってことは、盗掘?」

「そうなのだ! 祈祷の言葉を唱え扉を開いて入って来たので、てっきり百年ぶりの礼拝者かと思ったのだがな。余を完全に無視して宝物だけを持ち去って行きおった」

「これをスルーしたのなら、相当な精神力の持ち主」

「ん? 今やっぱり余のこと侮辱しなかった?」

「気のせい」

「そうか……?」


(ナナミもナナミでかなり肝が太い……)


 声に出さずに心の中で呟き、仙治は話題を変える。


「無い物は仕方ないよな。俺たちとしては、なんとか無事に地上に出られさえすればいいんだけど……」

「地上への道は今どうなっているのだ? 例の人間が来た時に、あちこち破壊されてしまったようなのだが」

「あれは昔からじゃなかったのか……」

「考えてみれば、モンスターが入り込んできたのもその人間がやってきた時だったな」

「……まさか、その人間が通路を壊して川とつなげて、大王イカの卵をここに持ち込んだのか?」

「委細はわからぬ。だが、そのような可能性もあるというところだな」


 他の場所から人の手でモンスターが連れて来られたとするならば、海のモンスターであるはずの大王イカが川に現れたことにも説明がつく。

 ただそれはあくまで想像でしかない。その犯人を探し出しでもしない限り、真相はわからない。

 それよりもまず、今は目前の状況のほうが重要だ。


「一部が完全に土砂に埋まってしまって、通れなくなっている」

「では、汝らが入って来た道はなんだ?」

「どうも川とつながってるみたいで、大王イカに連れて来られたんだ。完全に水の中だから、人間はちょっと無事には通れないな」

「ふん……ならば仕方あるまい。余が地上まで送り届けてやろう」

「出来るのか? 俺たちだけじゃなくて、他の人たちも一緒に送ってもらいたいんだが」

「くくくく、余の魔力であれば造作もない。よかろう、他の人間もここへ連れて参れ」


 ふんぞり返って笑いながら大言するガルダー。

 死んだ後も肉体から魔力を放ち続け、己の魂も亡霊として繋ぎ止める。そんな規格外の存在が請け負ったのだから、地上への帰還は可能なのだろう。


「あ、れ……」


 ナナミは立ち上がろうとして、しかし足に力が入らなかった。ぐらりと傾いた身体を、床に手をついてなんとか支える。

 ここまでの連戦ですでに限界を超えていた彼女は、危機的状況に対して気を張ることで気力をもたせていたが、助かる見込みが出てきて緊張の糸が切れてしまったのだった。


「む、いかんな。魂に響くほど消耗しているぞ」


 ガルダーが王笏を振るうと、部屋に満ちた光がナナミの身体に向かって集まり始めた。


「これ、は……?」

「褒美も無く地上へ送り返すだけでは、余の名折れだ。汝らに余の魂の一端、祝福として授けてやろう」


 彼の言葉の終わらないうちに、周囲の魔力がナナミと仙治に流れ込んでいく。

 そして頭上へと差し出された王笏の先から、強く脈打つ波動のようなものが流れ落ち、二人へ降り注ぐ。


「あ……」


 ナナミは目を見開くとゆっくりと立ち上がり、右手、左手と確かめるように身体を少しずつ動かしていく。


「魔力が溢れそうなくらい……」

「ふははは、ほんのちょっぴりとはいえ、人の身には過ぎたる力だ。扱いには注意を払えよ?」


『ギフト<初代モン王の威光>を獲得しました』


 現れたウインドウの表示を見て、仙治は驚く。ゲームの中でこんな名前のギフトは見たことが無かったからだ。

 その効果は追加魔力。本来の自分の魔力容量とは別に、ガルダーから与えられた別の魔力容量が追加される。言うなれば魔力の増槽だ。


「こんな凄いギフトを貰って言うのもなんだけど、俺、自分では魔法とか使えなくて……」

「何を言っているのだ? 汝は触装武具であろう。ならば装備者への魔力補充を行えば良いではないか」

「そんな機能があったのか!?」


 先ほどのナナミが消耗していた状況で、魔力を補充してあげることが出来れば、もうすこし余裕をもって戦闘が出来たはず……と、そこまで考えたところで、今の今まで自分がそもそも魔力を持っていなかったことを思い出す。


「……今後ありがたく使わせてもらいます」

「うむ、余の威光が汝らの道行を眩く照らすであろう」



 大王イカに捕まった人々はやはりまだ目覚めていなかったため、彼らを祭壇の部屋まで運ぶのはナナミの役目となった。

 仙治が触手を使って助けようにも、エネルギーを使い果たしてしまえばまた暴走しかねない。与えられた魔力と触装武具のエネルギーはまったく別の物らしく、そちらはまったく回復していなかった。

 ガルダーの魔力の恩恵を受けて体調も良くなったとはいえ、今のナナミには<怪力>が無いため、一人ずつ運ぶだけで精一杯で、結局八人を運び終わる頃には息切れしていた。

 だが、一向に目覚めない八人の体温は下がりっぱなし、このままで命の危険もあるため、急いで脱出する必要があった。


「では、地上へ転移させる。準備は良いか?」


 荷物も背負い、もう後は帰還するだけ……だったのだが、仙治がその前にあることを思い出した。


「そうだ、聞きたいことがあるんだ」

「どうした?」

「十円の腕輪を盗って行ったのって、どんな人間だったんだ?」

「いまニュアンスがおかしくなかったか? ……どんな、と言ってもろくに覚えておらぬ。顔は隠しておったし、特徴と呼べるようなことは何もなかったはずだ」

「じゃあ、モン王国にゆかりのある人間だったりはしないか?」

「ふっ……それならば余の姿を目にしながら、あそこまで見事に無関心を貫くことなど出来まいよ」


 その盗掘者が見事なスルーっぷりだったことだけは仙治にも理解できた。

 この状況はラブラディア伝説のサブクエスト、モン王家の亡霊のイベントとは、いろいろなものが食い違っている。墓の盗掘を勧めてくるイベントキャラクターにしても、本来の目的は亡霊との対話であって、アイテムの方ではないはずなのだ。

