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第九話

 海戦2日目早朝、リンデマンは昨日と同規模の攻撃隊を、偵察機と同時に発進させた。ただし、この時点で敵艦隊の位置は正確には把握できておらず、半ば推測に基づく発進であった。


 しかしながら、リンデマンはじめ東洋艦隊首脳部には自信があった。


「昨日の敵機の帰投ルートと、さらに敵艦隊のオーストラリアへの最短ルートを鑑みるに、必ず我が艦隊の西方のどこかにいるはずです」


 ドイツとともにイギリスの艦載機もヨーロッパと言う地理的な要因もあってか、その航続力はそこまで大きくない。加えて、東洋艦隊は英艦隊への距離を詰めるべく丸1日驀進していた。


 仮に敵艦隊が一時的に距離を置こうと後退したとしても、昨晩「ソード・フィッシュ」攻撃機を発進させ、さらにはオーストラリアに向かうという至上命題がある以上、必ず近くにいるという半ば確信めいたものがあった。


 そしてこの判断は吉と出た。攻撃隊と同時に発進した偵察機が英艦隊を捕捉した。もちろん、攻撃隊はただちに針路を変更してそちらを目指した。攻撃隊そのものの針路上にはいなかったが、その隣の索敵線を飛んだ偵察機の線上に英艦隊を発見した結果、攻撃隊はわずかな時間と距離のロスで英艦隊に襲い掛かった。


「ライミ―どもに一撃を喰らわしてやれ!突撃!」


 25機の攻撃隊が、英艦隊に殺到した。そして英艦隊にとっては不運、独攻撃隊にとっては幸運なことに、英空母は夜間攻撃隊を収容後の整備と補給を行っている段階であった。


 レーダーで攻撃隊を探知して迎撃機は上げていたが、その防空スクリーンは容易に突破された。


 そして「スツーカ」と九七式艦上攻撃機が英空母「ヴィクトリアス」に襲い掛かった。


「撃て撃て!ドイツ野郎を近づけるな!」


 英艦隊は全ての対空火器を独攻撃隊へと向け、その撃退に掛かった。しかし英艦隊にとってマズかったのは、確かに地中海などで彼らは急降下爆撃機「スツーカ」や、イタリア空軍の三発機による雷撃などは経験していた。


 ところが、独東洋艦隊が使用する日本からの供与機である九七式艦上攻撃機は、それらとは勝手が違った。照準の的としてはイタリア空軍の雷撃機より小さく、加えて普段彼らが見慣れた艦上攻撃機である「ソード・フィッシュ」や「アルバコア」より高速であった。


 このため、急降下爆撃に関しては命中を許さなかったが、雷撃に関しては戦艦「デューク・オヴ・ヨーク」と空母「ヴィクトリアス」にそれぞれ1本ずつの命中を許す結果となった。


 この内「デューク・オヴ・ヨーク」は、命中箇所を中心に浸水を許したものの、戦闘航行ともに何ら支障のない範囲の損傷であった。


 ところが「ヴィクトリアス」は、そうはいかなかった。命中箇所が艦後部の機関室に近い場所であったため、当然機関部に損傷を受けて速力が半減してしまった。さらにまずかったのは、魚雷爆発のショックで格納庫内に火災が発生、その火災が整備中だった機体のガソリンに引火、誘爆してしまったことである。


 懸命の消火活動とダメージ・コントロールで、弾薬への誘爆は防がれたが、格納庫内に駐機していた機体の大半を喪ったことに加えて、前部エレベーターが作動不能に陥った。


 つまり「ヴィクトリアス」は空母としての機能を喪失してしまったのである。


 独攻撃隊も激しい対空砲火によって5機を喪っていたが、もちろん補給と整備さえすれば、残存機による攻撃続行は可能であった。


 対して英機動部隊は航空機の運用が不可能となり、実質的に制空権を喪ってしまった。


 こうなると一大事である。今後英艦隊は独東洋艦隊の航空機に一方的に叩かれることとなる。


 そしてその懸念は、その日の午後には現実のものとなった。午後、再び20機余りの独攻撃機が英艦隊に襲い掛かった。既に上空に戦闘機がいないのを見透かして、戦闘機にまで爆装しての攻撃であった。


 戦闘機隊が巡洋艦や駆逐艦に爆撃と機銃掃射で牽制している間に、艦爆と艦攻は損傷して速度の出ない「ヴィクトリアス」に攻撃を集中した。


 この攻撃でさらに2本の魚雷と爆弾数発を受けた「ヴィクトリアス」は完全に停止状態に追い込まれた。また「デューク・オヴ・ヨーク」も爆弾1発を後部砲塔に受けて、旋回不能に陥った。


