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この触手はいかがわしいか?

 朝早くから宿を出たボジャンたち一行は、河港から船に乗り、南へと川を下っていた。


 北の山脈から流れる複数の河川がバスダの町の手前で合流した大きな河、モン川と呼ばれるその流れは、広大なモン平野を緩やかに曲がりくねりながら、南の海へと注いでいる。

 モンという名前はこの土地を昔統治していた国の名前に由来し、モンダールやモンデストという町の名にも使われていた。


(モン王家の亡霊クエスト……序盤にしては難易度高い上に長いんだよなぁ)


 仙治はちょうどこれから船で向かう町、モンシアで発生するサブクエストを思い返す。

 メインストーリーに直接は関わらないサブクエストだが、複数の町を経由しつつ何度も戦闘やダンジョン攻略を要求されるため、かなり攻略のし甲斐がある内容だった。


 百年以上もの昔、この平野一体を支配していたモン王国は、突如としてこの地を支配下に置き、そしてまた滅ぶ時も一夜にして消え去ったとされている。そんなモン王家の繁栄と滅亡の裏には秘密が隠されていた。


 実は初代モン王は女性モンスターと人間との間に生まれた混血児で、強靭な肉体と強力なギフトによって、力による支配を行った。その子孫は力を維持するため、何代かごとに女性モンスターに産ませた子を世継ぎにしていった。

 やがてモンスターの血が濃く生まれてしまった七代目の王が暴走、自分の王国を滅ぼし行方をくらませた。


 ……という設定から、モンなんとかと名のつく六つの町を回り、歴代モン王の墓を巡ってそこにあるお宝を盗掘しようとする冒険者に協力する、というのがそのクエストの概要だ。

 オチとしては、その冒険者がかつてのモン王家の人間の血が濃かった子孫で、現れた全ての亡霊を慰めることでクリアとなる。報酬は女性モンスター特攻のある武器だ。


(……この世界でそんな特攻の効いた武器を使ったら、一発で女性モンスターを殺してしまったりしないだろうな)


 ラブラディア伝説では、戦闘で体力をゼロにした後で女性モンスターを捕獲するかどうか選択できる。つまり倒しきってしまうわけだが、現実に近いこの世界では体力を失うということは死ぬことになりかねない。

 まったく別のゲームであるが、野生のモンスターを捕獲するために体力を瀕死にまで削ってから捕獲専用アイテムを使うというものがある。そのゲームでは、うっかり体力を削りすぎてゼロにしてしまうと、捕獲が出来なくなってしまう。

 もしかすると、それに近い状況になっているのではないだろうか、というのが仙治の予想だった。


 ゲームの捕獲は、一度捕まえれば自分からは逃げ出さないという、実に都合のいいシステムだ。現実ではそんなものは望むべくもない。

 なんらかの特殊な魔法やアイテムで捕まえた女性モンスターを完全に支配するようなことが可能であれば別として、そうでなければ状況次第で逃げられてしまうことになるだろう。

