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第六話

 1942年11月下旬、3週間あまりの整備と補給を終えた戦艦「ビスマルク」以下の独東洋艦隊はシンガポール・セレター軍港を出港した。今回は前回機関故障で出撃が叶わなかった装甲艦「アドミラル・シェーア」も修理が完了し、同道する。


 前回のインド洋における通商破壊作戦が大成功したこともあり、艦隊の士気は高い。


 もちろん、今回もUボートや仮装巡洋艦戦隊も各地に散らばり、索敵や補給などで東洋艦隊を援護する。


出港後はマラッカ海峡を北上し、ベンガル湾をさらに奥へ進むと見せかけ、海峡出口で西進、さらに南へと針路を変えて、いざオーストラリア西岸パース沖を目指した。


 今回の作戦の目的は、オーストラリア西岸沖合にての大規模な通商破壊ならびに、可能ならば沿岸部に接近しての索敵と艦砲射撃も含まれていた。


 本国の海軍総司令部は、前回のインド洋における作戦の結果、北アフリカや東部戦線に大きな影響、もちろんドイツにとって都合のいい影響があったことに歓喜した。


 ヨーロッパから遥か離れた戦場での作戦であったが、世界規模の大戦であるがゆえに、その波及効果は絶大だった。


 そのため、現在北アフリカ戦線に兵力を投入しているオーストラリア、さらにその宗主国たる大英帝国を揺さぶる意味からも、オーストラリア方面での作戦が命じられたのであった。


「今回は前回以上に敵地に接近しての作戦となる。気を引き締めていかんとな」


 東洋艦隊を預かるリンデマンは「ビスマルク」艦橋に立ちながら、決して油断せずに目の前に広がるインド洋を見据えていた。


「しかし提督、オーストラリア軍は大した戦力を持ち合わせておりませんし、そのなけなしの戦力も北アフリカやソロモン方面に展開していると聞きます。油断しないに越したことはないでしょうが、敵を過大評価しすぎると、行動が消極的になりませんか?」


 オーストラリアは広大な領土を誇る大陸国家であるが、軍事力に関しては大した戦力を持ち合わせていない。海軍は最大でも重巡洋艦しか有しておらず、そのなけなしの戦力すら遠く地中海やソロモン諸島など、各方面に派遣せざるを得ない状況であり、独東洋艦隊が向かう豪大陸西岸部に展開している戦力はほとんどないと見積もられていた。


 懸念するとすれば陸上の飛行場から発進する航空部隊であるが、これにしてもその主戦力はソロモン方面や豪大陸北部から東部に展開していると見積もられ、やはり西部には大した戦力はないと見られていた。


 仮に敵がある程度の戦力を豪大陸西部に緊急派遣したとしても、現在の独東洋艦隊の戦力なら容易に弾き返せるという自信が、独東洋艦隊の参謀部の一致した意見であった。


 しかしそんな参謀の言葉に、リンデマンはなお慎重であった。


「確かに、オーストラリア軍単体ならばな。だが本国や日本海軍からの情報では、英国(ライミ―)と米国ヤンキーの戦艦・空母が動いているという情報もある。君の言う通り、警戒し過ぎて消極的になるのもいかんが、かといって油断した所を襲われたら目も当てられん。我々には後がないんだからな」


 前回の作戦の結果、英米海軍が対独東洋艦隊用に、本腰を入れて戦力の投入を図っているという情報は、リンデマンの耳にも届いていた。


 現在英米海軍も台所事情は苦しいとはいえ、彼らには予備戦力や、現在本国で建造中の新造艦艇があった。しかしながら、独東洋艦隊にはそれがなかった。


 もちろん、ドイツ海軍も本国で新造艦の建造を継続している。開戦以来の水上艦艇の活躍に気を良くしたヒトラー総統は、H39級戦艦2隻の建造続行に加えて、大型客船2隻の空母化改造工事を承認していた。


 とは言え、それは遠く離れた本国での話である。それら新造艦艇を遠く極東に回航する手段は、 もはや喪われたに等しい状況にある。大西洋経由のルートは連合軍海軍に押さえられ、独東洋艦隊が回航につかった北極海経由も、連合軍の警戒が厳しくなったと見るのが妥当で、やはり利用するのは困難であった。


 つまり、独東洋艦隊は今後新造艦艇の配備が絶望的な状況にあった。現有戦力の消耗を抑えつつ、最大限の戦果を挙げるという、難しい舵取りがリンデマンには求められていた。


「あとは日本人がどこまでがんばってくれるかだな」


「今回は彼らもはりきっていますからね」


「全く。やる気が出るのはいいが、あそこまでの艦隊決戦主義はどうにかならんもんかね」


 今回の出撃前、英米海軍が戦艦と空母をインド洋方面に向けるという情報に接した日本海軍は、それまでの消極的な方針から打って変わって、大規模な戦力を投入させる兆しを見せていた。