 そう考えると、そのキャラクターが伝えるはずの言葉も、ガルダーにはまだ伝えられていないかもしれない。


「それじゃ最後に一つだけ『伝言』が」

「伝言だと?」

「マルー様は天寿を全うされ、幸福の多い人生を歩まれました」

「――」


 ガルダーは一瞬、その顔から不遜な表情がすっかり抜け落ち、言葉を失う。


「……真か?」

「人づての話だけど、たぶん本当だよ」

「そうか……うむ」


 仙治の言葉にゆっくり頷くと、口元に小さく笑みを浮かべた。


「異界の者よ、汝の働きに感謝しよう。だが、余から与えられる物はもはや無い。許してくれ」

「ああ、安らかな眠りを、王様」


 ガルダーが再び王笏を振るい、部屋に光が増え、溢れ、満ちて行く。

 倒れたままの八人と、ナナミの身体が光の中に溶けるように消え始めた。


「さらばだ」


 祭壇の部屋から人々の姿が消え、ガルダーは自分の棺に座って目を閉じる。

 部屋の中に溢れていた光が弱まっていき、それと一緒にガルダーの姿も薄れ、やがて消え去った。

 後には残り火のような微かな光が零れる祭壇だけが残されていた。



 一瞬の眩暈の直後、強い日差しに目を焼かれてナナミは思わず手で顔を覆った。

 ゆっくりと瞼を上げると、そこには草原が広がり、すぐ傍には大きな川が流れている。


「本当に地上に……」


 どのくらいの深さかわからないが、地下の空間から一瞬にして地上まで転移するという、その魔法の凄さに彼女はとにかく驚くしかない。


(ダンジョン脱出の魔法やアイテムなんてゲームじゃ定番だけど……リアルな仕組みとか考え出すと大変なんだろうなぁ)


 ナナミの表情からそれを悟り、仙治は迂闊なことが言えないと改めて感じる。


「ナナミ、あっちに町が見える。たぶんモンシアだろう」


 川沿いの少し離れた場所に、かなり大きな発展した町が見えた。そちらを触手で示して、呼びかける。


「悪いけど、もうひと踏ん張りだ。助けを呼びに行こう」

「わかった」


 町に向けて歩き出したナナミは、ふと気になっていたことを仙治に訊ねる。


「さっき言っていたマルーというのは?」


 もっともと言えばもっともな質問に、思わず言葉に詰まる。

 彼女にも、他の仲間にも言えない話が多すぎる。今のガルダーへの伝言にしても、完全にゲームプレイから得た情報であり、普通なら知る由もない事柄だ。

 言っても良い情報とそうでない情報とを、なんとか選り分けて説明する。


「ガルダーの家族……じゃないかな、たぶん。詳しいことは知らないんだ、さっきの言葉だけ聞いて知っていただけで」

「……彼には、とても大切な人の話だったみたい」

「そうだな」


 仙治はさっきの言葉を、ゲームの中で一つのセリフとして聞いたに過ぎないし、亡霊であるガルダーが成仏する展開を進めるためのフラグだ。それも、複数登場する王家の亡霊の一人という通過点として。

 しかし、実際に伝言を聞いた時のガルダーの顔、そしてその後の笑顔で、大なり小なり、彼にもドラマがあったことを感じさせた。

 ただのサブイベントの一コマではない、この世界で生きる人の、百年前のドラマだ。


(一体、どこからどこまでがゲームと同じで……どれくらいたくさんの、ゲームには無かったものがこの世界にはあるんだろうか)


 ナナミの顔を胸から見上げつつ、そんなことをつい考える。

 ゲームでは序盤に登場する仲間キャラクターであり、エッチの事ももちろんできる対象だったが、ボジャンたちと四人セットという以外、あまり深いストーリーが用意されてはいなかった。

 だが、こうしてここにいる彼女は、当たり判定とステータス以外にも、色々なものを持って存在している。


「……センジ」

「どうした? やっぱり体調が悪いのか?」

「そうじゃない。今のうちに話しておきたいことがある」

「なんだ?」

「あなたの正体のこと」


 いきなり飛び出した致命的な話題に、今度こそ完全に言葉を失う仙治。

 だが、そんな仙治を気遣うように、ナナミは口元に笑みを浮かべて胸当ての表面を撫でる。


「話せないのなら、話さなくていい」

「……気にならないのか?」

「とても気になる。そして、きっと私の想像も及ばないような複雑な話」

「う……」

「いつか話せる時が来るまで、待っている」

「……参ったなぁ」


 仙治は言葉とは裏腹に、安堵の籠った吐息まじりの声で呟く。


「それから、センジが触手で戦うのは禁止。本当に緊急事態の時だけ。あんな状況で胸を弄られたら堪らない」

「はい、すいませんでした……」

「……するのなら、落ち着いた場所で」

「……うん」


 まったく、敵わない。


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