 グリンドがまさにそうだった。怪力や幻惑魔法といったギフトがあると、生半可な拘束や監視は意味をなさなくなってしまう。


 今後、仙治が女性モンスターの胸を揉む、もといギフトを略奪するためにも、四人が強くなること以外に、色々と揃えなければいけない条件というものが多そうだった。



「……思っていたより快適」


 船の甲板に立ち、縁から外を眺めていたナナミが小さく呟く。今は周りに他の乗客はいないため、仙治は自分に話しかけているらしいと察する。

 他の人がいる場所では仙治は黙って普通の胸当てのフリをしているしかないため、こういう時でなければ話が出来なかった。


「川を下る船っていうからもっと小さいボートみたいなのを想像していたが、こいつは海に出られそうなほどの貨物船だな」


 仙治は川下りということで数メートル程度の竿を刺して動かす船を想像していたが、実際には大量の貨物を積んで航行する数十メートル単位の大型船だった。

 積まれた貨物は大きな木箱で何十と言う数に昇り、乗客も彼ら以外に数十人が乗り込んでいる。

 そのうえ川の流れや人力ではなく、魔法で安定してスピードを出して進んでいく動力船だ。

 その大きな高速で動く船が、今は五隻ほど連なって川を南進している。


「これだけ大きく深い川には、水棲のモンスターもいる。小さく遅い船では襲われてすぐ沈んでしまう」


 当たり前の話として、底の浅い川に喫水の深い船は入ることが出来ない。それだけこの河の水量が多いことが伺える。


「水棲モンスターって言えば、グレートサーモンとかも出るのか?」

「確か、出るはず」

「あれの身とか美味そうだよなぁ。今は食べたくても食べられないけど」


 仙治は回転寿司でも欠かさず食べる程度にサーモンが好物だった。ゲームに出てくるグランドサーモンは、見るからに巨大な鮭そのもので、ドロップアイテムの切り身は無駄に美味しそうだったことをはっきり覚えている。

 そんな世間話のつもりだった仙治の発言に、ナナミが首を傾げる。


「その言い方だと、以前は食事が出来たみたい」

「そういえば言ってなかったか。俺も元は人間なんだ、死んでから何故かこんな姿になったけど」

「……センジ、その話、他の人にはしない方が良い。ボジャン達にも」

「ボジャンたちも?」

「触手に胸を揉まれるのはノーカンに出来るけど、人間だったとわかったらそうはいかない」


 昨晩、リリカがボジャンと良い関係なのを知ったうえで、彼女にギフトを付与するために揉んだばかりである。

 仙治自身、多少は気まずかったものの、当人たちが受け入れたのだからと軽く考えていた。しかし、どうやら仙治が人間であるか道具であるかと言う認識の差があったようだ。

 いまから仙治が人間であると教えたら、ボジャンもリリカも良い顔はしなさそうだ。


「――って、ナナミも嫌になったか? 俺が人間だってわかったら」

「もともと嫌と言えば嫌なのだけど」

「ソウデシタ」

「……今は慣れてきて、そこまで嫌でもない」


 少し頬を染めて目を逸らしながら呟いたナナミに、仙治はつい触手が騒ぎそうになるのを抑える。


「センジは、人間に戻りたい?」

「戻れるなら戻りたいところだ。この身体じゃ不便が多いし」

「世界を旅していけば、その方法が見つかるかもしれない」

「ああでも、俺の事より四人の目標を優先してくれよ。こっちは当ても無いんだからさ」

「センジ……」


 正確なところを言えば、全く当てが無いわけではない。

 伝説の魔剣スロースラウム。

 仙治以外に、この世界に存在するとされる意思を持った武具だ。この世界の人間たちの間では、ほとんどお伽噺のような扱いを受けている英雄伝説に登場する魔剣であるが、それが実在する可能性を仙治は知っている。

 だが、それはあくまでゲームで登場したから、この世界にも実在するかもしれないという憶測に過ぎない。

 ゲームとこの世界には差異がある。そのため、その憶測も決して絶対とは言えなかった。

 また、たとえスロースラウムに会えたからと言って、仙治が人間に戻る手掛かりになるとも限らない。


「それにこの身体もそこまで悪くない。ナナミの胸をいつでも揉めるからな」

「川に投げ捨てて良い?」

「良いわけあるか!!」


 ナナミの淡々とした口調で言われると、冗談か本気かわからず怖いものがあった。


「……ところで、グレートサーモンの身が美味しいという話は聞いたことが無い。センジは食べたことがある?」

「似たような別物ならある……と言えなくもない。しかし、グレートサーモンはモンスターだもんな、あまり食べるものでもないか」

「ええ、人間も丸呑みにされることがある」


 人間を食べたモンスターを食べるというのは、気持ち的に抵抗があるのも当然といえる。


「じゃあグレートサーモンの身を冒険者ギルドで買いとったりするのはなんでだ?」

「脂を取る。それから飼育しているモンスターの餌」

「モンスターを飼ってるのか? なんで?」

「農業や荷運びなどの労働力として、飼いならされた獣型のモンスターは有用」


 普通の動物、獣とモンスターの区別の違いは、ラブラディア伝説のゲーム内でも明確な説明が無かった。

 人体に良い影響を与えるものを薬、悪い影響を与えるものを毒と呼び分けるのと同じだ。その二つは、それ以外に区別する基準が明確ではない。むしろ、まったく同じ物質を時には薬、時には毒と呼ぶこともある。


