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触手vs触手

「――!!」


 声を出す器官の無い子イカは、苦悶するように漏斗から水を拭き散らしながら、触手で跳ねるように逃げて行った。


「あっ……しまった!?」


 眼球に深く突き刺さったナイフが抜けず、そのまま子イカに持っていかれてしまう。

 武器を失い、弱々しいミミズのような触手をくねらせても、残りの二匹の子イカは躊躇なく迫ってくる。


「まだだ!」


 武器が無いならば、触手を武器にすればいい。

 出来るかわからない、だがやるしかない。

 仙治は何本もの細い触手を束ねると、勢いよく振り下ろしながらその先端の形状が変形するように強く念じた。


「ああああああっ!!」


 果たして、触手が変じた刃が子イカの触手を切り裂き、その胴体にまで突き刺さった。

 後ろに下がって逃れようとする子イカに、仙治はさらに何本もの触手を放ち、巻き付き、大小の針でその身を滅多刺しにする。

 びくりと子イカが震え、そして仙治の前にウインドウが現れる。


『付与か略奪か

 <give> or <rob>』

(rob!)

『どのギフトを奪うか選択してください』

(全部だ!)

『略奪成功:<魔力感知><水流操作><水魔法Ⅰ>を獲得』


 略奪が終わる頃には子イカはぐったりと力を失い、触手を解いてもそのまま倒れて行った。

 まだ無事な一匹は、仲間がやられたことに動揺したのか、こちらの様子を伺っている。

 そちらにもやはり触手を刃に変えて伸ばす。

 が、予期していたように子イカが水を吐いて触手を撃った。


「いだっ!? こんにゃろ……!」


 束ねた触手では、スピードも遅く迎撃されてしまう。そう判断し、細いままの触手を何本も一斉に伸ばしていく。

 やはり水で迎撃されるものの全てを打ち落とすのは間に合わないようで、届いた触手の刃でその身を切り刻んでいく。一つ一つの刃は小さいために、与える傷も小さなものだが、それでも小さな傷から透明な液がどろどろと流れ出て、確実に動きが鈍っていく。

