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装備しないレア装備って持ってても仕方ないし売るしかないよね

 霧雨に霞む街灯の下を、傘を差した人々がちらほらと行き交う。

 いつもより車の多い国道脇を、男が一人歩いている。

 若者向けの黒ラインのスーツに濃紺のネクタイ、汗染みは無いが少しよれたワイシャツ。右手はビニール傘を差し、左手にスーパーのレジ袋を提げている。

 立波仙治。

 社会人五年目の彼は、脳の片隅に転職という単語を置きながら、家に帰ってからの楽しみに思いを馳せていた。

 明日は休み。惣菜をツマミに発泡酒を飲んだ後、先日購入したばかりのゲームを寝落ちするまでプレイするつもりだった。


 現在、彼がハマっているゲームは、あまり大きな声で言えるものではないが、成人向けVRRPGである『ラブラディア伝説』というものだ。

 VRゲームのクオリティやボリュームがあがってきた二〇二〇年代現在でも、アダルトVRゲームとしては異例とも言える大ボリュームのゲームとしてアダルトVRゲーム業界初のヒット作となっている。


 ゲームの基本は非常にシンプルで、RPGとしてモンスターなどとの戦闘を行いつつ、3Dモデルのキャラクターを裸にしたり、セクシュアルな行為を行うことが出来る。

 主要人物の他にも、様々な需要に応じた女性型モンスターを始め、町娘のようなモブに至るまで大量の女性キャラが作り込まれたグラフィックで用意されている。

 アイテムや装備も戦闘に用いる物ばかりではなく『そういう用途』の物が用意されていたりと、成人ゲームとして非常に充実した内容を持っていた。


 だが、本作のヒット要因はそれだけでは無かった。

 他のゲームとは異色のゲームシステム、それは憑依だ。言葉通り、プレイヤーが他のモンスターやアイテムに憑依するというもので、当然、それはアダルティな用途を意味している。

 モンスターは女性型以外にも大量に用意されており、オス型に憑依することで異種姦を行うこともできれば、アイテムや装備に憑依して、一風変わったプレイを、VRならではの現実ではありえない視点から愉しむことが出来た。


「……ふへへ」


 交差点で信号が切り替わるのを待ちながら、仙治はこの後プレイするゲームの進行チャートを思い浮かべて頬を緩ませていた。

 青信号に変わり横断歩道を渡る途中、雨音の向こうからいきなり耳をつんざくクラクションが鳴り響いた。

 振り向くと同時に二つの光が目を焼き……そこで一旦、彼の記憶は途切れる。



 意識を取り戻した仙治は何も見えず、何も聞こえず、そして体も動かせないという状況にあった。

 最後の記憶と現状を合わせて考えると……どうやら車に轢かれたのだと思い至る。その時、目と耳も同時にやられ、全身動かせないほどの傷を負った。

 どれほどの大事故だったのかわからないが、生還できただけでも幸運だったとは、彼自身は受け止められるなかった。


(この状況で喜べるほど不幸な人生は歩んでないぞ……!)


 もし回復するのならばいい。だが、このまま何もできない状態で生き続けるなんて、地獄以外の何物でも無い。

 胸の奥に焦りが広がり、とにかくがむしゃらに身体を動かそうとする。

 と、不意に聞き慣れた効果音と共に目の前の空間に何かが現れた。

 それはラブラディア伝説のプレイ中に表示される、システムウインドウだ。

 真っ暗闇の中に浮かび上がる、見慣れた存在に、ほっと安堵する。


 自分は車には轢かれておらず、無事に家に帰ってからゲームをプレイしながら寝落ちしただけ。

 そうだそうに違いないと自分に言い聞かせつつ、仙治はログアウトしようとして……普通ならそこにあるはずの表示が見当たらないことに気付いた。


(これはまさか……ひょっとして……)


