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男の勇気は押す時だけでなく引く時にも

 その後、荷造りを終えたナナミは冒険者ギルドに向かった。他の町へ移動する冒険者向けに、手紙や荷物の配達依頼が出ていることもあるため、それを確かめに行くのだ。

 冒険者ギルドの建物は目抜き通りにある。表玄関から入るとすぐ、冒険者たちがたむろする待合所、依頼の受注と報告をする受け付けがあり、その奥には事務を執り行う事務所がある。

 仙治の記憶で一番近い物は、銀行や役所の窓口だ。やはり荒っぽい人間が大勢集まっているだけに多少の喧騒はあるものの、彼のイメージよりはずっと落ち着いた雰囲気である。

 依頼を張り出す掲示板は、その内容から種類別に分けられており、他の町への使いを求める依頼は、隅の方に集められていた。

 町の外を長期間移動するのは危険が多い。モンスターや野盗に襲われる危険があるためだ。そのため商品を運ぶ商人などは寄り集まり、冒険者や自前の護衛団を雇って隊商を組織する。

 他の町への荷運びは大抵その隊商に任せられることになるが、当然、その場合の移動スケジュールは隊商任せになってしまう。特定の町に急ぎの配達などになると、自由に動き回れる冒険者に頼むしかない。

 しかし、そうはいってもちょっとした荷物を運ぶだけの依頼なので、モンスターの討伐などの依頼に比べて、報酬額が安いことが多い。そうなると当然、受ける冒険者は少ない不人気な仕事なのだ。

 それこそ今のナナミたちのように町を移動することが先に決まっている者が、ついでに受ける依頼なのである。


「なあ、あんた……」


 と、掲示板を眺めていたナナミの傍に、男が一人近づいてきた。細身ながらしっかりとした鎧を身に着けた戦士風の格好は、いかにも冒険者と言う風体だ。だが、困ったような笑みを浮かべた顔立ちはどこか頼りなくも見える。


「そこの依頼を見てたってことは、他の町に行くのか?」

「答える必要はない」


 にべもなく言い放つナナミに男は一瞬たじろいだが、それでも引き攣った笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「その、なんだ、ちょっと話したいことがあるんだ。ついてきてもらえないか?」


 ナナミは少し眉を寄せ、警戒を強める。

 今回、他の町へ移る判断をした理由が理由だけに、万一ということがある。


「要件があるならここで言って」

「えっ! いや……ここじゃ話しにくいっていうか……へへ……」

「なら聞かない。さようなら」

「あああ待った、待って! 言う言う、ここで言うから!」


 立ち去ろうとするナナミを男は大げさに慌てながら引き留める。怪訝な表情ながらも足を止めた彼女を前に、男は汗の滲む額を拭い、深呼吸を始める。


(この動きって、なんか……)


 焦っているような緊張しているような男の様子に、仙治はふと何かに気付く。

 そして男は、気持ちの準備が出来たのか、赤い顔を引き締めてまっすぐにナナミを見た。


「俺、あんたに惚れてるんだ。今のパーティーを辞めて、俺たちの仲間になってくれないか?」

(言った――!? どストレートだぁ!?)

「……――?」


 男の言葉をしばし吟味し、それでも理解が追いつかずにナナミは無表情のままに固まっていた。

 先に反応したのは待合室にいる他の冒険者たちだ。


「あいつ言いやがった!」

「こんな場所で告白するか普通!? 俺には真似できねえな!!」

「ヒューッ!! やるじゃねえか!!」


 やんややんやの大喝采で冷やかす観衆を見回して、ようやく自分が告白されたことを理解したナナミは、頬が火照るのを感じた。

 なぜか一緒に晒し者にされてしまった事と、さっきまでの自分の警戒がまったく的外れだった事の恥ずかしさが相まって、言葉が出てこない。

 そうこうしているうちに、周囲の歓声が止んで一転、静寂が訪れる。

 観衆が飽きたわけではない。むしろ逆。これからやってくるメインイベントのために耳を澄ませているのだ。

 じっと無言でナナミを見つめる男と、固唾を呑んで見守る観衆。


(返事は待って……が許される状況じゃないな)