「馬みたいに乗れるモンスターが居れば、旅も歩くより楽になりそうだな」

「それは考えた。でも、きちんと仕込まれた騎乗モンスターは高い。それに町に長期間留まっていると乗らなくても維持費がかかる」

「ああ……なんか聞いたことあるような問題だな」


 日本では若者の車離れなる言葉があったが、仙治自身、自分の車は持つ気も無かった。理由は色々とあるが、その一つが金銭の問題だったのは確かである。


「……ん? 前の船、なんだか様子がおかしくないか?」


 ふと仙治が呟き、つられてナナミも自分たちの前を行く船を見る。

 前方の船の甲板上で、大勢の人が慌ただしく動き回っていた。少し遅れて警笛の大きく甲高い音が響き渡る。

 前の船で何が起きているかは、すぐにわかることになった。


 突如として川面を割って飛び出した長く巨大な何かが、前の船の側面にぶち当たり、その船体を大きく揺らした。人々は立っていられないほどの揺れで、ロープで固定されていたはずの貨物が動き、いくつかが川に落ちてしまう。

 それで終わりではない。

 同じように水しぶきと共に水面から現れた複数の長い何かが、船を包み込むように次々と叩きつけられていく。

 巨大な触手が船を襲う光景に、思わずナナミは仙治を見下ろし、


「……親戚?」

「いやぁ……あそこまで立派な人は俺の家系には居ないなぁ」


 仙治はいきなり前の船を襲った触手の形状には見覚えがあった。

 長大なそれは軟体生物のように柔らかくしなり、テラテラと濡れ光る表面には、多数の吸盤を備えていた。

 赤と白のまだら模様と、足の数がちょうど十本ほど見えることから、その触手の持ち主の正体にも思い当たる。


「大王イカか? しかし……」


 ラブラディア伝説にも現れるイカを巨大化した水棲モンスターである大王イカ。しかし、ゲームではその出現場所は海であり、淡水域ではなかったはずだ。


 そんな疑問をよそに、仲間が襲われるという異常事態に全ての船が警笛を鳴らし始めた。

 遅れてイカ足の起こした波が船を大きく揺らし始める。

 船の乗組員である魔法使いなどの水上攻撃要員が甲板に出てきて、臨戦態勢に入る。


「乗客は中に避難しろ!」


 ナナミは戦闘の邪魔にならないよう言われた通り船の中に入り、ボジャン達と合流した。船内は乗客が座って過ごせるスペースが設けられており、そこでは大勢の乗客が不安そうな表情で身を寄せ合っていた。船の乗客は冒険者ばかりではなく、普通の町民らしき人も多い。小さな子供が一人、警笛に負けじと大声で泣いている。


「一体何の騒ぎだこりゃ?」

「前の船がモンスターに襲われた。とても巨大な触手」

「なんだ、センジの親戚か?」

「そのくだりはさっきやった」


 にべもないスルーに落ち込むボジャンを尻目に、荷物を背負うナナミ。最悪の事態を想定し、もし船団が用意した戦闘員が負けるようなことがあれば、その時は戦わずに逃げるためだ。

 水上で水棲モンスターとの戦闘など慣れている者でなければ、たとえ腕に覚えのある冒険者でも命がいくつあっても足りない。

 ナナミに倣い、三人とも荷物を背負った。

 そうこうしているうちに、外から魔法で攻撃していると思しき爆音が聞こえ始めた。


 前の船はおそらくもう手遅れだ。巨大な触手に絡みつかれた時点で、すでに船体をかなり傷つけられていた。たとえ撃退できても航行は難しいはずだ。

 まだこちらは襲われていないが、前の船が沈めば次の標的になるのはすぐ後ろを進むこの船になる可能性が高い。


 やがて爆音に混じってバキバキと船の壊れる音が聞こえてきた。

 ぶくぶくばしゃばしゃと激しい水音がして、大きな揺れが船を襲う。

 それが次第に収まり、そして攻撃の音も聞こえなくなった。

 外から伝わる音が無くなり、船内に子供の泣き声だけが響く。


 次の瞬間、ばきりと船体を突き破って複数の触手が船内に突っ込んできた。


「――ッ!?」


 船内に入り込んだ触手のうちの一本が、四人の居る場所に直撃コースで叩きつけられた。


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