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第八話

 発見した英機動部隊に向けて攻撃機が発進した。戦闘機9機に艦爆12機、艦攻7機の計26機であった。


 本格的な機動部隊同士の戦いを幾度か交えている日米海軍の関係者が見れば、大型空母同士の決戦に投入する機体としては少なく感じるだろう。


 しかし、元々の搭載機数が少ない「グラーフ・ツェッペリン」ではこれが全力投球であった。


「頼むぞ。とにかく敵空母を戦闘不能にさえすればいい」


 リンデマン提督はじめ、それが独東洋艦隊首脳陣の認識であった。


 今のところ独海軍の空母が打撃を受けたことはないが、しかし日本海軍からの情報提供などで、空母は基本的に脆弱な軍艦と言う認識は彼らにもあった。


 そもそも空母は、それ単独では戦力にならない。その主兵装たる航空機を運用できてこそ真価を発揮する。すなわち、航空機を運用できない空母は戦力として役立たずとなる。


 つまり沈まなくても、航空機が運用できない状態に追い込まれればアウトなのだ。この場合飛行甲板を破壊されるのが最も痛い。そうでなくても、着艦用のフックなどの装備一式が使用不能となったり、被雷して傾斜したりしても、航空機の運用は難しくなる。


 だから最悪の話、魚雷や爆弾の1発で戦闘能力喪失もあり得るわけだ。


 とにかく先制して一撃を加えれば・・・リンデマンを含め独東洋艦隊の誰もが祈った。


 ところが、結局のところそれは叶わなかった。と言うのも。


「あの雲を越えるのか!?」


「無理だ・・・」


 急激な天候の変化、それも悪天候。凄まじい大きさの積乱雲が攻撃隊前方に広がり、その進攻を妨げた。


「ダメだ・・・引き返す」


 攻撃隊指揮官は苦渋の決断をした。積乱雲に突っ込み、墜落しては無駄死になってしまう。ここは出直すしかない。


 独攻撃機は泣く泣く爆弾と魚雷を投棄して引き返した。


 こうしてドイツ側の先制攻撃は空振りに終わった。


 もっとも、それは英機動部隊側も同じであった。と言うより、多少なりとも運命の女神は英側に意地悪なことをした。


 独攻撃隊発進後、英機動部隊より発進していた「フルマー」が独東洋艦隊を発見、その位置を艦隊に通報した。


 このため、英機動部隊側でも攻撃隊の発進準備に掛かった。しかしその最中に天候が悪化し、こちらは発進を取りやめざるを得なかった。


 さらに、殊勲の偵察機は悪天候のために機位を喪ってしまい、燃料切れによって不時着水を余儀なくされ、乗員は脱出後漂流するとういう不運な目に遭った。彼らが命からがら救助されたのは3日後のことである。


 こうして1日目は双方ともに、航空攻撃は不発に終わったが、この時点で独東洋艦隊は大きな決断を迫られた。


 と言うのも、英機動部隊が予想より早く出現し、さらにその英機動部隊の戦闘が長引くということは、同様にインド洋方面に進出してくるという米機動部隊との会敵の可能性を高めてしまうことを意味する。


 英機動部隊相手なら、独東洋艦隊としても5分5分かそれ以上の戦闘を行えるだけの自信がある。しかし、米機動部隊となると話は大きく変わる。水上戦闘艦艇の性能はともかく、航空機の運用能力に格段の差があるからだ。


 最悪の場合滅多打ちという可能性も無きにしも在らずだった。


「さて、どうしたものか・・・」


 第一次攻撃隊を収容した時、リンデマンは今後の艦隊行動をどうするべきか大いに迷った。


 一番無難なのは、北上してシンガポールに撤退帰投することだ。リスクを最小限に抑えるならこれである。何せ敵地や敵艦隊から退避することとなり、加えて味方の制空権下に入れば、基地航空機の支援も見込める。


 一方で、これをやってしまうと戦果をほとんど挙げていない現状、出撃時代が無駄になってしまう。それどころか、最悪敵前逃亡でリンデマンら東洋艦隊司令部の進退に関わることになるかもしれない。


 現実的に考えれば、本国から遠く離れて連絡も難しいこの地にいるリンデマンらにそうした処分が科される可能性は低いが、それでも味方の士気や同盟国日本からの信頼に悪影響を与える可能性は非常に高い。