 沈黙は数秒程。ナナミは居住まいを直すと自分も男にまっすぐ向き直った。

 仙治は何故か自分も緊張しながら、ナナミが口を開くのを待つ。


「……ごめんなさい」


 その言葉を聞いた瞬間、男はがっくりと肩を落とし、周囲からも溜息が漏れた。


「……どうして?」

「今の仲間と別れる気はない。私たちには共通の目的があるから」

「あの二人の、どっちかが好きなのか?」

「それは無い。でも……気になる人ならいる」

「そっか……」


 俯いたままその場を去る男。周囲で見守っていた観衆のうちの何人かが、夢破れた勇者の肩を叩きながら、呑みに行こうぜと声をかけ、一緒に歩いていった。

 その背中を、ナナミは少しだけ眉根を寄せて見ている。

 と、ギルドの入り口のところで男は振り返り、


「……元気で!」


 晴れやかな顔でそれだけを告げ、男が立ち去るのを、ナナミは呆然と見送るだけだった。

 それからナナミは依頼を探すのを諦め、すぐに宿に戻ることにした。部屋に入ると仙治や他の装備を外し、ベッドに座って考え込む。

 しばらくは仙治も黙っていたが、彼には一つ、今日中にやらなければならない仕事があった。仙治に出来ることと言えば、ギフトの受け渡しだ。


「ナナミ、<怪力>をリリカに渡さないと」

「……わかった」


 一つ頷き、ナナミは仙治を身に着けるとベッドに仰向けになった。




 本日二度目の<付与か略奪か>を受けたナナミはかなり長い時間、ベッドに横になっていた。木窓の隙間から差す日は茜色に染まりつつある。

 荒かった呼吸もかなり落ち着いてきたが、それでもナナミは天井を見上げたまま、動こうとしない。

 すぐ横には、外した仙治が置かれている。まるで胸当てと添い寝しているような奇妙な構図だ。

 倦怠感の抜け切らない身体で寝返りを打ち、ナナミが仙治の表面にそっと指先で触れる。

 その彼女の表情を見て、仙治は少し戸惑いながらも声をかけた。


「……わからないことがあれば、聞いてみたらどうだ?」

「……どうして……あんな顔で」


 要領を得ない言葉ではあるが、何を聞きたいのかはすぐに理解できた。


「そうだなぁ、悩みが解決したってところじゃないか」

「解決? 私は断ったのに……」

「彼にとっては、断られてもよかったんだ。いや、もちろん告白を受け入れてもらえたらそれが一番なんだが」

「どういうこと?」

「例えば、新しい魔法を発明したとしよう」

「え……? う、うん?」

「新しい魔法が上手くいくかどうか実験してみる。そして成功した。それは問題ないよな?」

「……ええ」

「じゃあ、その実験がもし失敗したとしたら?」

「失敗は失敗。その魔法はダメだったといこと」


 唐突なたとえ話に戸惑いながらも、ナナミは当然だというように即答する。


「そう、失敗することでその魔法が『ダメだってことを調べることが出来た。』でも、もし実験をしなかったら? その魔法が成功するか失敗するかわからないままだ。わからないってことは、実験が失敗するよりも、ある意味では困った状況ってことだ」