 不意に、がちゃがちゃと金属を擦り当てるような音が、かなり近くから聞こえてきた。

 そして、キィィというドアを開ける音がひときわ大きく響く。


 外から差し込んできた光に一瞬目がくらみ、それに慣れると覗き込んできた人影と、仙治の目が合った。

 いよいよ仙治の頭は混乱する。

 彼を見下ろす人の服装が、現実であればお目にかかれないような、しかし見覚えがあるものだった。ラブラディア伝説の中で。



「おっ?」


 仙治はゲームの登場キャラのような格好をした男に、片手でひょいと拾い上げられた。


 薄茶色の服の上から革を合わせて作られた軽量の防具を身にまとう、ひょろながの男。口元には常にニヤニヤと笑みを浮かべている。


 彼を囲むように、似たような革防具を身に着けた人間が三人立っていた。

 長大な抜き身の剣を提げた大柄の男は、細い目にぎゅっと結んだ口元は、頑固おやじのような風格がある。

 細身の剣を提げた長身だがすらりと細い体格の女。意志の強そうな釣り目と燃えるような赤毛が目を引く。

 それから身体を覆うようにマントを羽織った小柄の女。眼鏡を掛けており、俯きがちだがマントの上からでも胸元が隆起しているのが見て取れる。


「鉄製の防具だ。罠が仕掛けてあっただけあって、使えるもんが入ってるじゃん」

「これは胸当てか。この形は女性用みたいだな」

「リリカにはちょっと大きすぎるサイズだな、へっへっへ」

「うるさいわね! その舌、根っこから切り落とすわよ!?」

「……待って。ボジャン、良く見せて」

「お? ナナミならちょうどいい大きさか?」

「そういうことじゃない……」


 この場所……ダンジョンを探索していた四人の冒険者は、たった今開けた箱を前にしてわいわいとやかましく騒いでいた。

 男の手にある鉄製の胸当て……立波仙治の成れの果ては、状況を理解し、眩暈を覚える。


(ここはラブラディア伝説の世界……か? こいつらも見たことあるキャラ、だと思う、多分、特徴はそれっぽい)


 見たと言っても、あくまでゲームのグラフィックとして、である。

 表現技術が向上しているとはいえ、やはりそこはあくまでゲーム。キャラクターは現実の人間そのままとはいかず、デフォルメされており、テクスチャで表現される。

 だが、いま仙治が目にしている人間たちは、完全に現実のそれにしか見えなかった。デフォルメもされておらず、服と肌のテクスチャ食い込みや髪のパーティクルのまとまりも見て取れない。

 頭を強引にツッコめば裏側を覗けるようなCGグラフィックとは、まったく違うものにしか見えなかった。


(……システムウインドウが無かったら、ラブラディア伝説の世界だと気づかなかったかもしれないな)


 手の中の胸当てが思考を持った存在だとは想像だにしていない男、ボジャンは冒険者仲間の女にその胸当てをぶら下げて見せる。

 ナナミと呼ばれた女は何事か口の中で小さく呟いた。

 ぽうと彼女の手に光が点り、その光が空中を漂って胸当てに触れる。


「……やっぱり、これ、特殊な力を持っている」

「ただの胸当てにしか見えないぜ?」

「それは外側だけ、こうすれば……」


 鉄製のガードを動物の革で繋ぎ止めただけの、シンプルな防具。見た目からはそうとしか思えない代物である。

 訝しむボジャンから胸当てを受け取ったナナミは小さなナイフを取り出し、切っ先で胸当ての裏側、装着した時に身体に当たるほうをちくりと刺した。


「痛っ~~っ!?」

「喋った!?」


 ナナミは驚きのあまり、胸当てから手を離す。

 仙治は刺された痛みと地面に転がったショックで、思わず仰け反る……ような気持で身体を動かそうとした。

 胸当てである彼の身体はやはり動かなかったが、代わりというように、胸当ての裏側が、いきなりぞわりと蠢いた。

 さっきまで鉄にしか見えなかったものが、大量の小さな軟体動物が並べられたようにうねうねと動き出す。

 細いみみずのような大量の触手が、胸当ての裏側をびっしりと覆っていた。


「うっげっ!? なんだそれ気持ちわり!?」

「触装武具……太古の文明が作り上げた、特殊な装備。力を与えるとか、奪うとか言われている」

「どっちだ?」

「よくわかっていない……それに、喋るなんて話も聞いたことが無い」

「おいおい、わからないことだらけじゃないか」

「滅多にお目にかかれるものではないから。私の鑑定魔法でもよくわからなかった」


 二人の会話を地面に転がったまま聞いていた仙治は、自分がそういう者に「憑依」したような状態であることを理解した。


「あー……つまり、よくわからないがとんでもないレアものってことでいいのか?」

「そういうことになる」

「よっしゃあ! そうとなりゃ帰って売ろうぜ! その金で今日は祝杯だ!」

「……って待て待て、売り飛ばされるとどうなるんだ!?」


 慌てて話に割って入ってきた胸当てを、冒険者たちが見下ろし、顔を見合わせる。

 ロールプレイングゲームでは、持っている装備を店で売ることが出来るのはごく普通のシステムと言える。だが、売った後の描写などと言うものは当然、無い。

 しかし、現実に物品を売買すると、その品のその後と言うものがあるはずだった。

 普通に考えれば商品として店頭に置かれ、改めて装備を必要とする他の冒険者が買っていくということになる。

 だが、もし売れ残ったらどうなるか。

 店の棚の肥やしになって忘れ去られるというのは、ぞっとしない未来である。


「や、役に立つんじゃないかな? 装備したら」

「こう言っているけど……」

「俺たちの中で装備出来るのはナナミだぞ? それ、着けたいか?」


 ボジャンが指差した胸当ての裏、未だにうねうねと蠢いている細い触手の群れを見下ろし、ナナミは表情を変えないまま首を横に振った。


「むり」

「だべ? つーことで臨時収入確定! いやー、初めてのダンジョン探索でこんなお宝が手に入るとは思わなかったぜ」

「ではここで引き上げるとするか?」

「おう、結構潜ったしな。ちょうどいいだろ」


 無慈悲な決断に、涙が出そうになる仙治だったが、泣くための目が無かった。


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