 もちろん、リンデマンとしても中途半端に逃げ出すのは面白くない。


 となると、撤退帰投は選択肢から外れる。英機動部隊ともう一度仕切り直しての戦闘が必要となる。


 この戦闘を如何に優位に運び、なおかつ接近する米機動部隊への対応を考慮しなければならない。


「いったん北西に針路を転じて、オーストラリアから離れましょう。そうすれば敵の基地航空機や、米艦隊に追いつかれるまでの時間を稼げます」


「だが北西に転じている間に、英機動部隊が我々との戦いを放棄して、オーストラリアに東進してしまえば、捕捉は難しくなるぞ」


「そうなると、米機動部隊や基地航空機と合流されて、話にならないことになるぞ」


「いっそ、最短距離を西進して艦隊決戦に持ち込んでは?「ビスマルク」の火力なら「KGV」級と充分に張り合えます」


「いや、英空母にはあの忌々しい「ソード・フィッシュ」がいる。奴らに夜間雷撃をされれば、こちらには防ぐ手立てがない」


 と、議論は白熱した。


 リンデマンは参謀たちの意見と、敵機動部隊の予想位置を示した海図を見ながら、艦隊の今後の方針を決めることにした。


「諸君らの意見をまとめると、北西に迂回するか、西進するかだな。どちらにしろ英機動部隊に接近することになるが、私としてはここは敢えてリスク承知で西進するべきだと思う。北西に迂回している間に、英機動部隊を逃がし、米機動部隊と合流されては話にならない」


「しかし提督。敵の夜間雷撃もありえますが」


 英空母に搭載されている「ソード・フィッシュ」雷撃機は、複葉機と言う外観だけ見れば前大戦時の機体と変わらない、旧態依然とした機体だ。一方で、低速で安定性があり、取り回しが容易と言う利点もある。


 そうした長所を生かして、彼らが地中海で頻繁にやっているのが夜間雷撃だ。照明弾搭載機と雷撃機がチームを組み、枢軸側の輸送船団を照明弾で照らし出して雷撃を行うという戦術だ。


 また、かつてタラントのイタリア艦隊に夜間攻撃で大打撃を与えたのも「ソード・フィッシュ」である。


 決して侮れる相手ではない。


 だが、リンデマンは侮る気もなかったが、恐れる気もなかった。


「確かにその恐れはあるが、しかし敵空母の艦載機全てが「ソード・フィッシュ」などということはあるまい。精々多くても10機程度だろう。その程度の機体の攻撃なら、本艦隊の将兵なら充分対応できる」


 英機動部隊の空母の搭載機が少ないのは確実だ。リンデマンは冷静に頭の中で敵が出せる機体の数を弾きだし、イケると判断した。


 これは東洋艦隊が北極圏航路の航行や、インド洋での戦闘など、長期に当たる航行や戦闘を通して充分な練度を有しており、襲い掛かって来るであろう10機程度の「ソード・フィッシュ」相手なら充分対応できると考えた故のものだった。


 また、敵が夜間雷撃を仕掛けてきたならきたで、それは悪い話ではない部分もあった。


「それにだ。もし敵が夜間雷撃隊を出せば、少なくとも日の出後の戦闘はこちらが先手を取れる。機動部隊戦を有利なものにできるぞ」


 仮に英機動部隊が夜間雷撃隊を出せば、その使用機は整備や補給で着艦ご数時間は使い物にならなくなる。その隙を衝ける可能性もあった。


「リスクを恐れていては何もできない。我が艦隊はこれより英機動部隊に向けて西進する」


 こうして「ビスマルク」はじめ独東洋艦隊は英機動部隊目掛けて突進を開始した。


 そして日没を迎え、周囲は闇に包まれた。その中を進む艦隊の艦上では、対空火器に兵たちが取り付き、いつでも撃てる万全の態勢を取っていた。


 そして、日付が変わるころ。対空用レーダーがそれを捉えた。


「敵機来襲!」


 予想通り、英軍の夜間雷撃隊が襲来した。その直後、敵機が照明弾を投下した。夜空に眩い光が湧き上がり、東洋艦隊の艦艇群を照らし出した。


「対空撃ち方はじめ!」


 各艦上では次々と対空射撃が開始された。高角砲や対空機銃が空に向けて一斉に発射された。これを援護するため、探照灯が夜空を照らし出す。此方の位置を暴露することとなるが、一方で敵機を照らし出しつつ敵のパイロットの視界を幻惑する。


 とは言え、対空火器と言うのは中々当たるものではない。夜空には凄まじい爆炎と曳光弾の軌跡が織りなす絵図が広がるが、派手さとは裏腹に敵機を撃ち落とす様子は中々起きない。


 間もなく、敵機の巻き起こす爆音が艦隊上空を通過した。


「来るぞ!雷撃に備えよ!」


 対空火器を放ちつつ、各艦は回避運動に入る。夜間ゆえの衝突の危険もあるが、背に腹は代えられない。


 脱出する敵機に追いすがるように、対空火器の音は中々止まない。


 一方で、恐れていた魚雷の命中音も衝撃も起らなかった。


「魚雷は全て回避の模様!」


「敵機は離脱しつつあり!」


 その放送が艦隊内を駆け巡った時、対空火器の射撃がようやくのこと止み、誰もが歓声を上げることなく、静かに胸を撫でおろすのであった。


 


 


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