「……告白も、同じだって言いたいの?」

「少なくとも、彼は曖昧なままより結果を出すことを選んだってことかな。そして、失敗と言う結果を受け入れた」


 ナナミは起き上がると、仙治を手に取りじっと見つめた。


「……あの人は、強い」

「あんな人前で告白するってのが、かなりの度胸なのは間違いないな」

「でも、白黒はっきりした方が幸せになれるとは、限らない。結局彼は、失敗したのだから」

「……それも一理ある。どっちが正解なのかは、結局、人それぞれなんだろうな」

「センジは……」


 ナナミは何かを言おうとして視線を彷徨わせ、結局口を噤んだ。

 代わりと言うように、仙治のほうから少しだけ引っかかっていたことを問いかける。


「気になる人はいるって言ってたけど、あれは彼が諦めやすいように嘘をついたのか?」

「……さあ、どうかしら」


 曖昧な答えと共に口元に笑みを浮かべると、ナナミは立ち上がった。

 仙治を持ったまま部屋を出て、そのまま隣の扉をノックする。そこはリリカが寝泊まりしている部屋だ。


「リリカ」


 返事が無い。もう一度ノックをしてみてもやはり返ってくるのは静寂だ。

 その時、宿の入り口側にある食堂の方から、リリカらしき怒鳴り声が響いてきた。


「いい加減にして! 行かないって言ってるでしょ!」


 慌てて食堂に出てみると、見覚えのない男性とリリカが口論になっていた。


「良いから来てくれ! 俺には君が必要なんだ!!」

「あたしにはあんたなんか必要ない! 何度言えばわかるのよ!?」


 すでにかなりヒートアップしていたようで、傍から聞いている分には男の勢いに乗った愛の告白はかなりの情熱を感じさせた。

 だが、当のリリカに完全に頭からの否定を叩き返され、男は一瞬、顔面蒼白になる。だが、すぐにその顔色は茹だった様に真っ赤に染まる。


「なんでだ!? 僕はこんなに真剣に君を愛しているっていうのに!?」

「あんたの愛なんて知らないわよ!! 一方的にそんなこと言われたって迷惑だわ!!」

「こ、の……僕の言うことが聞けないっていうのか……」


 いよいよ顔色が赤を通り越して黒くなり目も血走ってきた男が、低くドスの効いた声で唸った。

 そしてリリカの右腕を強引に掴み、彼女を宿から引きずり出そうとする。


「ちょっと、放しなさいよ!!」


 リリカも一応は、前衛として剣を振るう冒険者である。その彼女が本気で振りほどこうとしても、男の手は一向に緩まない。それどころか、掴まれた右腕を左手で押さえ、苦痛の表情を浮かべ始める。


「やめ、痛いっ……!」

「リリカ……!」


 さすがに不味いと気付き駆け寄ろうとしたナナミの横を、物凄い速さで追い抜いていく人影があった。


「ボジャン!?」

「放しやがれこのボンクラ!!」

「ひ」


 宿中に響き渡る怒声で硬直した男の横っ面にボジャンの勢いの乗った右拳が直撃した。


「フガッ!?」

「きゃあっ!?」


 もんどりうって倒れる男が、それでもリリカの腕を離そうとしなかったため、彼女も引っ張られて一緒に倒れそうになる。それをボジャンは腕を伸ばして抱き留めつつ、さらに男に蹴りを見舞った。