 時間的な関係で、今のところシンガポールに集結しているのは巡洋艦中心の艦隊のみであるが、近々これに本土から回航される「フソウ」タイプの戦艦に、さらには空母まで投入すると、デーニッツは日本海軍の関係者から聞いていた。


 8月から始まったソロモン諸島のガダルカナルを巡る戦いで、連合軍側の発表などと勘案するには、日本海軍はアメリカの戦艦「ワシントン」と空母「ホーネット」「サラトガ」「ワスプ」を撃沈した代償に、「コンゴウ」タイプの戦艦2隻を喪っていると見られていた。


 一方で、今回インド洋方面に敵が差し向けた戦力は、無線を解析するに英海軍が戦艦「デューク・オヴ・ヨーク」と空母「ヴィクトリアス」、米海軍が戦艦「マサチューセッツ」と空母「レンジャー」と見られていた。


 数としてはそれぞれ戦艦と空母1隻ずつであるが、現在の独東洋艦隊の戦力と比べれば、充分に脅威となる戦力だ。特に米空母は搭載機で「グラーフ・ツェッペリン」を圧倒しているのは確実であった。


 この米英艦隊はいずれも大西洋からインド洋経由で回航されると見られ、実際にケープタウン沖合で、モンスーン戦隊所属のUボートが発見して位置情報を通報していた。


 しかしそれも2日前の話であり、現在の位置情報は不明であった。


 そんな英米海軍の主力艦が来るという情報がもたらされるや、日本海軍はこの方面への大規模な戦力投入を決めたようなのである。


 通商破壊作戦には消極的な癖に、リンデマンからすれば現状戦略的にはそこまで重要でない標的に熱を上げるのは、いかがなものかという心情であった。


 ただリンデマンは知らないことであったが、実はこの英米の主力艦はいずれも地中海方面での反攻上陸作戦への投入が予定された戦力であった。


 それが独東洋艦隊がインド洋からアラビア海で暴れ回った結果、北アフリカ戦線や援ソ物資輸送に大打撃を被り、反攻作戦の大幅な延期を来たし、さらにその原因を取り除く目的で、貴重な戦力をはるばるアジア方面へ回航する必要性に迫られていたのであった。


 つまり、この英米主力艦を撃滅することができれば、連合軍が今後予定している地中海方面での反攻をあらに遅らせることが出来るのであった。だから、戦略的に見ても決して無価値と言うわけでもなかった。


 もちろん、リンデマンはまだこの時点ではそんな事情知らないし、オーストラリアに大きな圧力を掛ける方が、戦略的には重大であると見積もっていた。


「とにかく、警戒とUボートやシンガポールからの情報を聞き洩らすことのないように。それだけは徹底したまえ」


「ヤヴォール!提督」


 そしてその翌日、独東洋艦隊は作戦を開始した。まずはココス諸島にある豪軍基地を「グラーフ・ツェッペリン」の艦載機で爆撃、さらに接近した独東洋艦隊自身が艦砲射撃を実施した。もっとも、この島に駐留していた戦力は小規模で、敵哨戒網を潰すという意味合いはあったものの、示威的な行動の範疇から出るものでもなかった。


 こうして存在感を見せつけつつ、独東洋艦隊は南下して豪大陸西部に迫った。


「どうだ?」


 リンデマンは通信室に自ら赴き、豪軍の無線情報や豪州のラジオ情報の傍受状況をチェックした。


「軍用無線は活発になっていますが、ラジオの方はそこまでですね。ただ沿岸部を航行する貨物船や漁船に対して、ドイツや日本の軍艦に注意せよという警告の回数が増えています。それから貨物船や漁船のものと思われる緊急信も数回。いずれも誤認のようですが、ピリピリしているのは間違いありません」


「となると、今回は想定通りあまり獲物にはありつけんかもしれんな」


 事前にこちらの存在を知れば、敵は船舶に避難命令を出す。それは出撃前から予想していたことである。


「ま、撃沈出来なくとも航路を封鎖するだけで充分だ」


 航路を封鎖すれば、それだけで物流に与える打撃は計り知れないし、それがまた民衆に与える物心両面の影響も大きい。


「となれば、パース空襲が一番の見せ場になりますな」


「うむ。オーストラリア国民も、鉄十字を付けたスツーカが頭上を飛び回れば、心安らかにはおられまい」


 参謀の言葉にリンデマンは頷いた。敵艦隊の新たな情報もないし、今回の作戦は実入りも小さいが、大した冒険もしないうちに終わる。


 しかしながら、その楽観的な予想は数時間後に覆ることとなる。


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