 最後の抵抗とばかりに子イカも触手で触手を打ち払ってくる。やはり触手自体のパワーは子イカの方が高く、一本ずつの触手では敵わない。

 だが、相手の十本に対してこちらは無数。それに作りだせる形状は刃や針だけではない。

 束ねた触手をハンマーのような形状に変えて硬質化させ、相手の触手と打ち合う。べちりと音を立てて、子イカの触手がひしゃげる。


「はははは! だんだんとわかってきたぞ……触手の使い方!」


 触手同士の戦いは、完全に仙治が圧倒していた。

 そのまま二匹目の子イカを切り刻み、叩き潰す。気付くと子イカはぐったりと床に横たわっていた。

 倒れた子イカに触手を巻きつけてみても、ウインドウは出てこない。

 どうやらすでに息絶えてしまったようで、死んだ相手からはギフトを奪うことは出来ないようだった。


 最初に片目を潰した子イカは遠くから様子を伺っていた。

 仲間がやられるのを見て、すでに仙治の危険性に理解しているようで、通路の奥に逃げてようと後ずさっていく。


「逃がすか!」


 多少の距離があったものの、伸ばした触手は問題なく最後の子イカまで届いた。

 無数の細い触手を針状に尖らせ、半透明のイカの身を突き刺していく。

 だが、全身にたくさんの小さな穴をあけられた子イカは、ぼたぼたと体液を漏らしながら通路の角を曲がっていった。


「待っ……あ、あれ……?」


 さらに触手を伸ばそうとした仙治は違和感を覚えた。急に自身の触手の動きが鈍り、思い通りに動かなくなったのだ。


「なんか……急に疲れが……」


 胸当ての身体になって以来、初めての疲労感に戸惑う仙治。全ての触手が重くなり、伸ばしているのもつらくなってくる。


『警告:触装武具のエネルギーが無くなりました。

 装備者が確認されました。自動充填を開始します。』


「……ひぁんっ!?」


 不意に初めて見るウインドウが現れたかと思うと、ナナミが悲鳴を上げた。

 何事かと思う間もなく、自分の触手が意思とは無関係に蠢いていることに気付く。まるで、触手の動かし方を知る前のように、まったく制御が出来ていない。


「センジ!? やめっ……んっ、いまそんな場合じゃ……ふぁっ!」

「ちがっ……触手が勝手に動いてるんだ! コントロールできない!?」


 仙治の触手は胸当ての内に張られた革越しに、ナナミの胸を荒々しく揉みしだく。幸いと言うべきか、触手を長く伸ばすような力は無いようで、内張りや服をかいくぐって直接に揉む触手は少ない。


「ん、んんっ……ふぁ……っ!」


 しかし、ナナミにとっては革で遮られた微妙な刺激がもどかしい。

 時間にして十分ほどが経ち、触手の動きは始まった時と同様に唐突に止まった。


『エネルギー残量、十五。自動充填を終了します。』


 ウインドウの表示と状況から、すぐに理解できた。

 仙治……触装武具は、他の生物を触手で刺激する……有り体に言えばおっぱいを揉むことで、自身が活動するエネルギーを得るということだ。


「はぁ……はぁ……セン、ジ……」

「ごめん、ナナミ……俺が調子に乗ったせいで……」


 すっかり消耗しきったナナミはゆっくり顔のスミを拭うと、軽くぽんぽんと仙治を叩いた。


「……守ってくれた」

「ナナミ……」


 ナナミが呼吸を整える間、奥へ逃げた子イカは戻ってくることもなく、他のモンスターが近づいてくる気配もなかった。

 思えば触手が暴走している間、無防備なところを襲われる危険もあったはずだ。

 ようやくナナミが回復して、通路の先を覗き込んだところで、その理由がわかった。


 最後の子イカはすでに仙治の攻撃で致命傷を負っていたようで、角から少し行ったところに倒れていた。

 そして、子イカも他のモンスターもそこには居なかった。

 ただ、白っぽい膜に包まれた子イカ未満のものが、大量に並んでいた。中には、すでにほとんど子イカの形が出来上がって、内臓の脈動が見える物もある。


「大王イカの卵か……もうすぐ孵化しそうなやつもいるな」

「……生まれる前に壊しておく」

「それがよさそうだ」


 子イカの目玉から回収したナイフで、すべての卵を潰すまで十分ほどかかった。


「たぶん、他のモンスターはもういないはずだ」

「どうして?」

「他のモンスターから見たら、卵なんて絶好の獲物のはずだ。それが今まで無事だったってことは、これを狙う奴がいないってことになる」


 果たして、通路をさらに進んでみてもその先は行き止まりになっていた。他のモンスターどころか、虫一匹見当たらない。

 突き当りの壁は他の壁とは違い、大きな一枚岩に彫刻が施されていた。苔が付き、ところどころ欠けているために少し見にくいが、それでも全体の造形はおおよそ見当がつく。

 多数の人とモンスターらしきレリーフ。中央の一段高いところに一人、ひときわ大きく、後光が差す様に描かれている。神や王のような、特別な存在を表していることがわかる。


「安全が確保できたのは良いが……燃やせる物も何もないし、出口もない。さてどうしたもんか……」

「……このあたり、光が特に強くなっている」

「ん? 言われてみれば確かに」


 ナナミの言う通り、空中を漂う光の量がこの突き当りでもっとも多く、明るくなっている。


「この先に、魔力の供給源があるのかもしれない」

「……まさか、これは行き止まりじゃなくて扉か?」


 一つ頷き、ナナミは壁の彫刻や周囲の隙間を入念に調べ始めた。


(そういや、この絵……なにか見覚えが……)