「ヴィクトリアス」は貴重な空母であるため、英艦隊はなんとか曳航しようと試みたが、作業が進まない内に日暮れを迎えてしまった。


 こうなると、より作業は困難なものとなった。下手にライトを灯せば格好の目標となってしまう。一方で灯がないと、作業が難しくなるのも事実であった。


 結局、英艦隊司令部は被発見率が上がるのを承知で、作業に必要なライトを点灯した。


 この結果は半分吉、半分凶となって英艦隊に降りかかった。


 まず吉の方は、ライトを点灯したことで、曳航作業は捗り「デューク・オヴ・ヨーク」が速力10ノットで「ヴィクトリアス」を引っ張り始めた。


 一方凶の方はと言えば、案の定独東洋艦隊がこの灯を捕捉して猛追してきたことであった。


「フォイアー!」


 リンデマンは電探と光学照準を併用して、砲撃開始を命じた。「ビスマルク」の38cm砲弾が英艦隊に届き始めた。


 対する英艦隊はと言えば、「ビスマルク」に対抗できる「デューク・オヴ・ヨーク」が曳航中のため、さらには昼間の空襲で後部主砲をやられたために、後方から追撃してくる独艦隊に砲撃ができない。


 そのため、英艦隊司令は苦渋の命令を伝えた。


「巡洋艦と駆逐艦は全力で独艦隊を阻止せよ!」


 戦艦に対して巡洋艦と駆逐艦だけで対応しろというのは相当な無茶だが、他に手はなかった。そしてまた、栄光のロイヤルネイビーに属する彼らは、臆することなく「ビスマルク」目掛けて突撃した。


「ビスマルク」もさすがに自らの安全を守らざるを得ない。主砲の目標を向かってくる巡洋艦と駆逐艦に変更した。


 この時突撃したのは2隻の駆逐艦と2隻の巡洋艦であった。駆逐艦の内の1隻は「ヴィクトリアス」に付き添っていたため、4隻でしか突撃できなかったのだ。もっとも、たった4隻でも相手が「ビスマルク」1隻だけで、連携を取れていたらなんとかなったかもしれない。


 しかしながら独東洋艦隊も戦艦「ビスマルク」1隻だけではなかった。装甲艦の「シェアー」に巡洋艦の「エムデン」がいた。


 3隻は突撃してくる英艦艇に集中砲火を浴びせた。まずは目の前の火の粉を振り払うことに専念したわけだ。そしてその結果は、一方的な虐殺に近いものとなった。


 何せ総トン数が1万トン以下しかない「サウザンプトン」級軽巡洋艦と、同じく2000トンに満たないO級駆逐艦に口径38cm、28cm、15cmの砲弾が降り注いだのである。


 結果4隻が松明と化すのに30分しか掛からなかった。最後の駆逐艦はそれでも魚雷の射点に付こうと突進したが、結局魚雷発射前に轟沈した。


「敵ながら素晴らしい敢闘精神だ」


 インド洋深く沈んだ駆逐艦に、リンデマンは敬意を表して敬礼した。


 そしてそんな巡洋艦と駆逐艦による捨て身の戦闘により「ヴィクトリアス」は・・・助からなかった。


 結局のところ、30分程度の足止めでは逃げ切ることなど出来なかった。その貴重な30分で出来たのは、曳航は不可能と判断して曳航索を切って、自沈処分のために必要な作業をし、そして総員退艦命令を出すことだけであった。


 生き残った「デューク・オヴ・ヨーク」と駆逐艦1隻は、生存者を救出すると、セイロン島方面へ遁走した。


 そして残された「ヴィクトリアス」は、独東洋艦隊が包囲した時点で既に大きく沈下しており、最終的に駆逐艦の魚雷でトドメを刺された。


 こうして独東洋艦隊は英艦隊との戦闘に実質的に勝利した。しかし。


「ここからが大変です」


「ああ」


 「ヴィクトリアス」の最後を看取った後、独東洋艦隊は当初の作戦を中止し、シンガポールへの帰路についた。針路を変える「ビスマルク」の艦橋で、リンデマンは参謀の言葉に、厳しい表情で静かに頷いた。


 英艦隊は撃破したものの、そのために丸々1日時間を消費した。その間に米機動艦隊が追い付いてこないとも限らなかった。この時点で独東洋艦隊も航空機、特にその燃料と弾薬を激しく消費しており、またパイロットも連続出撃のために、休養が必要であった。


 つまりこれ以上の戦闘続行は、実質的に不可能であった。少なくとも、航空機関係の補給とパイロットの休息が必要であった。


 万が一、米機動部隊の大規模な航空攻撃を受けると厳しい立場に置かれる。


 加えて、仮に無事にシンガポールに辿り着けたとしても、当初の作戦目的であるオーストラリア沿岸部での作戦を中止したことによる戦略目標の不達成は、実質的な作戦失敗と受け取られかねないことであった。


 この件で、本国の海軍総司令部がリンデマンに何らかの責を追及する可能性もあった。


「まったく、勝っても負けても思い通りにはいかんな」


 海戦には勝利した。しかしながら、それ自体が戦争の多勢に影響するとは限らなかったし、またその勝利が明日の勝利を約束するものでもなかった。


 激しい戦いを終えたものの、独東洋艦隊はその勝利の余韻に浸ることを許されず、一路インド洋をひた走るのであった。

 






 


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