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イカゲソは炙って醤油と七味

 船内に飛び込んできた巨大な触手は、木片をまき散らしながら乗客たちに襲い掛かった。

 あちこちで悲鳴が上がり、ある人は子供を抱えてその場にへたり込み、あるいは駆け出し甲板への扉に殺到する。

 大混乱の中、触手の一本がボジャンたち四人にも襲い掛かった。

 船体をも易々と破壊する触手の攻撃が直撃すれば、たとえ冒険者でも大ダメージは免れない。


(いや、ダメージなんてロールプレイングゲームの話で現実的じゃない、トロルの時みたいに一発貰ったらそれが致命傷になりかねない……っ!?)


 トロルの<怪力>が込められた攻撃を喰らって、パーティのうち三人が重傷を負ったのはほんの数日前。その時の光景は仙治もまだはっきりと覚えている。

 パーティーの装備があの時よりも頑丈な防具に変わっているとはいえ、丸太のような触手の攻撃はそれで防ぎきれる物とは思えなかった。


「ボジャンッ!?」


 一番触手に近い場所にいたのはボジャンだった。だが、それに気づいて声をあげたリリカは、ボジャンと触手の間に一瞬で割り込んだ。

 目にもとまらぬステップは、グリンドから略奪した<跳躍>を短距離に使ったものだった。


「リリ……ッ!?」


 慌てるボジャンだったが、リリカは巨大触手の直撃を踏ん張って耐え切り、しかも脇に抱えるようにしてその触手を掴んでしまった。


「うわわわわっ、ねとねとする!? センジより気持ち悪いわねこれ!」


 海産物と比べられ、それよりはマシと判定されたことが良かったのかどうか少し悩む仙治。


「こ、これ! どうしたらいい!?」


 ボジャンが襲われると思い咄嗟に飛びだして怪力で抑え込んだものの、その後の考えていなかったリリカは途方に暮れる。彼女を含め、四人はこんな巨大なモンスターと戦った経験は皆無だ。

 まごついているうちに、リリカが捕まえている触手が逆に彼女を捉えるように巻き付いてきた。


「まずい、リリカ! すぐにそいつを離せ!」

「あっ……!?」


 慌てて手を離そうとした時には、リリカの身体に吸盤が吸い付いていた。強引に引きはがそうとしても触手の力は強く、また吸盤もそう簡単には外れない。

 烏賊の吸盤はお椀型で、内側の歯が食い込むようになっていて、多少もがいたくらいでは逃れることは出来ない。

 それどころか、彼女の腿に張り付いた吸盤が食い込み、血が滲み出てきた。

 そして触手はずるずるとリリカを引っ張り始めた。このままでは、水中に引きずり込まれてしまう。


「くそっ!」


 モックとボジャンが剣を抜いて触手に斬りかかるが、狭い上に揺れる船内ではうまく力が入れられず、触手の表面のぬめりもあって刃がほとんど通らない。


(ゲームと同じなら弱点は……!? ええと確か雷だったか!?)


 大王イカとの戦い方を伝えようと思い返す。周囲に人の目があるとはいえ、今はそれを気にしている場合ではない。

 だが、それを伝えたところでナナミは雷魔法を使えない。魔法は基本的にギフトがあって初めて使えるものだ。


「ナナミ、魔法の方が効きそうだ! 頼む!」

「ええ」


 ナナミは短く答えるとすでに詠唱を終えていた魔法を杖から放ち、触手に氷礫をぶつけて行く。

 それは表面を巨大な触手の一部を凍り付かせる程度の効果しかない。


「まだ……っ!」


 だが、礫を続けて連発していくことで、次第に触手を氷が覆っていく。


(そうか……別に弱点を突けなくても剣よりは攻撃魔法の方がマシなのか)


 効率的な攻略プレイに慣れたゲーマーの思考では、それはごり押しと呼んでいるスタイルである。だが、できることが限られているのなら、その中で最善を尽くすというのは、ごく普通のことだった。

 一旦戦闘から逃げて雷属性の使える味方にチェンジ、なんてことは現実の中では不可能なのだ。


 やがて氷に覆われた触手は力を失い始める。

 吸盤を振り解いて脱出したリリカに、今度は回復魔法をかけていく。


「助かったわ、ナナミ。でも、そんなに魔法使って大丈夫なの?」

「少し疲れた。でも、まだやれる」

「休んでてって言いたいところだけど、今はナナミの魔法だけが頼りなのよね……」


 マジックポイントという目に見える数字が存在しない以上、本人の疲労感などが魔法を使う上での限界の目安である。使いすぎたからといってすぐに倒れるようなことはないが、限界を超えてしまうと心身ともに激しく消耗してしまう。