 この世界の物で、仙治が知っているということは、すなわちラブラディア伝説に登場しているということだ。

 モンシアの近くにある地下の遺跡となると、思い当たるのは一つだけだった。


「ここは多分、初代モン王の墓だ」


 ゲームグラフィックではもっとくっきりとした絵として見ることが出来たが、現実の自然の中で風化したそれは、モン王の姿を現す作中の壁画とほぼ同じものだった。

 ただ、モン王の墓はゲームのクエストで訪れた時には土砂で埋まっていたりはせず、普通に入口から入って攻略するダンジョンになっていたはずだ。


「センジはモン王を知ってるの?」

「一応のところは」

「まさか直接会ったことも……」

「いやいや、さすがに会ったことがあるわけじゃ」


 古代文明の遺産である触装武具は、当然、古代文明時代からずっとこの世界に存在していたもの、ということになる。それゆえナナミも、仙治がずっと大昔から意識を持っていたものだと誤解しているフシがあった。

 しかし、つい最近になって憑依したことを言ってしまうと、今度は様々な知識や生前の説明が出来なくなってくる。

 どうしたものかと思いつつも、とりあえず曖昧に誤魔化しておくしかない。


「このレリーフは確か……偉大なる王よ、我らの祈りを聞こしめすとあれば、その御力を示し給え」


 ゲームでこのレリーフを開けるためにイベントキャラクターが唱えていた呪文……祈りの言葉を唱えた途端、すぐに反応があった。

 レリーフの刻まれた壁がごりごりと音を立てて持ちあがっていく。パラパラと苔を落としながら、天井へと壁が吸い込まれると、その奥には下りの階段が現れた。


「センジ、これは……」

「墓だからね。この先に死んだ王に祈りを捧げるための祭壇があるんだ」


 ナナミは壁に手を突きつつ、石の階段をゆっくりと下っていく。壁には一面、扉にあったような様々な情景を表現したレリーフが連なっていた。

 下へ行くほど宙に浮かぶ光は増えていき、程なくして階段を下りきると、眩しいほどに明るい空間に出た。

 ドーム状の天井を持った円形の部屋。ぐるりと部屋の外周を取り巻く様に、光の粒を放つ水が流れており、その水は中央にある四角い石の祭壇からこんこんとわき出し続けている。


「――!」


 その祭壇の上には、うっすらと光を放つ男が片膝を立てて座っていた。

 ゆったりとした大きな布を肩から掛けて身体に巻く様に纏っている姿は、古代ギリシャの彫刻のような格好だが、目を引くのは男の左頭……そこには一本の小さな角が生えていた。

 よく見ると背中にも、小さな蝙蝠のような羽がある。

 モンスターのようなその姿に、ナナミは身体を強張らせる。今はもうナナミにも仙治にも、戦うような力は残されていない。

 だが、男の方は気だるげな顔を彼女たちに向けると、微かな笑みを浮かべた。


「ほう……礼拝者が来たかと思えば、これはまた珍妙な奴が現れたものだな」

「……私のこと?」

「貴様ではない。その胸につけている触装武具……そこに憑依している者のことだ」


 男は目を細めてじっと仙治を見つめる。


「その魂、異界の気配がするな」

「わかるのか!? 俺のことが!?」


 仙治が思わず声を上げる。

 異世界や憑依の事が、何かわかるかもしれない。そんな期待はしかし、すぐに否定されてしまう。


「余にわかるのは気配程度だ。こうして長らく魂のみの存在となっている故な」

「そう、か……」

「あなたが、モン王?」


 まだ警戒の解けないナナミの問いに対して、男は祭壇の上に立ち上がると、両手を広げて答えた。


「その通り。余こそが、この地を統一し、モン王国を築いた男、ガルダー・モンである!」


 名乗りあげると同時、周囲の光を放つ水が一斉に噴水のように飛沫を上げ、祭壇が一層眩しい光を放った。

 派手な演出に驚き、呆然とするナナミを、ガルダーは鋭い視線で見下ろし、


「……拍手はどうした?」


 ぱちぱちと気の抜けた拍手を返すと、満足げに笑みを浮かべるのだった。


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