第七話
パース襲撃を目指す独東洋艦隊からは、付近に万が一でも敵がいないか確認するために、偵察機が発進していた。それは「グラーフ・ツェッペリン」からだけではなく、「ビスマルク」と「アドミラル・シェーア」、軽巡「エムデン」からも発進していた。
本来これらドイツ艦艇に搭載される水上機は、アラド社製のAr196型水上機であった。しかしドイツから持ち込んだこれら機体は、インド洋での偵察任務やその後の訓練中に次々と事故や損傷などで消耗し、この時点で健在な機体は1機しかなかった。
そのため、独東洋艦隊は日本製の機体を代替機として購入して搭載していた。そして搭載されたのが、三菱製の零式水上観測機であった。
複葉機で操縦席は吹きさらしではあったが、Ar196と同じ複座であるのと、前方機銃が搭載されている点が評価され、この機体が零式水上偵察機を抑えて選ばれた。ちなみに、これに伴って搭載する艦艇ではカタパルトの換装等の工事を実施している。
さて、鉄十字を胴体と主翼に描いた3機の零式水上観測機は「グラーフ・ツェッペリン」から発進した2機のやはり鉄十字を描き込んだ日本製の二式艦上偵察機とともに、印度洋の空へと舞い上がった。
もっとも、それらを操るパイロットたちはいずれも油断とまではいかないまでも、状況を楽観視していた。事前に得られた情報では、現在パース沖合に有力な連合軍艦艇はいないと聞かされていたからだ。
そのため、彼らは東洋艦隊より退避するオーストラリア海軍の小艦艇、あるいは商船を見つけられれば関の山と考えていた。
ところが、その内の1機。ウルリッヒ空軍中尉(ドイツは某国家元帥兼空軍大臣のせいで艦艇搭載機に至るまで空軍所管)機は仰天することとなった。
「ようし、そろそろ引き上げるぞ」
それは予定偵察空域の先端まで達した頃(艦隊から約150海里地点)のことであった。操縦するウルリッヒは艦隊への帰路につこうとしたが。
「機長、2時下方に艦艇らしきもの!」
「何?」
後部席のリッケルト少尉が素っ頓狂な声を上げた。その方向を見ると、確かに航跡らしきものが雲の合間に見えた。
「降下しつつ確認する。リッケルト、念のため機銃を構えておけ」
「了解、機長」
ウルリッヒは機を降下させて、眼下の海上を航行する艦艇の正体を確かめる。
「何てこった・・・」
「機長!戦艦に空母です!」
雲の合間から姿を現したのは、間違いなく戦艦と空母、そして護衛艦と思しき中小艦艇が4~5隻ほどであった。
「そんな!どうして!?」
「理由なんてどうでもいい!リッケルト、直ちに艦隊に打電!平文で構わん!敵空母と戦艦各1と、現在位置だ!」
ウルリッヒはただちに退避行動に移った。敵艦隊がレーダーを装備している以上、既に自分たちは探知されていると考えた方がいい。そうなれば、敵戦闘機が襲い掛かってくるのは時間の問題であった。だらからこそ、暗号ではなく平文で打電させた。
その予想通り、間もなく彼らの機体は銃撃を受けた。
「打電急げ!クソ!「ハリケーン」か!?「マートレット」か!?」
ところが、ウルリッヒが目にしたのは意外な機体だった。
「「フルマー」か!」
襲ってきたのは純粋な戦闘機ではなく、多座機の「フェアリー・フルマー」だった。7,7mm機銃を主翼に8挺搭載して爆撃なども行えるが、多座機ゆえに空戦性能は純粋な戦闘機程ではない。
(こっちが低速の偵察機だからと舐めているな!)