 半ばを凍り付かせた触手はずるずると力なく逃げるように水中へ戻っていく。

 他の触手を見てみると、何本かが他の乗客を捕まえたまま外へ引きずり出そうとしていた。


「あああああ! だ、誰か! たすけて……っ!!」

「いやあっ!! あなた!!」

「くっ……」


 すぐ傍の男性を掴んでいる触手に、先ほどのように氷魔法を打ち込んでいく。そうして緩んだ隙にモックとボジャンが吸盤を引きはがして男性を助ける。


「ああ、あなた……よかった……」

「はぁはぁ……た、助かった」

「おっさん、ケガはないかい?」

「いや、大丈夫、大したことは無い……ありがとう」


 他の触手に対しても同様に、他の魔法の使える乗客の冒険者たちが救出に当たっていた。

 船や乗客を守るはずの船員たちはと言うと、ほとんどが前の船を援護するために甲板に出ていたため、船内へ入ろうとして甲板へ逃れようとする乗客とぶつかりあい、ドアのところで完全に詰まってしまっていた。


「早く行けよ! おい、なにやってるんだ!」

「落ち着いて! おい、落ち着け! ああっクソッ、どいてくれ! 船員が通れない!」


 船内に入り込んだ触手が冒険者たちに撃退されて水中に逃れて行ったことで、一旦脅威は去った。

 だが、船内の乗客たちは今のうちに逃げようと出口へ殺到していき、結果混乱に拍車がかかっていた。

 その時、船の全体からめきめきと軋むような音が聞こえてきた。


「おいおいおい、この音はまさか……」

「まずい、船が割れる」


 船の歪み折れる音は次第に大きくなり、目に見えて船体が傾き始めた。

 ばぎりというひときわ大きな裂音と同時に、足元が跳ねるように上がり、船が真っ二つになった。

 船の割れは彼らの足元にも広がり、逃げる暇もなく船体が別れて水面が覗いた。


 空中に放り出された四人。

 モックはなんとか床に掴まり、ナナミの手を取ることが出来た。


「うおおおおおぐへっ!?」


 落ちかけたボジャンを横からリリカが蹴り飛ばして床上に戻し、自分は<跳躍>を使い、空中の木片を蹴って飛び上がった。

 と、着地する足場を探す彼女に向けて、再び現れた触手が襲い掛かっていった。


「させ、ない……!」


 ナナミの放った氷の礫が、リリカを狙う触手に当たり凍り付かせることで軌道を逸らす。

 その間にまだ浮いている船の一部に乗ったリリカは、落ちていた大きな木片で追いかけてきた触手を思い切り殴りつけた。


「でえええやあっ!!」


 <怪力>の乗った一撃を叩きつけられ、さすがに堪えたのか触手はすごすごと退散していった。


「うっへぇ……これからはリリカを怒らせないようにしないとな……」

「聞こえてるわよ!」


 リリカは船の破片を次々に飛び移り、モックたちの掴まっている場所へ向かった。


「慣れてくると本当にすごいわね。ギフトを持ってるとこんなにも違うんだ」


 モックとナナミの二人分の体重を軽々引き上げながら、そんなことを呟く。

 通常、ギフトは先天的に持っているか、後天的に大変な努力を重ねて習得することが多い。昨日までまったく持っていなかった力や技能が、ある日突然、身に付くという体験は普通なら出来る物ではない。


「はぁっ、はぁ……!」


 引き上げられたナナミは、肩で息をしながら床の上にへたり込んでしまった。魔法を連射し続けたせいで、さすがに疲労が隠せなくなってきている。


「ナナミ……」


 上下に弾むナナミの胸の上で、仙治はただ見ていることしか出来ない。

 ゲームでは装備者の魔力や体力を引き上げるような、ステータス補正を持った装備と言うのも登場する。

 古代文明の遺産などという特殊な存在でありながら、仙治は常時効果があるような能力はまったく持っていなかった。


「動ける? ひとまず上に行きましょう」


 既に真っ二つの船は沈みつつある。

 普通であれば浮き輪やボートで一刻も早く船から離れるのが避難の常識だが、幸いここは海ではなく河川、大きく深い川ではあるが水に落ちてしまったとしても岸が近いため、今の問題は大王イカの方だった。

 水面にぷかぷか浮いているところを触手に巻かれてしまえばもはや抵抗など出来ない。


 息を整えたナナミが立ち上がるのを見て、三人は甲板にあがるべく歩き出す。その時、背後の水面が波打ち、またもや触手が飛び出して襲ってきた。


「あ……」


 疲労で膝に力の入らないナナミは、足元の揺れを踏ん張ることも出来なかった。


「ナナミ――ッ!!」


 仰向けに倒れて行く彼女の視界から、リリカの伸ばした手が消え、水がすべてを覆い尽くした。


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