 側頭部を見事に蹴り抜かれた男は、そこでようやく意識と共にリリカの腕を手放す。


「ふぅ……大丈夫か?」

「あ、あ……だ、だいじょ」


 倒れかけたリリカをボジャンが腰に手を回して支えているため、まるでダンスの決めポーズのように横抱きにされた状態になっていた。

 急な展開についていけず熱暴走しかけている頭ではろくな返事も出来ず、リリカは口をパクパクさせる。


「おい、リリカ、本当に大丈夫か?」

「だ、ダイジョブ! ダイジョブだから! 離れて!」

「そうか。ナナミ、腕を看てやってくれ」


 そう声をかけられ、ナナミがようやく二人のところへ近づいていく。

 ひとまず見た限りでは男に掴まれていた腕がアザになっている以外にケガはないようだったので、腕にだけ軽く治癒魔法をかけていく。


「あ、あの……ボジャン?」


 治療も終わってようやく人心地ついたところで、リリカは俯きながらボジャンの傍に行く。


「へっへっへ、見直したか?」

「う、うん……あの、ちょっとカッコよかったっていうか……」

「しっかしまぁ、リリカなんかに惚れる奇特な奴がいるからって様子を見てたら、まさかあんなに酷い男だったとはな」

「……へ? 様子を見てた?」


 少しばかりうっとりとした表情でボジャンを見ていたリリカだったが、聞き捨てならない言葉にその顔が一気に凍り付く。


「おう、たまたま廊下に居たんだが、二人とも全然こっちに気付かないから、最初っから全部見てたぜ?」

「だ……だったら何で止めに入らなかったのよ! 私が他のパーティに引き抜かれそうになってたのよ!?」

「なんでって、あんな話を聞かない愚図だとは思わなかったから……」

「そうじゃなくて、あたしがあの男についていくとは思わなかったの!?」

「リリカがパーティを抜けるわけないだろ? あの丘の上でずっと一緒だって約束したじゃないか」


 ボジャンが変わらず笑みを浮かべたまま放った邪気の無い言葉に、リリカの表情は怒りから焦りや驚き、そして羞恥へと二転三転する。


「な……な、ななななんで言っちゃうのよそれをーっ!?」

「別にいいじゃないか、なんで怒ってるんだよ?」

「ううう、バカ!」


 結局、怒りに戻ってきた感情を爆発させ、ボジャンの肩を叩きまくるリリカ。

 ちょうどその時、騒ぎを聞きつけてやってきたモックと共にナナミは呆気にとられていた。


「なんの話だ?」

「私たちの村で恋人たちの丘と呼ばれる場所がある。精霊の住む丘の上で愛を誓いあう」

「なるほど、そういう……つまり、あの二人はとっくにくっついてたわけだな」

「さてと……モック、手伝ってくれ」


 リリカが息切れしてようやく解放されたボジャンは、ひっくり返って意識の無い男から、服を剥ぎ取り始めた。


「ちょ――!? 今度は何してんのよ!?」

「迷惑かけられた分の仕返しだ、仕返し」


 ボジャンとモックは、パンツ一丁に剥いた男をロープで後ろ手に縛りあげると、宿の入り口にある看板に括り付けた。


「そ、そこまでしなくても……」

「センジにギフトを奪らせないだけマシだろ」

「さらっと俺まで被害に巻き込むなよ。男の胸なんか嫌だからな!?」


 ボジャンはさらに、食堂の脇に置かれていた空き箱から板を一枚剥がして持ってくると『私は女に振られてみっともなく取り乱しました』と書き込んで男の足元に置いた。


「へっへっへ、これでよしっと」

「こいつ、明日の朝には町中で噂になってるだろうな……」

「いいじゃないか。出て行く俺たちの代わりに、しばらく話題になってもらおうぜ」


 一通りやって満足したのか、ボジャンは笑いながら自分の部屋に戻っていってしまった。


「三人とも、明日の朝は寝坊すんなよ!」


 残された三人は顔を見合わせる。


「……ボジャンも相当、怒ってたってことかな」


 ぼそりと呟いたモックの言葉に、少し驚いた顔を見せたリリカは、慌ててボジャンの部屋に駆けこんでいった。

 モックとナナミもそれぞれの部屋に戻っていく。


「ふぅ……今日はなんだか、色々あった」


 普段なかなか弱みを見せないナナミが、珍しくこぼした溜め息に、仙治は少しドキッとした。


「そ、そうだな。今日はもう早めに寝た方がいいんじゃないか?」

「そうもいかない。リリカにセンジを渡さないと」

「……あ」


 忘れていた仕事を指摘され、思わず声を上げる仙治。

 そのリリカは今、ボジャンの部屋で何事か話をしているはずで、下手をすればほにゃららなことをしている可能性も無くはない。


「俺、リリカの胸を揉まなきゃいけないの? このあと?」

「しっかり堪能するといい」

「……ナナミもなかなか言うなぁ」




『付与成功:<怪力><跳躍>を与えました』


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