ウルリッヒは闘志を燃やした。これがもし、英空母の主力戦闘機であるスピットファイヤやハリケーンの艦上機版、もしくは米軍供与の「マートレット」が相手だと、かなり分が悪い。しかし相手が戦闘機よりも低速で鈍重な「フルマー」だったら、戦い方次第ではいけるかもしれない。
「ならば!」
既に機首に装備したラインメタル社製7.92mm機銃は装填済みであった。聞けば、ヤーパンのパイロットはこの機体で敵戦闘機を撃墜したこともあるという。また彼自身、以前ビスケー湾上空でアラド水上機を駆って、英軍の哨戒機と空戦を経験していた。
ウルリッヒは「フルマー」との空戦の道を選んだ。この選択が吉と出るか、凶と出るか。それは誰にもわからなかった。
「敵機動部隊だと?」
偵察機からの報告に、さすがにリンデマンも驚いた。しかもそれが英空母だったら尚更だった。
そしてそれは、彼の部下たちも同じだった。
「バカな!?こんな短時間で喜望峰沖からここまで来られる筈がない!」
「いや、おそらくUボートの情報が間違っていたんだろう。タンカーや巡洋艦を空母や戦艦と間違えたかもしれない」
一人の参謀の観測が正解であった。彼らに英機動部隊の現在地を伝えたUボートが、遠方から見た敵艦の艦影を見間違えたのであった。
こうした誤認は別段珍しいことではない。潜望鏡越しの潜水艦にしろ、航空機にしろよくやらかすことであった。
しかし、今回は致命的な情報だけに。
「Uボートの連中は何をやっとるんだ!」
と、あからさまにUボート乗員を罵る者までいた。
「潜水艦の連中に文句を言う前に、今は目の前にいる敵を撃破する方が先決だぞ諸君。幸いにも我々は敵よりも先に位置を掴んだ。この貴重な時間を惜しまず、先手を打つんだ」
「しかし提督。敵艦隊の位置は我が艦隊から150海里です。「スツーカ」はともかく、「メッサーシュミット」にはいささか荷が重いです」
航空隊を預かる空軍士官(航空参謀)が渋い顔をした。
「グラーフ・ツェッペリン」の主力艦載機は、Me109の艦載機型であるT型だ。そのため、航続力は母体のMe109から引き継いで、それ程長くない。
カタログスペックだけ見れば、150海里の距離を往復して空戦もして帰って来られるように見える。しかし、これは理論上のものである。
地面の地形をランドマークに地文字航法が出来る陸上の飛行と違い、海上は何の標識もない。港に入れれば巨大に見える母艦も、海上では点でしかない。だから航続力は余裕が有るに越したことはない。むしろないと、母艦を探している間に燃料切れで落ちてしまう。
そうなると、Me109はもう少し距離が詰まってから出したかった。
「となると、使えるのはヌル(零戦のこと)とあの「メーヴェ」か」
「そうなります」
零戦は日本海軍から供与された21型で、高い安定性と海上でも長時間飛行できる航続力、さらに20mm機関砲を搭載している点は、ドイツ人パイロットからもそれなりに評価されていた。一方で、脆弱な構造とエンジンの出力などとの兼ね合いで防弾装備がない点は不評であった。
そこで、東洋艦隊では大使館付き武官を通じて、使えそうな機体を見繕っていた。
これはドイツ本国から持ち込んだ機体が戦闘だけでなく、訓練中の事故や塩害などの自然現象、さらには積み重なる飛行時間等で老朽化して自然に消耗していくため、絶対に必要なことであった。
それで零戦以外の機種を色々探したが、陸軍の「隼」は武装が貧弱過ぎる。一番期待の川崎製「飛燕」は量産がまだ進んでいないのに加えて、心臓たるDBエンジンのライセンス版のハ40の生産が思わしくないという、ドイツ人からすると噴飯ものの理由もあって退けられた。
そうなると、残る機体は中島製の二式単座戦闘機「鍾馗」だけであった。日本軍内部では速過ぎる着陸速度や発動機の稼働率の低さ、航続力の不足等で色々と不評な機体らしかった。
しかし乗り込んだドイツ空軍のパイロットから見ると、確かに発動機の稼働率の低さ、それから武装の貧弱さ(7,7mm機銃2挺と12,7mm2挺)は気になる所であったが、着陸速度や視界などは許容範囲内であった。むしろ良いとさえ感じられた。航続力もMe109よりは長い。
そこで、この「鍾馗」に着艦フックを設けて「グラーフ・ツェッペリン」での運用テストをやってみた。
日本側からは「暴挙!」「自殺行為!」と言われたが、試験を担当したベネディクト少佐始め、全員が見事に着艦をやり遂げて、日本側を唖然とさせた。
こうして、ドイツ側は予備機含めて6機を購入して運用することとなった。ちなみにそのままではなく、照準器の換装、機銃の換装(7,92mm2挺と20mm2挺)、無線機の換装など最低限の改修が加えられた。
このドイツ版「鍾馗」は「メーヴェ」と名付けられて運用が開始された。ただし、翼の折り畳み機構はない(これを設けるには主翼の改設計が必要で数カ月は掛かる)ので、今回の作戦には試験運用の4機しか持ってきていなかった。
「となると戦闘機は付けられて10機(ヌル6+メーヴェ4)だけか」
「いえ、整備班からの報告では稼働するのは7機だそうです」
「今更ながら艦載機の少なさが痛いな」
「グラーフ・ツェッペリン」は大型にも関わらず、正規の搭載機数は40機強でしかない。現在は露天係止などを活用して50機まで増やしているが、サイズに比べて数が少ないことに変わりはない。
通商破壊や対地攻撃、防空ならそれでもいいが、機動部隊同士の戦いとなると、やはり60機も70機も搭載できる日米の空母が羨ましかった。
このため、リンデマンは日本海軍から商船改造艦でいいので空母の購入を打診しているが、あちらも不足しているようで、色よい返事は今のところない。
どちらにしろ、何を言っても無い物ねだりである。
「だが、やるしかない。航空参謀、稼働全機で英空母部隊を叩く!目標は空母だ!」
「ヤヴォール!アトミラール!」
御意見・御感想お待ちしています。
なお作中の「鍾馗」艦載機化は某市販の架空戦記が元ネタで、以前書いていた二次創作でも書いたものです。
実際の航空機の改修はこんな作中の様な安直には絶対にいかないでしょうから、あくまで娯楽物のIF戦記の設定と笑い飛ばしていただければ幸いです。